異世界賢者のファンタジア ※更新停止中

PeaXe

epilogue

00 セカイノオワリ

 ようやくだ。

 俺は肩で息をしながら、見慣れた背中の後ろで何とか立っていた。

 古ぼけた、しかしそれ故に醸し出される貫禄のある杖を荒れた大地に突き刺し、気力も体力も底を尽きそうになっていたが、立っていた。

 魔法出す為に必要なエネルギー【MP】は、既に使い果たした。

 体力量を示す【HP】もガリガリと削られて、もう、少しでも気を緩めれば膝が崩れて立っていられなくなるような、そんな状態。

 それでも、いや、だからこそ倒れるわけには行かなかった。

 魔法を極めたが故に後衛へと回り、大した防御力も無い俺を守って、更に【敵】に立ち向かい続けてくれた親友を、絶対に、絶対に裏切らない為に。



 【敵】―― それは、禍々しい黒の鎧と剣を身に付けた、魔王。



 それに立ち向かう、神々しい白の鎧と剣を身に付けた勇者。

 その勇者こそが、俺の親友。

 誰もが思いつく事の出来る、ファンタジーでありきたりなストーリーのクライマックス。

 魔王は深い傷を負い、人間ではありえないような盛り上がり方をした紫色の気味が悪い筋肉は、浮き上がった血管が脈打つ度に血を溢れさせる。

 腕から、足から、そして最も深いと思われる腹の傷口からは、人とは違う証とでも言うように、真っ黒な液体がとめどなく流れている。黒い何かの破片だらけの部屋に、魔王の血液が染み込む。

 魔王の城。既に原型を保っていない城の中心部まで俺達は来ていた。

 勇者は無傷で笑みを浮かべる。

 もっとも、優秀な回復職がいたおかげで、結果的に無傷なだけである。ものの数秒前までは、勇者も酷いダメージを受けて瀕死だった。そのため、所々血は出ているし服には真っ赤な血がこびりついていても、傷は無い。だから無傷と表現した。

 だが、頑強な鎧は砕け、今日この日のために用意したはずの様々な特殊アイテムも残りは僅か。

 これ以上戦いが長引けば危なかった。それほどまでにギリギリの戦いを強いられたのだ。しかし目の前で膝を折り、かろうじて座った姿勢に見えなくも無いだけで虫の息な魔王を見れば、誰しもがこう思う。

 どう見ても、勇者が勝つ瞬間だ。

 そうでなければ、魔王が「第二形態におののけ!」とかっていう展開である。

 その展開なら、負けてしまうかもしれない。

 5人で組んだ勇者の【パーティ】には、これ以上、魔法を使える者も回復手段も無かった。

 案の定、魔王は黒い光を放ちながら、容姿を変えていった。



 勇者を含めた全員が、諦めようとしていた――



 しかし。

 変身し終わった魔王のその容姿に、勇者一行は驚いた。

 否定形の接続詞を使った事から分かると思うが、それはかなり意外な方向での驚愕である。

 変身前の姿は、それはもう醜悪だった。顔は豚、しかも常に涎を垂らし大き過ぎる犬歯をむき出しにした恐ろしいもの。身体は先程も言ったとおりで、筋肉は盛り上がり、関節ごとに巨大な玉ができていた。その上肌色は紫色。見ているだけで憎悪が込み上げてくる容姿だったのだ。

 だが目の前の少女といえば、漆黒のドレスをまとった、見目麗しい姿である。禍々しい鎧は何処へ行ったのか。先程のいかにも醜悪と言えるごつくて棘もあるヘビーメタル的なデザインをしていた鎧と同じ漆黒色だというのに、少女の纏うドレスは、儚げな美しさと、力強い神々しさを放っていた。

 姫か誰かが捕われていたのだろうか……?

 勇者一行はそう一度思案するほどに混乱した。

 魔王は今にも事切れそうだった。ギリギリの死闘の末に見事倒せたと仮定して、その報酬としてこの少女が現れたのだろうか。

 何ともゲーム的な発想だが、可能性はある。

 少女は漆黒のドレスに華美な装飾品こそないものの、やけにシンプルなデザインの、これもまた漆黒の、しかし誰の目にも明らかに価値のありそうな王冠をその頭に乗せていた。

 漆黒のドレスに対し少女の髪色は白金。その瞳はどこまでも続いているような深い空色。

 今現在の天気はムカつくような曇天だが、その際限無く透き通った純真無垢の瞳は、今にも吸い込まれそうな魅力があった。

 目の前の少女と魔王がイコール出来ない。

 かわいらしく、肌は真っ白で、頬は赤みを帯びていて。

 彼女は人間だとしか思えない。

 まして魔王などと――



 ―― しかし、そんな幻想は、次に放たれた少女の言葉によって掻き消される。




「あの禍々しい姿に怯えて帰ってくだされば、随分と楽だったのですが」




 よく見ると、ドレスには細かな傷が付いている。生地が黒いせいで分かりにくかったが、ドレスの裂け目からは鮮血が滴り落ち、所々真っ白な肌が露出していた。

 漆黒のゴシックドレスによって際立った真っ白な肌に、鮮血が線を描いている。

 黒に白は映える。そしてまた、白に紅が映える。

 勇者達が魔王に付けた傷が、大小の違いこそあれどその少女に刻まれている。

 そして少女は、それはもう忌々しそうに勇者へと愚痴を零していた。

 ただし、無表情で。

 それだけであれば、まだ魔王、ひいては魔王が率いる魔族の者に洗脳されているだとか、操られているだけだと考えるだろう。

 しかしそんな幻想ですら抱かせまいと、目の前の少女はスムーズな動きで会釈した。



「改めて。私は魔王。魔族を統治する者。人族などではございません」



 ドレスの裾をつまみ、ほんの少し持ち上げて、薄目を開きつつ会釈する。貴族としては一般的な軽い挨拶であるが、その動作中、常に禍々しい殺気が放たれていた。

 それは見た目からして10歳前後とは思えない少女からは、通常であれば放たれないような代物。というか先程まで魔王が放っていた闘気そのものである。

 この少女こそ、先程まで勇者が倒そうと躍起になっていた敵の親玉という事だ。



「勇者一行に警告する。これ以上戦っても、貴方達に良い結末は待っていない。貴方達が願い求める、幸せな未来は訪れない」



 少女、いや、魔王は勇者達へ向かって説得を試みているようだった。常に無表情ではあるが、忌々しさが無くなり、むしろ純粋な何かを感じ取れるほど、その声は邪気が含まれていなかった。

 しかし勇者が引く事はない。

 多くの希望を抱く勇者は、それと同じかそれ以上の絶望を知っている。その絶望が何者を起点としているのかを理解している。

 既に、魔王は倒すと誓っているのだ。

 無駄な説得なのである。



「一度、会談を提案する。貴方が見てこなかったものを、見せてあげる」



 魔王の会談に応じますか?

 Yes or No



 勇者が出すべき解答は、初めから決まっている。

 しかし、賢者が―― 俺がそこで違和感を覚えた。

 何に対してかは分からない。

 ただ、言い知れぬ悪寒と脂汗が、勇者一行から止め処なく溢れてくる。

 勇者を信じ、その細い腕を伸ばす魔王に、どういうわけか『希望』が見え隠れしているのだ。


「勇者、ここは――」


 俺は違和感を拭いきれず、親友であり勇者に進言しようとした。

 しかし勇者は既に選択を終わらせて、あとはその手で決定するだけ。



「……そう。なら、仕方が無い。好きにするといい」



 魔王はそう言うと、勇者の懇親の一撃を受ける。

 今の魔王はボロボロのドレスを着用し、武器は何一つ持っていない状態。

 魔法を使うでもなく、攻撃する素振りも無く。


 ―― 何か、全てを諦めたように目を伏せて。


 それはまるで、祈る聖女のような立ち姿。

 邪気の全く感じられない、ただの小さな女の子のような。


「勇者! まっ――」


 ……俺の制止は時既に遅く、勇者の懇親の一撃によって、少女は跡形も無く消え去った。

 と、同時だっただろうか。

 勇者一行が魔王討伐に喜ぶ暇も無く『画面』が揺れる。


「な、何だ?!」


 そして、視界いっぱいに広がる白い亀裂。


「そんな、こんな所で……」



 ―― ブツン!



「……あー!」


 『ゲーム』が終了した直後、涙を浮かべながら俺の親友はモニターを睨みつける。そこには暗く黒い視界と、白い亀裂の模様が前面に広がっている。

 亀裂の模様は現れては消え、やがて下から上へと流れ始める。

 赤い文字でBad Endと表記され、エンディングロールがフェードインで流れてきた、静かながらも荘厳な、ゴスペル風味の曲に合わせて流れていく。

 同じく赤い文字で、画面を下から上へと、文字が流れていく。

 ちなみに、それらの文字全てが溶けたチョコレートやアイスのように、赤い液体をしたたらせるオプション付きで。

 最初に流れてきた文章は、語り部口調の第三者目線な言葉だった。



 見事、魔王を倒した勇者一行。

 懇親の一撃によって、魔王は成す術無く倒された。

 しかし、勇者達も、世界中にいる人々も、魔王討伐に喜ぶ暇も無く世界中に亀裂が走る。


 ―― 勇者一行は、世界を救えなかった。


 亀裂は人々を吸い込み、魔王の配下までも吸い込んで、世界が消えて行く。

 気付いた時には既に遅かった。

 そして、世界を救うはずだった勇者さえも――



 そんな文章が流れた後、黒い画面に映える白い文字でスタッフロールが流れ出す。力強い女声によるゴスペルなメロディーと共に、下から上へと流れていく。

 しかも、画面の下の方には先程の赤い文字で溜まったと思われる真っ赤な液体があり、そこから白い文字が浮かんでくるのだ。文字の全てが骨に見えなくも無いシチュエーションである。

 更に、文字の多くから赤い液体がしたたっている。

 その手の人間には苦手な、軽くホラーな表現だ。

 何ともやるせないエンドロール。しかもムダに凝った造りをしていて、何と無くやるせない気分にさせられる。

 俺達は一旦、コントローラーを机に置いて休憩する事にした。

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