04 クラスメイト+α / 1
眩んだ視界と聞き覚えのある声に、俺はムリヤリに目を見開いた。
「……やっぱりスイト君だ!」
ふわり、と、石鹸の香りが漂ってきた。俺の制服からも同じ香りがしたけど、何だろう。こちらの方が、女性向けの甘い香りのような気がしないでもない。
「良かったぁ。知っている人は1人でも多い方が良いから。あ、えと。私の事、分かるかな?」
「あ、ああ」
「え、本当? 私、スイト君とはあまり話した事が無いから心配だったの」
心底ホッとした表情で、その子は俺に話しかけてきた。
俺と同じく制服姿。だが、俺とは違って女子用の制服を身にまとっている。
クリーム色の学校指定カーディガンがチャームポイント。白いワイシャツに、水色の細い線と白の太い線のチェック模様が入った黒いスカート。黒いハイソックスにはリボンのワンポイントが刺繍され、靴は俺と同じ。ただし俺の物より小さい。
栗色の肩まである髪はサラサラで、髪と同じ色合いの瞳は若干潤んでいる。そしてさっきから胸元の簡単に着脱できるタイプのリボンをせわしなく弄っている。ちなみにリボンはスカートと同じチェック柄。
彼女の名前は―長谷川 晴香【ハセガワ ハルカ】―。
名前は結構どこにでもありそうなのだが、彼女はただのハルカでは無い。
頭脳明晰、運動神経抜群の、少女マンガや恋愛小説も恐れおののく美少女である。
不安そうな態度は、学校中の男という男を、それはもう清掃員から教師から飼っている金魚やウサギまで魅了し、落とすのだ。
極めつけに、女子からの人気も高いこと高いこと。何でも出来るのに弱点が多い故、母性本能の類が刺激されてしまうのだろう。
彼女が関わるとどのようなイザコザも解決してしまうらしく、校内でも仲の悪さで有名な2人、体育教師と理科教師のケンカを、指1本使わずに止めてしまったという逸話が存在する。
……。
「何でここにハルカさんが」
「え? うん? うーん……何でだろ?」
「ハルカっちー。それはこっちの台詞、だぞー」
「で、でも、スイト君は来たばかりだよ。先輩さんみたいに『召喚されたぜヒャッフー!』……って感じのハイテンションな人じゃないでしょ? 何か答えなきゃ」
ハルカ、さんは、別の女子の声に応対し始めた。
こっちの声も聞いた覚えがある。クラスメイトか? だがよく聞くような。
というか、ヒャッフー、って。誰の事だ?
「いやいや、そんな事は無いぞー? お兄ちゃんは良いとして、そいつは利口組だろー? だったら、同じ利口組のハルカっちと談議して、勝手に良い線を突く解答が導き出せると思うんだぞー」
間延びした語尾。人を舐めているような態度。それでいて自信ありげな喋り口調。
基本的にハルカさんと同じ制服で、カーディガンではなく白衣を着込んでいる少女。真っ黒な三つ編みにしたおさげは白いリボンで結われ、制服の着こなしがハルカさんよりも幾分かルーズである。黒い半眼は吊り眼で、丸メガネを着用しており、前髪は中央分けのパッツンだ。
背はハルカさんより若干低め。ただし胴体と足の長さ比率がほぼ同じで、スタイルは良い。細い足に濃いグレーのハイソックスを身に付け、靴は上履きではなくローファーだ。
あぁ、思い出した。
こいつ、隣のクラスで有名な奴だ!
「ふっふっふ、スイト君、君を歓迎するぞー」
膝を抱えてイスをこぎつつ、カラカラと笑いながらそう返す少女。歓迎するって、お前は歓迎される側だろ、どう考えても。
「ふむ、思考は乱れていないらしいなー。少し安心したぞー」
「分かるのか」
「当然だぞー。僕のこの目で判断した限りでは、今のスイト君は比較的安定した精神状態にあるんだぞー。お兄ちゃんもみならって欲しいものだなー」
隣のクラスの変人こと、オカルトサイエンスクラブ(部活)で最もオカシイと囁かれているこの少女……たしかに色々とへ……個性的な部分が多いようだ。
一人称が僕であったり、喋り方が他の人と違っていたり、ずっとニヤニヤしていたり。これなら学校中でおか……超が付くほどの個性的な奴だと噂されてもおかしくない。
彼女の名前は―鈴木 槙那【スズキ マキナ】―。校内一の変人という、名誉の欠片も無さそうな称号を欲しい侭にする少女。
だが、聞く限りでは個性的な性格をしているだけで、不気味な印象などは無いらしい。
「話すのは初めて、で良いのか?」
「うむ、まともに話すという事であれば初めてだぞー。僕の事はマキナで良い。呼び捨て出来るほど親しくはないが、このようなおかしな状況だ。形からでも親しくなるべきだ。僕も今から、君の事をスイトと呼び捨てにするとしよう」
「分かった、マキナ」
イスに腰掛けたまま握手を求めてきたので、それに応じる。何故か宇宙人と邂逅を果たしたような気になっているのは勘違いだとして、俺はマキナを観察した。
ハルカさんと違い、マキナは異様に落ち着いているように見える。変人だからというだけでは不思議なほど落ち着いているのだ。いかに変人であろうと、それは元の世界での話。この世界にもし魔法という概念があるならば、それこそ変人こそが普通とも言い換えられる状況であるのだ。
魔法が存在しない世界で、既に実証されている科学の理論をなぞっているだけに過ぎないマキナは、それこそ普通の人間だ。
平静である理由が分からない。
そういった意味では、俺も不思議と落ち着いてはいるがな。
というか、俺以外にも人が来ているというのは理解したが、こんな感じで他にもいるのだろうか。もしかすると、その中に安心感を覚える人がいたのかも。
待てよ?
さっき、ハルカさんは『先輩さん』と呼んでいる人間がいる事を安易に伝えてきた。そして、その呼称に応じてマキナの口からは『お兄ちゃん』という言葉が出ていた。
とすると。少なくとも俺達よりも学年が上の男子生徒がいるという事にならないか?
もしかして、この部屋にいるのだろうか。だったら姿が見えてもおかしくないのだが。
改めて、俺は部屋を見渡してみる。
食堂と言っていたな。たしかに縦に長いテーブルが中央に置かれ、真っ白なテーブルクロスがかけられている。用意された席は全部で十。ただし、手前の短い辺の部分に一つと、そこから少し離れて右側に二つ、左側に一つの席がある。
更に奥の方に、左右どちらにも三つずつ席が設けられており、席手前のテーブルにはよく高級レストランのCMで見られる畳まれ方をしたナプキンと、ナイフ、フォーク、スプーンが用意されている。
そんな欧米風に飾られた銀色の道具達にまぎれて、異色の木製の箸が置かれていたので驚いた。たしかに銀製より木製の方が馴染み深いが、ラインナップの殆どが欧米風であるが故に違和感が半端無い。
さて、部屋の方だが、壁紙や絨毯は暖色であるオレンジや赤を基調にしたカラーリング。木製のイスには赤いクッションが縫い付けられており、肘掛もあってくつろげそうなデザインだな。
部屋の四隅には銀色の鎧が置かれ、食事する者を見守るような角度で配置されている。
入口から見て右に大きな窓があり、床から天井付近まである大きなガラス製。どうやら光を取り込むための物であって、空気の入れ替えなどが出来るようになっていないようだ。
どこかに排気口があるのだろう。空気は淀んでおらず、爽やかとさえ思える。
ハッキリ言って見通しは抜群だ。テーブルの影に隠れていなければ、きっと誰が隠れていようと見つけられる自信がある。
「……ぅ……」
……気のせいか? 何か聞こえたような。
声のような音のようなそれが聞こえたのは、部屋の奥、テーブルでちょうど死角になっている部分。
おいおい、話をすれば、ってやつか?
むくり。と、それは身体を起こし、ゆっくりと両手の平を天井に向けた。
そして開口一番。
「俺、様、復、活 ☆ !!!」
と、叫んだ。
「「「……」」」
「ふむ。少々寝過ごしてしまったようだな! 無事であったか、妹よ!」
何だろう。知り合いではない男性が、こちらへ屈託無きスマイルを浮かべている。しかも、真っ白な歯をキラリと輝かせて。突きだした手でグッジョブポーズを取りながら。
目を逸らしたい衝動に駆られ、ふと、微妙な表情になっているマキナが視界に映った。
「あぁー。お兄ちゃんは少々五月蝿かったので、麻酔で強制的に眠ってもらっていたのだがー。ちっ、もう切れてしまったぞー」
「そ、そうだったのか……ん?」
今若干不吉な言葉が聞こえてきた気が。
というか、あれがマキナのお兄さんという事で良いのだろうか……。
見るからに変人という点においてはマキナと同等の変人度があると思う。思うが! あれは方向性が全く違うぞ!
マキナはいかにもといった知的な雰囲気がある。こう言ってはおかしいかもしれないが、正統派の変人だと言っておこう。つまり、ちゃんと話の通じる変人だ。
しかしあれは、第一印象からして変人というか、筋肉バカとか脳筋とかって呼ばれる類の変人だ! ああいう人間は話が通じないという設定が常識の域に達するほど有名で、ベタな展開でもある。
「おい、あれがお前の兄なのか?」
「そうだぞー。イラッとするくらい見た目も性格も、僕とは微塵も欠片ほども無いほど全く違うがなー」
「イラッと……具体的にはどういう違いか教えてもらおう。察してはいるが」
「一言で事足りるぞー。……脳筋だなー」
実の兄妹なのかと疑いたくなる違いだった。
性格は『ヒャッフー』と『俺様復活』で垣間見えたから良いとして、その容姿もかなり違いが見て取れるのである。
男女の違い以前に、その体付きからして、親戚でも何でも無いとさえ思えるのだ。小柄で細くて白いイメージのマキナに比べ、その人はごつくて厚くて黒いイメージなのだから。
いかにもスポーツマンといった感じで、ワイシャツはボタンが途中まで開け放たれ、程好く日焼けした肌がマキナと対比すると一層黒く見える。一応ブレザーも羽織っているな、一応。前は全開にした状態であるため、非常にワイルド感がある。
制服のパンツはしっかり履いており、靴は学校指定ではない真っ赤なスニーカー。ネクタイなどしておらず、見た目の印象だけなら正統派のスポーツマンといった風だ。いつか流行していたギャル系のような黒さでなく、いかにも健康的な、海にいたらこうなったという感じの肌の焼け具合は好感が持てる。
もっとも、それは過去形の表現で終わる。第一印象は、その後に響くものだ。いかに第二印象が良いものだったとしても、初めの印象は完全に拭えやしないだろう。
彼の名前は―鈴木 那蔵【スズキ ナクラ】―。二年先輩で、帰宅部所属のこれまた有名な人物。主に、部活の助っ人なんていうものをよくしているそうだ。
俺のいた演劇部には全く関係の無い人だな。
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