05 クラスメイト+α / 2

「酷いぞ、マキナ。周囲がおかしくなってしまい、近くにお前が居なかったからこそ、再会を喜んだというのに。俺はお前がいないと死んでしまうほどの心配性だぜ?」

「余計なお世話だぞー。僕はお兄ちゃんがいなくても生きて行ける自信が溢れるほどあるぞー」


 それはそれで酷いな。


「しかし、テンションがいつもより割高だった事は素直に認めよう。すまなかった」

「ヤダー」

「そこを何とか! 本当、俺はお前が居ないと死んでしまう!」

「勝手に死ねー」

「……さすがに酷すぎないか?」


 土下座までし始めたナクラ先輩に、俺はちょっとした同情を抱く。ウザイ行動は確かにあるのだが、何というか、ついさっき感じたウザさは少しだけ払拭されていた。

 見たとおりの熱血漢である事は窺えたが、その熱血が何に注がれているのかが垣間見えた。

 先程から先輩の視線は、ある一点のみに釘付けとなっているのだ。

 それでも「俺様復活☆」は酷かったが、それは瑣末事のように思えた。

 つまり、あれだ。

 たまらなく妹が心配なのかも。


 悪く言うと、シスコンなのである。


 実の妹に麻酔で眠らされながらも、復活して早々にマキナを心配する兄としての精神。その熱血ぶりにはマイナスの印象しか受けなかったが、それでも妹を思いやる愛の裏返し、か。

 それが理解できると、途端にマキナの行動は冷徹に感じる。

 いや、心配されすぎる方としては、日常的にあのテンションで追いかけられてストレスが溜まるかもしれないし撃退するのもまた日常、か。

 本気で嫌がっていれば、それこそ麻酔などではなく、実の妹という立場をフルに活かし、強制的に恐怖を植えつけてでもストーカー差ながらの行動を抑制するだろう。

 マキナならやりかねない。

 というか、自慢の薬品で暗示でもかける、という程度なら、既に実践していそうだが。


「ところで、マキナ」

「何かなー。僕は今、お兄ちゃんとの交渉をこなしている最中だぞー」

「そこは会話と言ってやれよ。そんな事より、聞きたい事があるから一旦中断してくれ」


 中断、という言葉に先輩が反応し、不意に俺の背筋が凍りつく。その視線は鬼の如き禍々しさを孕んでおり、赤く光っているように見えたのは気のせいだと思いたい。

 それともう1つ。

 驚いた事に、周囲の温度が下がったように感じた。火を見るより明らかな先輩から注がれる鋭い寒気ではなく、鈍く、しかし身体の芯が徐々に冷たくなっていくような寒気。

 ……。

 なるほど。


「分かった。気の済むようにしてくれていい。あと、そんな事と言ったことは謝る」

「なら良いぞー」


 終始変わらない薄ら笑いを返される。すると、周囲の温度が一気に元に戻った。

 やはりマキナ、改めブラコン少女も、静かな殺意を俺に向けていたらしいな。

 さすが兄妹。表面上で嫌っているようでも、心の奥底では嫌っていないようだ。

 あの小さい身体のどこから、あんな殺意をひねり出しているのだろうか。本気で身体が心の底から凍りついていくような寒気がしたぞ。

 兄が鋭く、妹が柔らかい殺気、か。

 容姿云々ではなく、本質が似ているのだろう。どちらも本気で寒くなった。

 鳥肌は立つし、実際手足の先が冷たいし!

 とりあえず、もうあの2人は怒らせないようにしよう。うん。


「あー、コホン。ハルカさん」

「あ、うん、何?」


 再びマキナと先輩が言い合いを始めた頃に、俺は俺達のやり取りを呆然と見ていたハルカさんに声をかける。ただ立ち尽くしていたハルカさんは、ハッとなって俺へと視線を向けた。

 この兄妹の通常運転に感化されたのか、リボンを弄る手が止まっている。少しは安心できたらしい。


「俺達以外に人はいるのか?」

「え? えぇと、此処にいない人って事だよね。ううん、今の所私達4人だけかな」

「そう、か」


 少なくとも、タツキはこの場にいない。いたとしてもまだ起きてきてはいないのか。ここが異世界なら、そういった話をしてみたいものだが。

 ゲームの話でもして、この少しばかりの不安感を拭いたいものだ。

 マキナ達が羨ましい。生まれた頃からの付き合いである家族がいる事が、今こんなよくわけの分からない状況下において、最も心強いものだ。

 俺の家族は、まあ、こんな状況下で平然とはしゃげるような人達だが……。

 母さんは生活力があって、家事全般をこなす。専業主婦をやっていて、よく旅行先で迷子になってはその辺の食べられる物をかき集めて、数日後に超元気な状態で見つかる、なんて当然の事のようだった。一種の名物母ちゃん的な地位をものにしていたな。

 父さんも生活力はある。世界中を飛び回っていて、あらゆる言語を習得し、あらゆる環境で生き抜く術を体得している。よく山菜取りで、毒の有無を聞かされたものだ。きのこ、虫、毒のある生物、無機物を密かに叩き込まれて――



 ―― ……ちょっと待て。



 俺の両親ってよく考えたらまともじゃない気がするぞ?!

 小学生の頃は「お母さんもお父さんも何でも出来る人だよ!」って周囲に自慢していたものだが、事情を知っている風の人からはよく、温かい目をされつつ頭を撫でられたり、涙ながらに肩を叩かれたりと、あまり意味の分からない行動に疑問を持ったものだが……。

 うちの両親がよく俺を放って出かけるものだから、俺にも多少家事の心得はある。手作業でチリ1つ無い掃除も、洗濯物の染み抜きも、タツキ用の料理も。

 いや、もしかすると、俺ってそこらの同級生より家事が出来ているのか?

 そりゃ、うちはクラスメイト達の住居より家が2倍近くでかいが。

 そういえば、両親がいない時にうちに遊びに来た友人と、そいつらを迎えに来た親御さんが俺の話を聞いて顔を青ざめさせていた事があったな。

 しかも翌日、全ての予定をキャンセルしてまで両親共に血相変えて帰ってきた事もあった。

 あれってもしかして、俺の扱いが酷いとかって思われていたのか?

 掃除は楽しいぞ! 段々と床がピカピカになっていくあの感覚と、終わった後の達成感! その達成感のためにゴミがあるとしか思えなくなるのだ。

 お? 色々考えていたら何処と無くあった不安感が綺麗サッパリ消えているじゃないか。

 タツキの話から色々と考えている内に、いつの間に。

 やっぱり、あいつは何処にいようと俺の親友だな! タツキの事を考えるだけで、何でこうも気分が晴れやかになるのかは分からないが、さすがだ!

 っと。そういや何やら外が騒がしいな。

 俺は扉の向こうから聞こえた声に耳を澄ませようと、扉の方へ目を向けた。


「失礼いたします」


 ノックの音が3回響き、扉が開かれる。そこには赤い髪を綺麗にまとめたメイドがおり、小さく会釈してから数歩下がった。

 黒いシンプルなデザインのドレスに、白いフリル付きのエプロン。首元には柔らかい布の白いリボンがたなびき、僅かに見えた靴は革製だろうか。黒いブーツに見えたな。

 そして、彼女が案内してきたのだろう。そこには見覚えのある顔が2つ、並んでいた。


「おや、結構いますね」

「あわわわわ……」


 メイド1人に、執事1人が連れてきたのは、とんでもなく見覚えのある連中だ。

 何を隠そう。



『先生、ゲームのテスターを任されたので音楽室みたいな音が遮断できる空間を貸してください』



『ん、良いよー。視聴覚室なら明日にでもとれるから。ただし放課後だけな?』



 担任の先生じゃねぇか!!!


「スイト君に、ハルカさん、それに隣のクラスのマキナさんと、そのお兄さんのクラナ君ですね。いやあ、こんなおかしな状況でこんなに見知った顔があると、ホッとしますね」


 担任の教師。―三浦 明継【ミウラ アキツグ】―。新任のくせに、自由奔放な生徒達を見事に操るその手腕。ベテラン教師でさえ舌を巻いたという教師だ。

 朗らかな笑みを浮かべている。良くも悪くも無い実に平凡な顔立ちは、垂れ目以外では特徴が無い。細い銀縁で楕円形のメガネをかけており、服装は基本的に白いポロシャツと灰色のパンツ、黒いベルト。

 寒い時には深緑色のカーディガンを着込み、更に寒い時には温かそうなコートも着込む。水泳授業の際には水泳パンツと留め具の無いパーカー。

 見た目はいかにも普通の先生だ!

 良く言えば、見ているだけで何処と無い安心感を得られる人。悪く言うとどこにでもいそうな普通の人という感じの、極々普通の人だ!

 クセのある焦げ茶色の髪は、うちの学校には他にいないから助かる。服装が制服じゃなく、他の教師陣と髪型が違うからな。見分けやすい。他の先生は髪型が……。

 ……そういやうちの教師陣って、誰も彼もが分かりやすい見た目だわ。

 あ、そうじゃなくて。

 その担任に手を引かれているのは、俺のクラスメイト。無数にいる幼馴染の中で、数少ない腐れ縁。小学校の頃からクラスが全く変わらない人物の1人だ。

 背は小さくて、制服はきっちりと着ている少女。赤茶色の髪をポニーテールにしており、母親からもらったらしい白のシュシュが特徴的。藍色のハイソックスに紺色のローファーと、いたって普通の着こなしだ。もっとも、自由な校風のせいでそんな普通の着こなしは結構目立つのだが。

 それにしても、相変わらず声が小さいな。漫画でよくフキダシの中に小さく言葉が書かれているような、そんな感じで聞き取りにくい。

 フキダシの大きさはみんなと変わらないのだが。


「よぅ」

「あっ……スイト君、だ」


 心底ホッとしたように、俺に駆け寄ってきた。そういやクラスメイトの男子が、こいつの動作が小動物っぽくてかわいいとか言っていたな。

 よく分からん。

 こいつは遺伝的に背が低いだけであって、小動物っぽさはほとんど無い。声が小さいのは小さい頃にかかった病気の後遺症だし、人見知りというわけでもなく、病気がちというわけでもない。食べる量は運動部の男子より多いし、何より文芸部という皮を被った『手芸部』の部員だぞ?

 うちの学校の手芸部は、綿の栽培から民族衣装の裁縫、着付けまでこなすのだ。求められるのは手の速さや丁寧さなど、体力と集中力を極限まで高めた一種の武闘派連中だ。体力造りと称して、心臓破りの坂と呼ばれた校舎の敷地内にある急勾配の旧道を走っているらしい。

 最終的に、この手芸部は運動部として認定された。そのため、あくまで趣味の手芸技術向上を目的とした手芸部は、わざわざ『文化手芸部』と表記されている。

 さて、もう一度言おうか。

 こいつがいるのは、手芸部である。


「あ、の。スイト君も、その。いたんだ」

「あぁ。今日は結構声が出ている方だな?」

「うん。朝なのに、喉、痛くないし。大丈夫」


 背丈約130センチ。俺はかがむように少女と会話する。

 彼女の名前は―纏 依優【マトメ イユ】―。ハルカさんやマキナは他人に比べて線の細いシルエットをしているからか、イユはふっくらして見えるな。や、標準体型なのだが。

 そしてそんな失礼な事を考えていると、腐れ縁であるが故に勘付いたのか頬を膨らませ、ただ、どの程度失礼なのかまでは分かっていないようで、俺を疑いの目で見つめてくる。

 睨まれた事が何度もあるから、その辺りの判別は簡単である。

 視線が鋭いか、そうでもないか。

 鋭くないのだから、睨んではいないのだ。

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