第5話 「戦争なんて終わることはない」

「ご、ごめんね、何も言わなきゃよかったね・・・」


私が心底申し訳なさそうに言うと、少年はぷうっと頬を膨らませて対応した。

だが、すぐに真顔になると苦微笑を作る。

それを見ると、私は思わず思ってしまう。

___この人は、どれだけ多雑な感情を笑顔の中に閉じ込めてきたんだろう。


「・・・私の前では、泣いても怒ってもいいんだよ?」


「は?」


当然というべきか困惑の表情を返され、私もまた苦笑する。


「ごめん、なんでもない」


フィールは眉をあげただけでいつもの表情に戻り、堂々と門をくぐった。

衛兵さんになんだこいつら?という目で見られたが、早く覚えてもらうことを祈るしかない。

そして、噂の種にすることも、できればナシにしてもらいたい。



部屋に入ると、まだ二人がいた。

青の人はアストという名前なのはわかったが、ピンクの子の名前がわからない。

フィールに聞けばよかった・・・と猛烈に後悔しながら、その子を見つめる。

すると、彼女がいきなり走り寄ってきて、私の手を取った。


「じゃあ、行きましょっか」


「え?どこに?」


思わず聞き返すと、彼女は朗らかに笑うと、階下を指さした。


「食堂です」


そして、微笑とともにそっと耳打ちされた言葉。


「私の名前はスレーズです。よろしくお願いします、フレイア」



***



案内されたのは、もうひとことでいえば”豪華”だった。

天井はきらびやかなシャンデリアが吊るされ、床にはふかふかした絨毯が敷き詰められ、壁にはなんだかわからないがおしゃれな模様、暖色系。

そして、何より広い。

先ほどの草原と同じくらいの広さがあるのではないだろうか。


「いっぱい人がいるね・・・」


「ええ。ここにはイースト軍の全員が食事をとるだけのスペースがあるんです。総勢1000人くらいですね」


___1000人。イースト軍。

興味のある単語がいろいろ出てきたが、それは食事を用意してからにしよう。



***



「あ・・・おいしい」


かぼちゃの煮物を一口。

優しい甘みが口の中にふわっと広がり、いくつでも食べられそうだ。

フィールがまだ口をもぐもぐさせながら言った。


「イースト軍っていうのは?」


「あー、こっちの軍の名前だ。この城にいる奴は全員イースト軍。ちなみに、ウエスト軍がこっちの領地に入ると、警報が鳴り響く。だからいちお安全」


相槌を打ちながらも、頭の中では英語辞書を繰る。

___ちょっとまて、英語だと?

なんだそりゃ。

いや、外国から来た言葉だろう?

え?え・・・?


頭の中が混乱してきて、私は思考を中断せざるを得なかった。

わかったことは、イーストは東、ウエストは西という意味だけだ。

だが、この世界では単語の意味は関係ないらしい。


「で、、そのイースト軍とウエスト軍は対立してるの?」


「ああ、そりゃもちろん」


アストが箸でご飯をつつきながら言った。


「二年前かな。俺が15歳の時。スレーズは13歳だな。ウエスト軍が攻めてきてさぁ、もう大変だったんだぜ。死ぬかと思った」


「ちょっと、なんか軽々しい言い方ー。雰囲気がまるで伝わらない!ほんとに大混戦だったんですよ、二人とも」


そう言われても、なんだかよくわからない。


「いやぁー、剣は折れるわヒールは回ってこないわでさ・・・。ミラベル騎士長が必死に説得して、今の状態を保ってるだけなんだ。だけど、もうすぐ偵察隊がくるんじゃないかって俺は思ってる」


「偵察、隊・・・?」


「ああ。・・・戦争が終わることはないんだよ、絶対な。ウエストとイーストは宿命的なんだ。平和なんていつ来るか・・・」


アストのいつになく暗い口調に、私はドキリとした。

___戦争が、終わることはない。

その言葉がやけに胸の中で響き、動悸を高める。

だが、暗くなりかけた話題を霧散させるように、スレーズが手をパンっと叩いた。


「まあ、まだ大丈夫だよ!それはそうと、剣は使ってみました?」


あ!!とフィールが声を上げた。


「なんかフレイアが言ってるんだけど、剣が光ったとかなんとか・・・」


すると、アストとスレーズが顔を見合わせた。

スレーズは細い指を組み合わせ顎に当てる。

ピンク色の髪がさらりと揺れた。


「それ、アームプレモーションのライトエフェクトじゃないですか?」


「アームプレモーション?」


「ああ。剣が光って、体が半ば勝手に動いてくれる必殺技だ。初日で発動できるなんてすげぇじゃん!」


「うんうん!素質あるんですねぇ、できるひとはすぐできるけど、できないひとはコツ掴むまで全然できないんですよ。フレイアはどうでした?」


冷や汗。


「わ、私はまだ・・・」


微妙な沈黙。


「そ、それが普通だから!」


「そうそ、フィールがおかしいだけだから」


「おかしいってなんだよ」


フィールが突っ込み、一気に明るい雰囲気。

ほっと胸をなでおろしながら、そっと隣の少年を見つめる。

そうすると、いろいろなことを妄想してしまう。

___一緒に来たってことは、何らかの関係があったんだよね。付き合ってたとか?もしかして結婚・・・?

そこまで妄想が到達してから、私は恥ずかしさのあまり首をぶんぶんと振った。

___あ、ありえない。

まだ結婚できないよ・・・いやできるけど、ってかそれこそ何考えてるの私のバカバカ!!と自分を叱咤していると、自分でもアホらしくなったのでやめる。


食事が終わろうとしていた。

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