01 現実的幻想 前編
ここは学校の視聴覚室。
そこで堂々と大画面を使って、ゲームのクライマックスを楽しもうとしていたのだ。
もっとも、そう言い出したのは俺ではない。
隣で涙ぐむ少年Tこと、俺の親友の―神楽 達樹【カグラ タツキ】―である。
そしてこれは、世に出ているゲームではない。まして学生が作った物でもなく、小さくはあるがちゃんと本格的なゲーム会社が作り出した新作RPGだ。
最大5人で遊べるらしい、某ゲーム機用のソフト。題名は決まっていないし、技名なんかも決まっていないが、システムそのものとイベントの一部は出来あがっているという、何ともハチャメチャな製作工程のズレがある作品となっている。
で、俺達はそのテスターに選ばれたのだ。
何故って?
何でだろうな?
俺達にもその選定基準が分からない。
まず、俺達2人とこのゲームを作った会社とでは全く接点が無い。そこの作ったゲームをプレイした事が無く、そもそもどんな物を作っているのかすら知らない。
それと、血縁者がその会社で働いているというわけでもない。
ただ、タツキが幼稚園の時の幼馴染から話があった。
そしてその幼馴染さんは、小学校時代の同級生が偶然「近所に住んでいていたから」という理由で声をかけられた。
更にその同級生さんは、そのお父さんから声をかけられている。
更に更にその同級生さんのお父さんは、ゲームが好きな弟さんからテスターの権利を譲られた。
何でも、好きなゲームの新シリーズのテスター希望を数点応募してみたところ、複数からOKされたとのこと。どちらかと言えば大きい方の仕事を請けたので、比較的小さい会社からの依頼だったこのゲームのテスターは、自分の兄に譲ったのだそう。
要するに、俺達にしてみれば、全くの赤の他人から依頼されたという事だ。
で、やってみると意外にのめりこむ仕様となっていた。
システムの大まかな確認やら、ストーリーの気になった点を、試作ソフトと一緒に入っていたアンケート形式の用紙に書き込んでくれれば良いとの事で、俺達は引き受けた。
さすがに地道にレベル上げをしていたらキリが無い。そこで試作ソフト限定の経験値10倍仕様。雑魚モンスターを一匹倒すだけでも相当レベルが上がる。絶対に倒せるチュートリアル用のモンスターを倒すだけで、なんとレベルが10まで上がるという仕様だ。
勿論、本来なら未実装となる仕様である。
メインストーリーをクリアする目的以外のクエストはまだ数個しか無く、武器や防具も初心者用とその一段階上の物がせいぜい。ただし、伝説の武具を初めから装備した状態だったので、そこはまぁ些末な事だ。説明でそういった脱線要素が無いことは聞いていたし。
で、俺達が苦戦しているのは、運営側から当然のように知らされなかった攻略方法。どうやらムダに多いマルチエンディング要素があるようで、今やっていたストーリーもようやくラストっぽい感じだった。
まさか、町にあるレストランや森にある木の実を一定時間食わないという条件で、飢え死にエンドが発生するなんて事に驚いたよ……。
更に言うなら、勇者の一行だからと他人の家のゴミ箱やタンスを物色するのはOKなのに、まさか他人の畑の近くにあった農具をゲットしたら捕まって投獄エンドとか、酷い時には処刑エンドまで用意されている事に驚いたよ!
製作者の趣味嗜好を疑うぞ?!
「あー、くそぅ。セーブポイントはこれの少し前だったよな? なー」
なお、用意されているエンドの数だけは分かる。
先程から流れているエンドロールには、最後にエンド数が記載されるのだ。メニュー画面から見ることの出来る図鑑形式で、どのように終わったのかが記載されるのだ。
そのエンドごとに勲章っぽいイラストが、箱詰めのお菓子のように並ぶ。それにカーソルを合わせることで、そのエンドの条件が見られるのだ。
処刑エンドの勲章はおぞましく、血塗れでボロボロの丸い鉄板だったな。
ちなみに、魔王を倒さず永住エンドなるものがあった。これは飢え死にエンドを避けようと、手に入れた野菜や果樹などをたくさん作り、木を100本植える事で発生するエンドだ。
全エンドをコンプリートしたい欲が疼くが、メインは魔王討伐。ひいては世界を救う旅だろう?
幾ら何でもこんなエンドは無いと思う。
まぁ、図鑑にそのエンドになる条件とか書いてあるから、避けようと思えば避けられるのだが。
とはいえ、そんなエンドは一度でも本編をクリアしてからの開放でも良いと思う。いくら手動セーブ機能が付いているからって、木を植えるだけでそんな、おかしなエンドになっていたらキリが無いのだ。
考えてみてくれ。飢え死にエンドを避けるには、一定時間ごとに何かを食べなければならない。しかし、店も何も無い洞窟の中、食べられる物が尽きたとする。それだけで飢え死にエンドになってしまう。入口に戻るだけでもかなり時間がかかる……。
なら、RPG特有の奇跡、魔法に助力を請うしかない。果物の種をその場に置き、とある呪文を唱える。それだけで、あら不思議! 美味しい果物の木が、岩肌に育っちゃいました!
ついでに、これで100本目の木を植えました! おめでとう! 『魔王を倒さず永住エンド』でゲームをクリアしたね!
……。
舐めてんのか?
このエンドは消してもらえるよう頼まなければ。
まだ何も知らない頃、しかし飢え死にエンドを知った直後。牧場まで作っていた頃。あの時育てていた茶色い羽の鶏、地味に気に入っていたんだぞ?!
ちなみに、今の所用意されているエンディングは100種類。
正直に言おう。多すぎるわ。
しかもまだ量産されているというのだから恐ろしい。
テスター依頼者である会社からの説明の際『マルチエンディングにしているが、まだまだ量が少ないからね~HAHAHA☆』なんて言っていた事を俺は忘れない。
あれだ。いずれ完成版に出てくるミニクエスト等をある一定数達成すると『冒険者になって永住エンド』とかありそうで怖い。
アンケートで念押ししておこう。
しないとダメだ!
「なー、ってば」
あ、いけない。タツキがちょっとご立腹だ。
「ごめん、考え事してた」
「別に良いけどさー。ほら、やろうぜ。学校でゲームが出来るなんて、稀な体験だろ」
それはそうだ。本来ならこんな、教室を貸しきってゲームをするなんて出来るはずが無い。
俺達は高校生で、1年生。春に入学し、秋を迎えた今日この頃。まだ緑色の葉も多いけど、紅や黄色になりかけた木々も増えつつある。
たしかにこの高校は割と自由。生徒会がちゃんと機能しているが、教師と生徒の関係は友達感覚に近い。さすがに呼び捨てで呼び合うような感じではないし、プライベートで遊ぶかと聞かれればNOと答えるが、仲が良い事は明らかだ。
正に、友達以上恋人未満、だろうか。
有名な進学校というわけでなく、不良のいる学校というわけでもない、いたって『見た目は』普通の学校である。ザ、青春時代とでも呼べるような時間を過ごしている奴がゴロゴロいるような学校だ。
それが部活にしろ、恋愛にしろ。
とまぁ、教師と生徒の間が近い事もあって、冗談混じりに色々ムチャ振りも言えるわけだ。
たとえば。
「ねぇ先生。一緒にゲームやらない?」
とか、
「家庭科室でケーキ作るから先生も手伝って!」
とか、
「サッカーの試合で人数が足りないから先生も入ってよ!」
とか、
「体育館で罰ゲーム用の酸っぱい梅干作るから開けて!」
などなど。
で、今回はこれだ。
「先生、ゲームのテスターを任されたので音楽室みたいな音が遮断できる空間を貸してください」
ダメ元で、親友が担任の教師に軽く頼んでみたところ。
「ん、良いよー。視聴覚室なら明日にでもとれるから。ただし放課後だけな?」
と、実にアッサリとした声が返ってきたのだ。
それはもうアッサリと。
どうやら誕生日パーティーを開きたいなどの理由で教室を借りたい生徒が結構いるらしく、常に教室使用予定時間を約1週間分は把握していなければいけないのだと言う。
記憶力のありそうな若い新任教師でさえ、記憶力+高い環境適応能力、更に何か突出した何かが無ければやっていけないこの学校の洗礼を受けて、自信喪失を起こす者が大半だ。
何せ、この学校は『割かし自由な校風』である。
というかむしろ『超絶自由奔放な学校』である。
簡単に言えば。
生徒が教師へ、または教師が生徒へ『常に』ムチャ振りを要求して、しかもそれがまかり通ってしまう。更に、生徒は良くとも、教師がムチャ振りに答えられなければ転勤させられる、常にあらゆるムチャ振りに答えてきた超ベテラン&一癖も二癖もある教師陣だけが生き残る、超絶サバイバル学校なのだから。
新任教師はまだ良い方である。ピエロがやりそうなジャグリングでも、美術教師が唸る程の器用さでも、とにかく何か一つでも一芸を持っていれば良いのだから。
……もう一度言っておこう。必要なのは『特技』ではなく『一芸』だ。特技なんてものは、赴任して来た時の自己紹介で言ってしまうものである。更にそれ以外の、しかも意外性を孕んだ芸で、自由奔放かつ個性的な生徒達をたった数人、満足させれば良い。
しかし、相手はこの学校……国立泉ノ鐘桜花清爛総合学園、通称泉校の生徒である。ちなみに、読み方はいずこうだ。この学校は保育園から大学まで揃った、ほんの少し(?)特殊な学園。保育園からエスカレーター式に高校、大学まで来たこの学校の生徒は、自然と教師の『質』を見る目が肥えている。
よって、少しでも面白くないと思えば、態度がブリザード並みに冷たく、厳しい。分別はわきまえているからあからさまなイジメなどは無いが。
ただ、非情な疎外感を吹雪のように叩きつけられるだけだ。
此処に赴任する教師は、有名な進学校でも無いのに結構名の知れた教師が多い。そして、ちょっと調子に乗っている教師なりたて状態の新人教師は、ちょっとおかしな時期にこの学校へ配属されては自重した頃に別の教師と入れ替わる、なんて事も日常茶飯事だ。
そんな中、俺達の担任は物珍しい新人だった。よほどこの学校との相性が良いのか、この学校のベテラン教師勢も舌を巻くほど生徒の扱いが上手いのだ。
保育園の頃からこの学校に通っていた俺は、見方を変えればこの学校が新人教師イビ……。
こほん。
ちょっとオイタの過ぎる教師の訓練場に使われていると知っている。
そんな俺は、赴任時に「生徒とは超絶仲良くしていきます」と自己紹介時に言っていた先生を「またかわいそうな先生が来たな」程度にしか考えていなかった。
しかし、その先生はこの学園にいるどんな教師よりも、ずっと生徒達と距離が近く、それでいて教えるのが上手な先生として勝ち上がったのだ。
赴任してたった一ヶ月の間で生徒達からの厳しいブリザードを体験した、転勤間際の疲れきっている教師とは裏腹に、七月辺りからやってきた俺達の先生は九月に入ってもバリバリ元気である。
あだ名は何と、教官。たしかに体育の教師なのだが……って、そうじゃない。
ちなみに、教官というあだ名は教師勢が使っているのだが、その話はまた今度である。俺はタツキに話があるのだ。
「じゃ、ちょっと前のセーブポイントからな。くっそ、やっと倒せたと思ったのに」
「あ、その事で少し相談がある」
「おう?」
タツキは俺の話をより聞きとろうと思ったのか、視線と顔を俺へと向けた。
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