第2話「待ってたよ」

その日、トキはいつもどおり歌の練習をするつもりでジャパリカフェに訪れました。

場所はすっかり覚えてしまったので、カップをかたどった目印を見るまでもありません。

カフェの庭を目指して降りていくと、店先はちょっと見慣れない様子でした。

アルパカが扉の前に立ってこちらを見上げているのです。

何かあったのだろうか。トキはいぶかしみました。

いつもなら店の中にいるか、外にいたとしてもテーブルに着いているか目印の手入れをしているかのどちらかです。

トキが急いでアルパカの真正面に降り立つと、思ったとおり、アルパカは何か困った顔をしていました。

それはもうほとんど泣き出しそうな様子だったので、トキはどきりとさせられました。

「トキちぁん」

絞り出すような声でした。

しかし、アルパカはすぐに笑顔を作りました。

「すぐお茶淹れるよぉ」

そのまま扉を閉めずに中に入り、キッチンに立ちました。

トキも後ろ手に扉を閉めて続きます。

アルパカはもう全く平静な風に紅茶を用意していましたが、トキは横から問いかけました。

「何か……あったのなら、遠慮なく話してほしいわ」

するとアルパカは手を止めて、トキに苦笑を向けました。

「かっこ悪ぃんだけどねぇ……。怖い夢、見ちゃっただけなんだよぉ」

怖い夢。

それが例えばただのセルリアンに追われるだけだとか、そういうものではないことが、トキには確信できました。

「思い出してつらくなければ、どんな夢だったか教えてちょうだい」

トキがそう言うと、アルパカの眉は再び悲しそうに沈みました。

「カフェがね、あの子が来る前に、戻っちゃう夢」

それは、トキが心配したとおりといえるものでした。

「庭に目印がなくなってて、あたしもどうやって作ったか思い出せなくなっちゃって……、待ってたんだけど、トキちぁんも」

アルパカがそれ以上続ける前に、トキはアルパカの両肩をつかみました。

そのまま抱き寄せたのは、今の自分の顔をアルパカに見られたくなかったせいもあるかもしれません。先程のアルパカ以上に歪んでいるのがトキ自身にも分かりましたから。

「その夢の中の私って、薄情者なのね。きっと偽者だわ」

「トキちぁん……」

「大丈夫よ。本物の私は、あなたを決してひとりぼっちになんかさせないわ」

どうにか自分が泣き出すことなくそう言えました。

アルパカの手がそっと腰に触れるのがトキには分かりました。

しかし、その手はすぐに離れてしまいました。

「トキちぁん、今、外にショウジョウトキちぁんと初めて見る子が」

「本当?」

ふたりが外に飛び出すと、ショウジョウトキはなんだか照れくさそうに視線を泳がせていました。

「ええっと、この子にここのことを話したら、行ってみたいって言うから、連れてきたんですけど」

それは小柄で頭に羽がある、見たところ小鳥のフレンズでした。

竹色の髪をして、松の葉のような色の羽織と、梅の袴を身にまとっています。

「こんにちは 私はウグイス よろしくね」


@ウグイス

 Horornis diphone

 Japanese bush warbler

 スズメ目ウグイス科ウグイス属

 保全状況:LC(軽度懸念:絶滅の恐れはなく、近い将来絶滅に瀕する見込みも低い) 千葉県、東京都で準絶滅危惧、埼玉県で地帯別危惧


アルパカの顔にはもうさっきまでの悲しみは一片もありません。

それはトキも同じでした。

「ふわぁ!よおこそぉ!」

「こちらでは 歌の練習 盛んだと 聞かせてもらい 是非にとここへ」

「あなたも歌が好きなのね。一緒に頑張りましょう」

迎えられたウグイスも穏やかに笑っていました。

「初めてよ 小鳥の私 こんなにも 高いところに 昇ってきたの」

「私が連れてきたんですけど!」

「うんうん、ショウジョウトキちぁんも連れてきてくれて本当にありがとうねぇ」

ショウジョウトキは自慢気な顔をしています。

トキは、心の底から安堵していました。

アルパカが怖い夢を見たと聞いたとき、トキが真っ先に連想したのは、以前から自分のよく見る悪夢でした。

それはもちろん、鳥の体だった頃の夢です。

また、アフリカコノハズクのはかせから、アルパカ・スリがどういう動物であるか聞かされたこともありました。

アルパカがグアナコとビクーニャどちらを祖先に持つとしても、元々一頭で暮らすような動物ではないはずだというのです。

アルパカは無理を重ねてきたはずだと。

今日はアルパカの夢と反対にカフェは賑やかになりそうでしたが、トキは最後まで残るつもりでした。

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