02 現実的幻想 後編

 エンドロールは終わり、その画面には初エンド回収の文字が浮かぶ。そしてタイトルは『あれれ? 世界が崩壊したよ! エンド』だ。更に、エンド名の下に71/100と表示された。くだらないエンドがかなりあって、そのせいで71ものエンドロールを見てきた証だな。

 更にその下には、そのエンドになる条件も書かれている。

 曰く『五つの柱たる者を壊してはならない』だそうだ。

 イミワカラン。

 と、そうじゃない。それよりも。


「次に魔王を倒せたらさ―― 」



  ―― ザザッ



 ……?

 画面に表示されていた文字が消え、メニュー画面に戻るまでのロード画面に切り替わった直後。

 まるで、古いテレビによくある、ノイズの走る音が聞こえてきた。

 しかし、ここには古いテレビなんて無いし、むしろこの間機材は一新されたと風の噂で聞いたばかり。

 何が起こったのかと、ゲーム機に繋がっていたスクリーンへ目を向け、驚愕する。



 ロード中だったゲーム機の画面に、再び、文字が浮かび上がっていた。



 マオウ ノ カイダン ニ オウ ジ マス カ ?

 ぃえ す  おあ  のー



 亀裂の模様が走ったままの画面。

 古く壊れかけたテレビのように、時々白黒の砂嵐が画面を覆いつくし、そうでなくとも線状になって文字を時々隠している。

 先程の、おそらくストーリーの分岐点となった時点の質問。

 ただし、バグが起こったように文字が変だ。

 カタカナだし、変な所で切れている質問。英語だったのにひらがなになって、これもまた変な所で切れている解答。そして文字がゆらゆらと、まるで水中のように揺れ動く。

 十字キーを操作すると、歪んだ四角の選択枠が出てきた。


「お、おい。これバグか? つーか、これさっきの魔王の質問だよな」


 タツキも同じ画面を見て、焦っていた。

 タツキは、目だけで俺に尋ねてくる。

 どうする? と。

 そんなの、俺に分かるわけが無い。

 とりあえず、後でアンケート用紙の自由記入欄にこの事を書き足さねばならないだろう。

 考えたことはそのくらいだな。


「いやいやいや、いくら何でも冷静すぎ! アンケートとか、それ所じゃないっての……」


 俺の心情を読んだようで、タツキは慌ててツッコミを入れてくる。お前もそれほど混乱していないだろ、とは言わないでおこう。

 このゲームのエンドは多いからな。実は、2つ以上のエンドをクリアして初めて得られるエンドもあるという凝った内容のものもあったのだ。その類かもしれない。


『とあるエンドを回収しました。おめでとう、別のエンドと合わせる事で、更に別のエンドが回収できました。また最初から、世界を救い直してね☆』


 みたいな。ありえるから怖い。

 ところで、今のツッコミでタツキは冷静に色々と見始めたらしい。


「この画面から動かないぜ。どうするよ?」


 たしかに、普通なら行動のキャンセルをするためのBボタンも、メニュー画面を開く為のボタンも、まったくもって機能しない。

 更に、ゲーム機本体の電源も強制終了が出来ない。

 ついでに。


「窓と扉が開かない」


 何気無く、教室の西側にあった窓を開けようとした。長時間黙々と作業(ゲーム)をしていたがためにこもった空気を、ただ単純に入れ替えようと手をかけた瞬間だ。

 窓が、開かなかった。建てつけが悪いのかと教室に2つある扉の内、俺達が入って来た方の扉にも手をかけた。しかし、結果は重すぎて開かないという事実だった。

 鍵はかかっていない。向こうからかけたとしても、鍵を使わなければならない外に対し、こちらはつまみをひねれば簡単に開け閉めが可能。外から閉められても簡単に脱出が可能なのだから、この扉が開かないわけがない。

 俺が淡々とその事実をタツキに伝えると、タツキは顔を青ざめさせた。


「おいおい、どういう事だよ?!」

「分からない。どうもおかしいな」


 ヒステリックに叫んだ割に、タツキは特に何をするでもない。

 タツキは、臆病ではないが勇敢ともいえない性格だった。

 おばけは特に問題無く、しかし宿題忘れなどで教師に怒られる事にはよく怯えている。宿題をやってはいても、持ってくる事を忘れているだけで、家に一度戻ればすぐ持ってくるが。

 このポルターガイスト染みた現象が起こっても、怯えているのはこの現象そのものにではない。

 もしこのまま出られなければ、彼の家の門限に間に合わずに親から叱られる。

 俺も会った事があるタツキの母親は、鬼と表現するに値する恐ろしさを持っていたと記憶している。

 そう、あれは、般若とか、そういう感じだ。


 ……この時点では、まだ楽観的な思考があった。何だかんだ、すぐに出られると。いつもどおりに自宅へ帰って、いつもどおりの夕飯とかお風呂とかも済ませて。

 もう寝ようとした時、忘れていた頃に宿題に追われて、でも意外にすんなりと終わらせて、ふとんにもぐってすぐ、夢の中。

 タツキもかなり落ち着いていた。タツキの般若、もとい母親は、定時までに帰らなかった、というだけで末恐ろしい目に合わせて来る。

 そのため、タツキが発狂していない時点で楽観的である事は否めない。

 この時は、まだ心の中で「何とかなるさ」と考える事が出来たのだ。


 とはいえこのまま何かが変わるまで待つというのも現実的じゃない。誰かが部屋の前を通るとは限らないというよりも、この視聴覚室は完璧な防音処理がしてあるから、ドアを叩いても気付いてもらえない可能性があるのだ。

 食べられる物は無いし、フトンとかは当然無い。硬いイスの上は寝心地が悪いし、明日まで過ごすとして身体が大変な事になるのは必至だな。

 ……既に一夜過ごしても良いとか、こんなわけの分からない状況を軽く考えているが、まあ、大丈夫だろう。うん、きっと何とかなるさ。むしろこんな変な状態に陥るなんて、学校で教室1つを貸し切りにしてまでゲームをやる事なんかよりずっとキテレツで稀な体験と言えるじゃないか。

 うん。そう考えれば、この状況も面白おかしい状況だと言えるな。腹は空くだろうが、きっと何とかなるさ。いずれ人が通るだろうし、そうすれば何か変わるかもしれない。気長に待つか。


「いやいやいや! おかしいから! 少なくとも俺は過ごしたくないから! 面白くも何とも無いから! 何でお前はそう冷静でポジティブなわけ?!」

「何でと言われても、人の性格はその場の環境でどうとでも変わるらしいし。親のせいじゃないか?」

「うっ……たしかに、お前の親があれだからな……って、そうじゃねぇ!」


 唸るタツキを尻目に、俺は今一度適当に物を動かそうとしてみる。

 窓や扉は立て付けが悪いから、なんて理由で動かせないという理由も立つけど……おかしいな。

 机やイスまで動かない上に、カーテンを引っ張っても閉められない。更に時計の針が動いていないし、ふと見たスマホの方の時計も停止していた。

 ―― 幾ら何でも、電波時計であるスマホのデジタルタイマーが、止まるなんて事がありえるか?

 ……。

 タツキはまだ、気付いていないな。タツキが騒いだら色々と面倒そうだし、何とか動かせる物は、と。

 あ。


「あー。今この場で動かせる物といえば、これしか無いかな」


 とりあえず、何か変化が欲しい。タツキにとってこの状況は、今すぐにでも変えたいだろうし。せめてこのゲームの画面だけでも何とかしよう。そういう事にしよう。

 俺が目配せすると、タツキも意図を理解したのか、落ち着いた様子で俺を見つめてきた。


「いえす、だよな?」


 俺が無言で頷くと、今度は自分のコントローラーを睨んだ。


「頼む」


 俺はタツキの声に合わせて『いえす』にカーソルを合わせ、決定する。

 ゆっくりと、指に力が入るのが伝わった。


 ―― カチリ


 赤い線の丸がプリントされたボタン。

 それが、しっかりと沈み込む感覚が手に伝わる。

 途端。

 視界が180度回転し、落ちる感覚に襲われる。

 座っていたはずの床やイスが消え、床が水のようになって俺を吸い込んだ。

 途端、落ちている感覚は海底に沈む感覚に変化し、思わず、息が外へと零れ落ちた。

 慌てて息を止めるけど、たまらず呼吸をして、空気のある場所だと分かった。

 ……息は苦しくないが、黒い視界が広がる。

 そして、白い亀裂が浮かんでいる。

 どんどん身体が沈んで行くと、下へ行くほどに亀裂が無くなっていく事に気が付いた。

 ここは、どこだろう。

 泳ごうとしても、上手く身体が動かない。

 冷たくはないけど、ここが水の中という感覚はある。

 小さい頃、プールで溺れたときの感覚にそっくりだから間違い無い。

 けど、あの時と違って苦しくない。



 そんな事を考えていると、視界が歪んだ。

 とてつもない眠気に襲われる。

 暗いわけでなく、上に伸ばした手が、ハッキリと見えた。

 けど、それに気付いて若干覚めたように思えた視界も、すぐぼやける。



 ……?

 あれ、今、身体が浮かんだような。

 横に、引っ張られる、ような……。

 また、沈んで、いる、よう、な……。

 ………………っ



 …………。




 ……

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