06 情報分析

「これで6人、か」

「そうだね。まだいるのかな? とりあえず、ここにいるのはあの時学校にいた人みたいだけど」

「そうなのか?」

「え、あっ、うん」


 ハルカさんはスカートのポケットから手帳のような物を取り出した。話の流れからして、ハルカさん、マキナ、クラナ先輩から色々と事情を聞きだしてメモを取ったという所だろう。


「まず私だけど、その。教室が暖かくて、あの。寝ちゃったの」


 俺から目を逸らし、顔を赤らめる。

 教室が暖かくて、って。

 ……。

 理由がかわいいな。


「へぇ」

「あ、それでね! 先輩は部活が休みだった事に気付かずに体育館に行っちゃって、マキナちゃんはそれを外からからかっていたみたい」

「それ以外の生徒は?」

「今日……あ、昨日かな? 何か色々な都合で、たくさんの部活がお休みだったみたいだよ。先生の調子が悪くて、とか、部活をやっていても、学校の敷地外で、とか。運動部の多くは敷地外でランニングとかしていたみたいだし、植物研究部はちょっと遠くの植物園に行ったみたい」


 そういや、顧問の指示が無い場合は動かないような部活とかあったな。自主練はあるだろうが、使う部活が被るからって、放課後に私的なグラウンドの使用は禁止されていたような。

 自主練は外でやれ、って事か。

 廊下はある意味文化部が使っているから走り込みには使えないし、体育館も生徒からの申請が結構あるとのことで、申請無しの私的使用は禁止だ。

 そもそもいずれかの部活が使っているはずだが、昨日は本当に色々な理由で、放課後の校舎に人があまりいなかったらしい。


「あ、それと、スイト君はたしか放課後に視聴覚室を使いたいって申請を出していたよね」


 ハルカさんは思い出したように俺の事を話す。演劇部は一週間に一度ある休みだったし、いつもならすぐ帰っているのだが、あのゲームがあったからな。

 やっとエンディングが見られると思っていたのだが、とんだ災難に会ったものだ。

 考えてみれば、偶然に偶然が重なっていたらしい。いつもなら部活動で人がごった返している放課後は、早く帰って宿題でもするなり、友人と遊ぶなりして過ごしていた。それがあの時たまたま、ゲームをするために放課後残っていた……。

 外が五月蝿いと思ったから防音仕様にしてもらったはずだけど、あの日はいやに静かだった。やっている部活が少ない&学校敷地外で活動していたのだから当然なのだろうが。


「よく知っているな。誰にも言っていないはずだが」

「あ、うん。偶然聞こえちゃって。タツキ君と一緒に先生の許可をもらっていたよね。えっと、その。理由が面白くて、よく覚えていたの」

「まあ、たしかに。視聴覚室を貸しきった理由が『ゲームをやりたいから』なんて、忘れようとしても忘れられないか」


 それ以上に面白い理由とかもあるはずだけど。


「じゃあ、先生達は?」

「僕ですか? 僕は仕事ですよ。職員室で1人、もくもくと作業をするなんて初めてでしたね」

「わ、私は、その。演劇部に、呼ばれた」

「あ? 演劇部?」


 演劇部は俺の入っている部活。毎週水曜日が休日で、それ以外だと休日でもやっている部活だ。あのゲームをやっていたのはちょうど水曜日。部活が休みの日だ。

 演劇部に用があったんだったら、曜日が違うと思うぞ。


「あ、あの。衣装合わせで、呼ばれて」

「衣装合わせ? そんなの……あー、あいつか」

「うん。スイト君は、男子、だから。呼ばれなかっただけ、だね」

「なるほど、理解した」


 とある女子の衣装合わせのために、イユは呼ばれたのだ。女子の着替えという事で男性の俺が呼ばれることなどあるわけがないのだ。衣装が似合っているか審査するだけだったならば呼ばれそうだが、そうもいかない理由があるのだ。

 いわゆる「男装の麗人」というやつで、結構な数のファンがいる女子生徒。スカートだろうがスラックスだろうがジャージだろうが格好良い奴で、老若男女関係無く魅了する天才。

 で、約1名。熱狂的過ぎるファンがいてだな。

 非常に非常を重ねて男運が無かったらしい、超絶男嫌いの女子生徒がいるのだ。なんと男装の麗人ファンクラブの会員ナンバー1らしく、本当は女子高へ進学する予定だったらしいのだが、男装の麗人がこちらに進学するからと、入寮してまで追いかけてきたらしい。


 何が言いたいのかというと。


 たとえその、男装の麗人のお着替えシーンを見るわけがないといっても、出来うる限り男性とは一緒にいたくないというその女子生徒の事もあり、絶対男子は呼ばれないのだ。

 病的なまでの男性嫌いは、たとえ廊下の前を通っただけの男子生徒でもモップを投げつけられるほどの、正に病気とでも言うべき代物。これでも前よりは改善された方だそうで、前は家族以外の男性が半径10メートル以内にいるだけで吐いていたという。

 ……。入学初日から罵倒されたが、俺の前では吐いていなかったぞ?

 とにかく、そいつがいるなら男子は絶対呼ばれないだろうな。


「じゃあ、演劇部の部室にいたのか」

「ううん」


 おや?


「家庭科室に、いた。ソーイングセット、一応持って行こうと思って」

「あ、なるほど」


 男装の麗人っていうのは、女性だけど男性の恰好をしているからな。今回練習していた劇は、本来ならば男性が主役なのだが、適任がアイツだったからな。男性用じゃサイズ(主にバスト)が合わなくて、手芸部の連中に協力してもらって作っていたのだとか。

 あいつ、胸が大きいからなぁ。そりゃ、男性用じゃあ合わないはずだ。この際だからと、色やら装飾品やらも新調しようという話が出ていたくらいだし。

 趣味と技術の向上が見込まれるとの事で、手芸部からは早々に許可が下りた。誰が作るかとかは聞いていなかったのだが、イユだったのか。

 イユが作ったなら、改めて調整とかしなくていいような気がするけど。


「じゃあ、家庭科室には他に誰かいた?」

「うん」


 チラッと見ただけらしいが、イユがいた手芸用家庭科室の隣にある、料理用の家庭科室に誰かがいたらしい。誰かまでは顔をよく見ていないから分からないそうだが、作っていた料理は和食がメインで、かなりの種類が作られていたそうだ。

 和食で品数が大量、か。だとしたら、料理研究部の部長辺りだろう。たしか老舗の旅館が実家だと言っていたからな。


「なら、その人達も来ている可能性があるね!」


 ハルカさんは輝くような笑みを浮かべて、この部屋唯一の扉へと目を向ける。

 だが……。


「ああ、ハルカさん。残念だが、少なくともここには俺達以外いないと思うぞ」

「えっ?」


 俺は部屋を見回す。

 俺達6人が通されたこの部屋には、合計十個の席がある。その内四つは入り口手前にあり、あとの六つは手前の席と間隔を空けて配置されている。

 この部屋には、他にイスが無い。

 ナプキンの類は、完璧とも言えるバランスで既にセッティングされている。そしてわざわざ手前と奥で間隔を空けているという事は、手前と奥で座るべき者の身分が違うという事。

 であれば、おのずと理解出来る。

 俺達の感覚基準だと、こういう部屋の場合は奥の方に来る席の方が身分は高いとか、招待された人が座る席なのだ。そうでなくとも、俺達は既に6人。手前側に座るとして、どうしても2人は奥の方で離れて座る事となる。

 こんなに豪華な部屋や廊下がある場所だ。これほどしっかりと用意された席で、おかしな点はあまり出さないよう勤めているはず。

 要するに。


「手前に座るのは、さっきルディが言っていた『この状況を説明出来る人物達』の席。なら、奥にある席が『説明を聞く側である俺達』の席。なら、少なくともこの部屋には、俺達以外もう来ない事になる」

「あ、そっか。席の数と私達の人数が同じになったから」

「そういう事」


 俺が納得したハルカさんに微笑むと、ハルカさんは何故かちょっと顔を赤くした。

 この部屋、そんなに暖かくは無いはずだが。

 だからといって、そんな赤くなるほど恥ずかしい事なんてあったか? 今のは単純な気付きのようなものであって、俺が言わなくてもハルカさんならすぐ気付いたと思うけど。

 俺が最初に気付いたからと言って、手柄がどうのとかって考える人でも無い気がするが。

 ……何か、さっきまで先輩と楽しそうに会話していたマキナが、半眼で俺を睨んでいる気がする。

 気のせいか。


「失礼いたします」


 三回のノックの後、扉が開かれた。そして、扉の奥から風に乗ってきた香りが鼻腔をくすぐる。ルディが先導して、白い布のかけられたワゴンが到着した。

 誰かの腹で、ぐーっ、と虫が鳴く。


「大変、お待たせいたしました。我がアヴァロニア自慢のコックによる朝食にございます」


 ルディが一瞬部屋を見回し、俺達へ視線を定めた。

 アヴァロニア、というのは何だろう。我がアヴァロニア、ホテルの名前か何かだろうか?

 いや、ここが異世界だという事実を最前面に出すと、国の名前という事が十分ありえる。俺達の世界では神話に出てくる台地の名前を彷彿とさせるな。あっちではたしか、聖剣で世界を救う的なストーリーがあったけど。


「皆様、どうぞ、奥の座席へご自由にお座りください。配膳はこちらでいたします」

「奥なら何処でも良いのか」

「はい」


 ルディは優しく微笑んで、奥の座席近くに待機する。ああ、レディファーストという奴だろう。女子勢が座る時に、イスを引くつもりのようだ。


「イユは俺の隣だな」

「あ、うん」


 イユは、性格的に引っ込み思案ではないが、元々声が小さいからな。いざという時の為の翻訳係として、俺が隣にいた方がいいだろう。


「私はどうしようかな……」

「僕はお兄ちゃんの向かいに座るぞー」

「じゃあイユか俺の隣か、その向かい側な」

「僕は真ん中か後ろの列が良いですね。皆さんが先に決めてください」

「こういう場所は得意じゃねぇなぁ。後ろが良いぜ」

「なら、マキナと先輩は後ろの二席から選んで座ってください。で、俺はイユより前に座りたいから、前列のどちらか、と」

「あ、私が前列の右に座る? 特に意味は無いけど、それなら決まり、でしょ」

「そうだな。ハルカさんが俺の向かい側で、俺の隣にイユ。で、イユの向かい側に先生で良いですか?」

「決まりですね。では皆さん、それぞれ席に着きましょうか」


 こうして、決まった席にそれぞれ着く。俺が正面から見て左の前列。イユが中列、マキナが後列に。右の前列にハルカさん、中列に先生、後列に先輩だ。

 ナプキンはー……。料理が来る前に取っておけば問題無いか。


「皆様、お茶とジュース、コーヒーがございますが、どれにいたしますか?」

「お茶ね、何がある?」

「はい。緑茶、紅茶、ウレーヌ茶、ゼスミ草のお茶がございます」


 何気無く聞いたが、後半の二つは信用出来ないな。何だ、ウレーヌとゼスミって。何処と無く烏龍茶とかジャスミンティーと語感は似ているけども。

 ジュースはもっと謎だった。オレンジとリンゴはあるようだが、それ以外は全く聞き覚えが無い! ブーロとか、デミッグルとか、ポメリエスとか、最早何の名前か分からないぞ?!

 まあ、コーラはあるようだが。

 コーヒーは全部聞き覚えが無い。グリーンショコラ、なんて、苦そうで甘そうな不気味な名前のコーヒーがあった。あえて飲みたいとは思わないな。


「では、緑茶をお持ちしますね」


 俺達が聞き覚えの無い飲み物の名前に様々な憶測を飛び交わしていると、ルディは苦笑を浮かべて、後ろに控えていた白い服装の者達へ合図を送る。

 ルディが手を挙げた瞬間、三人ほどが一斉に動き出した。取っ手の付いた流線型の透明な容器には、俺達がよく見る透明で緑色の液体が入っている。それをガラスで出来た丸いグラスに注ぎ入れ、俺達の元へ運んだ。緑茶は緑茶らしい。

 少し、安心した。

 俺達の顔を窺っていたルディは、再び手を挙げる。すると、ワゴンが次々と俺達の後ろまで来て、ナプキンが取られて空いていた空間へと前菜を盛りつけた皿を置いた。

 こうしてようやく、朝食にありつけたのだった。

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