第3話「あなたたち何してるの?」
1.
ショウジョウトキがカフェに行くと、たまにトキとアルパカが何かよく分からないことをしている場合があります。
ある日のことです。
「私は〜ショウジョウトキ〜♪真っ赤で〜美し〜い〜♪」
ショウジョウトキは、トキの「なかまのうた」を替え歌にしながら、気分良くカフェに向かって降りていきました。
しかし、カフェに近付いて軒先のテーブルにトキとアルパカがいるのをよく見ると、その気分はがらりと塗り替えられてしまいました。
トキとアルパカが、お互いの頬をつまみ合っているのです。
「え、何!?喧嘩!?珍しいんですけど!?」
ショウジョウトキは急降下し、膝を曲げてテーブルのそばに降り立ちました。
「喧嘩?」
「なんのことぉ?」
ふたりは全然怒っていません。むしろにこやかでした。
「え、ふたりがつねり合ってるのかと思ったんですけど……、あなたたち、何してるの?」
ショウジョウトキは次第に落ち着きましたが、喧嘩でないならかえっておかしいと思ってふたりに問いました。
「ああ、つねってたんじゃないんだよぉ」
「ふふ、恥ずかしいところを見られたわね」
アルパカは手を降ろしましたが、トキはまだアルパカの頬をつまんでいます。
「歌の練習を休憩してここに座ってたのよ、そしたらね……」
トキはアルパカの頬を持ったまま話し続けました……。
ショウジョウトキが来る少し前です。
テーブルで向かい合ったアルパカのことを、トキはぼんやりと眺めていました。
アルパカが少し照れくさそうに姿勢を正してみせるので、トキは思っていたことをぽつりと口に出しました。
「アルパカの毛皮って、とってももふもふよね」
「んん?そうかにぇ」
「触ってみていいかしら」
そう言いながらトキは、アルパカの首元のマフラーに触れました。
アルパカはにこやかに座っているだけで何も言わないので、トキは、むふ、と笑みを漏らしながら、アルパカの毛皮をもふり続けました。
マフラーからベストに手を移し、撫でつけるとさらさらと抵抗なく手が進んでいきます。
少し力を込めただけで指は相当沈んでいき、アルパカの体が見た目より引き締まっていることも分かります。
んふ、と、アルパカが小さく笑いました。
トキの手はさらに、垂れた髪の丸くまとまった部分に移ります。
するとトキの指の背にアルパカの頬が触れました。
トキの手はそちらに向かいます。
ぷにぷにと頬をつままれ、アルパカもさすがに少し困った顔をしました。
「んええ?しょこはもふもふしないゆぉ〜」
それでもトキは手を頬から離さないので、アルパカもトキの頬に手を伸ばしました。
「おかえしだゆぉ」
トキは再び、むふ、と笑い、しばらくお互い頬をぷにり続けました。
「というわけよ」
「いや、わけわかんないんですけど」
トキはまだ手を離していません。
ショウジョウトキはそれが少しうらやましくなってしまいました。
「……私も触ってみたいんですけど」
「ダメよ」
トキが強く断りました。
「なっ、なんで!?」
「もういいかにぇ……ちょっとじんじんしてきたゆぉ……」
2.
またある日、今度はショウジョウトキがウグイスを連れてカフェにやってきました。
すると、トキとアルパカはテーブルで向かい合ったまま、黙ってお互いの頭の上をじっと見つめていました。
その様子にただならぬものを感じて、ショウジョウトキ達は少し離れたところに降りました。
「え、何?ちょっと、怖いんですけど」
「高山の ふたりを包む 異様な気」
ショウジョウトキ達は近寄るのをためらっていましたが、トキとアルパカはすぐに気付いて振り向きました。
「ありゃ……、ちょっとまぶしいにぇ……」
「そうね、あれだけ真っ赤だとさすがにまぶしいわね」
ふたりがこんなことを言うのを、ショウジョウトキは自分の色鮮やかなことが誉められたのだと思って胸を張りました。
「そっ、そうでしょう!?ショウジョウトキは真っ赤で綺麗でしょう!?」
しかし、そうしてショウジョウトキが自慢げな顔をしている間にも、ふたりはお互いの頭上に向き直っていました。
「あっ!もう、なんなの!?」
「むふ、ごめんなさい。あのね……」
また少し前のことです。
トキは向かい合ったアルパカの視線が、自分の羽に注がれていることに気付きました。
「何かしら」
「んん、トキちぁんの羽がお花みたいで綺麗だなぁと思ってにぇ」
「花?」
「このあたり、あんまり赤いお花がないからにぇ」
高山でたまに見かける花は、大抵白か黄色で小さいのでした。
トキは顔の横に垂れた髪のほうが真っ赤だろうと思い、少しおどけて髪の房をぴこぴこ持ち上げて見せましたが、
「んああ、羽は頭のてっぺんにあるからにぇ。青い空と一緒に見たら綺麗だなぁって」
「ああ」
トキはぐっと力を込めて羽を広げてみせました。
そして自分もアルパカの頭上に目をやると、そこにも薄紅色のものがあるのに気が付きました。
日の光に透けた、アルパカの上の耳です。
「あなたの耳も綺麗ね」
「んふふ、そかにぇ」
それでしばらくそのままお互いの頭上を見つめていたのです。
「というわけよ」
「そ、それなら、やっぱりこの真っ赤なショウジョウトキを見つめたらいいと思うんですけど!ほら!」
ショウジョウトキが激しくポーズを取っても、ふたりは振り向きません。
「もーっ!何なの!」
ここでウグイスが一句。
「見つめ合う 二人の心に 開く花」
「ああ……」
力の抜けたショウジョウトキがふとウグイスに目をやると、
「あ、花」
ウグイスの袴が梅の柄なのに気付き、ショウジョウトキはウグイスの隣にしゃがみました。
3.
今度はショウジョウトキが、まだカフェに慣れていないクロトキを連れてやってきたときのことです。
テーブルに着いているアルパカの手には、見慣れないものが握られていました。
それは小さく細いものでしたが、尖っていて、鈍く輝き、とても硬そうに見えました。
そして、アルパカは何か強張った面持ちで、トキと向かい合っていたのです。
「なっ、何ですか?なんだか怖い感じです……」
クロトキは縮こまってショウジョウトキの後ろに隠れましたが、ショウジョウトキにはもう、ふたりがよく分からないことをしているのは慣れっこでした。
よく見るとトキも呆けた様子でアルパカを見ています。心配することは何もないようです。
しかし、アルパカの発した声にはショウジョウトキも驚きました
「トキちゃん、もうそろそろいいかな?ショウジョウトキちゃん達も来ちゃったし……」
全然訛っていない、すっきりとした喋り方だったのです。
「あっ、そうね。もういいわ。ごめんなさいね」
「ちょっ、ちょっと待って!何なの、今の!?その尖ったののせい!?」
アルパカは尖ったのを持って、急いで店の中に入っていきました。
「むふ、驚いたでしょ」
「超驚いたんですけど!」
「あの尖ったのを持っていると、アルパカさんの喋り方が変わるんですか?」
クロトキはもうショウジョウトキより冷静になっていました。
「ええ。実はね……」
少し前です。
トキはアルパカの髪がずいぶん伸びているのに気が付きました。元々隠れていなかった左目まで少し隠れています。
多くのフレンズではサンドスターの保存的性質により体毛の状態も保たれるのですが、アルパカの場合は元の動物の性質が勝り髪の毛がかえってヒトより速く伸びてしまうのです。
「それって、どうするの?」
「ん〜、自分で切るしかないんだよにぇ……面倒なんだけどにぇ」
「切る?ちょっとやってみせてくれるかしら」
トキはかなり興味を持っていました。
「んん?いいけどぉ、切ってる間あんまりお話できにぇから、退屈じゃないかなぁ」
「別にいいわよ」
「そんならぁ……」
アルパカは席を立つと、店内から尖った小さなものを持ってきました。
そして椅子をテーブルから離すと、
「ちょっと待っててね」
急にすっきりとした声で言いました。
その声にトキはどきりとしました。
アルパカが尖ったのを素早く動かして髪を切っていく手さばきは、とても見事なものでした。
しかし、それを見ている間もトキにはさっきの声が気になって仕方がありません。
幸い、アルパカの髪はみるみる整っていきます。そして、
「ふう、終わった」
やはりあの話し方です。
「あ、アルパカ……、その、あなたの話し方」
「ああ、これね。この道具、ハサミっていうんだけど、鋭くて危ないから、これを持ってると緊張しちゃってね」
その声でアルパカが話していると、トキはなぜか胸が高鳴るのでした。
その上、アルパカの表情はいつになくきりりとして、まるで別人のように精悍です。
「そのせいで、話し方も変わるの?」
「変かな?」
トキは首を強く横に振りました。
「いえ!むしろ……」
「ん?」
「しばらくそのままでお話ししましょう!」
今度はアルパカが面食らう番でした。
「ハサミを持ったまま?」
「やっぱりダメかしら……」
そう言いつつもトキの表情には何か熱がこもっています。
「少しだけ、ね」
「むふ。ありがとう」
という説明を、アルパカも途中から聞いていました。
「んや〜、なんか照れくさいにぇ」
「ごめんなさいね、アルパカ。やっぱりカフェではのびのびお話しするのが一番だわ」
そう言うトキもリラックスしきった顔をしています。
ショウジョウトキは大きくため息をつきました。
「まったく、びっくりさせないでほしいんですけど」
「でもちょっと素敵でしたね、さっきのアルパカさん」
「うーん……」
ショウジョウトキも少しだけ、クロトキの言うとおりだと思っていました。
それで、
「次に髪を切るのって、いつなの」
こう聞いてみたのですが、
「秘密よ。それに次はすぐにハサミを片付けるわよ」
トキがびしりと言い放つのでした。
「なっ、なんでトキが断るんですかーっ!」
「あの、あたしもできれば、あんまりハサミ持ったままお話すんのはぁ……」
「大丈夫よ。私がハサミを持ったアルパカのことを歌にするわ」
「は!?」
すぐさまトキの大音量が響き渡ります。
「ハサミを〜持った〜アルパカ〜〜〜♪いつもと〜少し〜違う〜〜〜♪なぜだか〜とっても〜素敵いいぃ〜〜〜っ♪」
ショウジョウトキの、それじゃ意味ないんですけど、と叫ぶ声もかき消されてしまいました。
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