第9話  「胸、私よりおっきい」

じゃっぷーん。

勢いよく飛び込むと、耳障りな水音が耳朶を打った。

こんなにいらねーだろ、と思ってしまうような広い浴槽。

今日はフィールと他愛もない会話を延々としてしまったので、いつもより入浴時間がだいぶ遅くなってしまった。

誰もいない中、全身を弛緩させる感覚に浸っていると、ひたひたとタイルを踏む足音が聞こえた。

ハッとして顔を上げると、そこにはスレーズの姿があった。


「あ、フレイア。遅かったんだね随分?それとも長風呂?のぼせちゃうよー?」


「ち、違う違う。今入ってきたばっかだよ。スレーズはどうしたの?」


「もー、ウチのバカ兄がずぅーっと、さー!トランプしてたんだけど、勝つまでやるっつってさー、結局負けてあげたよ、ほんとバカみたい!」


そんなに怒っている彼女を見るのは記憶に新しかったので、私はあいまいにほほ笑む。

ケンカするほど仲がいい、と解釈していいのだろうか。


「仲いいんだね?」


そう言うと、彼女は少し照れたように笑った。


「えー、まぁ。私はお兄ちゃんのこと結局ダイスキだし、お兄ちゃんもそうなんじゃないかなぁー?だって、イーストではバカ兄妹って言われてるもん」


「そ、そうですか・・・。なんか羨ましいな」


「えへへ、そうですか?」


はにかむスレーズは、本当にかわいかった。

ピンク色の髪の毛が額に張り付き、どうにもグラマーだ。

それに・・・年下なのに。

___胸、私よりおっきい。

思わず自分を見下ろす。

水面に揺れる自分の体格。

___うん、視界良好。

神様は残酷だ。

私がため息をつくと、スレーズは不思議そうにこちらを見つめた。

すると、自分の中に立ち込める憂いが蘇ってきて、私は俯く。

___相談しても、いいのかな。どんな反応をされるだろう?

スレーズは優秀な双剣使いだ。

その子のお兄様によると、前回の戦争では13歳にして主翼の前のほうにいたらしい。

追記だが、この世界には幼子はいない。

なんとも不思議なことだが、そのおかげというべきか不幸というべきか、全員が戦いに赴くこととなる。


スレーズの瞳の色が憫察なものに変わっていく。

気づけば、口をついて出ていた言葉。


「私、剣技は向いてないみたい・・・」


「・・・・・」


「だって、基本もできないんだよ。・・・正直、もう逃げちゃいたいくらい。私、メイジになろうかな」


「・・・確かに、メイジさんはいますけど」


「・・・・・」


「ほんとにそれでいいんですか、フレイア」


彼女の髪と同色の、瞳のピンクマゼンタの光が、凛と煌めいた。


「・・・スレーズにはわからないよ。スレーズみたいに、ちゃんと才能がある人には・・・」


そこで言葉が途切れ、私は焦った。

___卑屈すぎた。

こんなのただの逆恨みだ。


「ご、ごめん。ちょっとバカなこと言っちゃった」


「・・・フィールと比べちゃ、ダメですよ」


「・・・え?」


スレーズの額から一筋の汗が流れた。

私もその現象が起こり始めている。

そろそろ上がらないとヤバいかもしれない。


「フィールは、才能が有りすぎる。っていうのも、私にとっては癪ですけど。でもそれと比べちゃ、フレイア自身がかわいそうです。フレイアは、ちゃんと普通なんだよ。ただちょっと不器用なだけ」


最後に含まれたタメ口。

不意にタメになることがあるのだが、その法則はわからない。

何回も敬語じゃなくていいと言っているのだが、彼女は誰に対してもその口調らしい。

癖なのだと自分で言っていた。

アストを除いてだが。


「・・・・・でも」


「でも、私はメイジさんにも憧れちゃいます。剣から炎が飛び出したりするの、すっごくかっこいいんですよ。まあ、スペル覚えるのは大変そうですけど。お兄ちゃんとか、絶対できないと思います。まあそれに、後方支援だからぶっちゃけ死ぬ確率も低いし」


スレーズは笑った。

本心なのだろう。

でも、私の心の中はさっきと違う。

ちゃんと、本当のことを言ってもらえたから。

嘘に塗れた言葉で、誤魔化されなかったから。


「・・・ありがとう。フィールに相談してみるね。スレーズの話聞いて、メイジでもやっぱいいかなって今は思ってるし」


「あはは、それはよかった」


彼女はそう言うと、水音を立てて立ち上がった。

飛び散った水滴が私の頬を濡らす。


「ふあぁー、のぼせちゃう!早く上がりましょ、眠れなくなっちゃいます」


「そうだね。じゃあ出よっか!」


お風呂から上がると、彼女のナイスボディが露わになり、私はまたしても落ち込んだ。

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