第2話 記憶がないんですがどうしたらよいんでしょう
遠く。
ずっと遠くから声が聞こえる。
でも、聞きたいとは思わない。
むしろ願う。
___もっと。もっと遠くに行って。消えてしまえばいいのに。
でもそんな私の願いを裏切り、声はどんどんと近づいてくる。
一音一音がくっきりと耳に忍び込んでくる。
ひそひそ。ひそひそ。
『ねえ、玲って調子のってるよね』
『あ、分かるぅ!』
『ちょっと頭良くて可愛いからって、ねえ』
『そんだけで洋季クンと付き合えるんだもんねえー、洋季クンも見る目無いよぉ』
『だよねえー』
『うわ、マジうぜえ玲!』
きゃはは。きゃははは。
少女はたちの軽やかな笑い声が聞こえる。
__ひとつ。
嗚咽。
細くて頼りない。
彼は私の横で泣き続ける。
『、、っ、ほん、とごめん・・・でもなんかもう・・・』
___大丈夫。私の前なら、何したって大丈夫だよ。
『__、、情けねー。・・・好きな子にこんなの見せたくなかった、な・・・』
___でも、かっこよかった。すごく接戦だったじゃない。
そう言うと、彼はかみつくように叫ぶ。
濡れた瞳で私を見て。
『でも、負けたことには変わりないだろ!』
・・・そ、っか。そう、なの、かな・・・。
__またひとつ。
荒い息遣い。
私たちは重なるようにして横たわっている。
脱ぎ捨てられた衣服。
息遣いが感じられるほど近くに、彼がいる。
『・・・んっ・・・ぅ、、!ふあ・・・や、だ、だめ・・・!』
涙が零れる。
___怖い。怖いよ。いつもの彼じゃない。みんな平気でこういうことするのかな。できないのは私だけなのかな。
『や、だ・・・っ!こんなのいや・・・!!』
ハッとする。
彼が悲しそうな目で私を見る。
『_ごめん』
嫌だ。
謝らないで。
___またひとつ。
『玲ちゃん。僕は玲ちゃんのことが好きだよ』
ああ、こんな言葉私、いつかけてもらったんだろう。
でも、その時のうれしい思いもどんどんかき消されていく。
暗闇の中で私は叫ぶ。
何よりも精神的にきた言葉。
『全部__お姉ちゃんのせいなんだからっ!!』
ごめん__ごめんね。
ひとつ、またひとつと私の中に積もって。
うれしい思い出がどんどん消えて行って。
最後に残るのはなんなの?
__ああ・・・ぜんぶ、私が悪いね。
***
目を開けると、ひどく目の前が歪んでいた。
瞬きをすると、水滴がこぼれ、少しだけ視界がクリアになる。
_____なんだろう。
何の夢を見ていたんだろう?
わからないのに、哀切な痛感だけが残っている。
どうやらどこかに寝かされているようだった。
今見えているのは木目の天井だけである。
首を動かそうとすると、ジクンと細い痛みが走り、すぐに体制を治す。
「あ、起きた」
何やら少年の声。
目だけを動かすと、漆黒の髪だけが目に入った。
「ほんとか?ふぇぇー、よかった」
今度は別の男性の声。
無理矢理に体を起こすと、少し青みがかった髪色をした男性と、最初の第一声であろう少年と、ピンク色の髪を長く伸ばした女の子が目に入った。
そこで私はようやく気付く。
思考の空白に。
「ぁ・・・」
自分の声とは思えないほどに掠れた声が出て、少しげんなりする。
するとピンクの子が駆け寄ってきて、何やら湯呑を差し出した。
何かと思いきや、ただの白湯のようだ。
恐る恐る口に運び、こくんと一口飲むと、たちまち喉の通りがよくなり、正直たまげる。
「わ、私・・・」
「私?」
「誰でしょう・・・?」
黒の子が目を見開き、ピンクの子が口を覆い、青の人が口をぽかんと開けた。
そのままたっぷり5秒ほども凍結してから、ようやく時間が動き出す。
「私は誰でしょうクイズか・・・。うーんわからん。おいわかるか?」
「ちょっとやめなよお兄ちゃん。ふざけるの」
ピンクの子が青の人をどついた。
青の人はわざとらしくよろけると、まじまじと私を凝視する。
「えー・・・名前は?」
白い。
すべて空白。
自分のことに関して、すべて___
「わからない」
声が震える。
「わからない・・・!!」
恐怖のあまり泣きそうになりながら俯く。
すると腕が伸びてきて、何やら変な動作をした。
「は?」
「こう」
ハエを払うような仕草。
何がなんやらわからないまま、その動きをまねてみると、なにやら不透明の板が出てきた。
ウィンドウ、か。
「その・・・下のほうにある可視モードボタン押して」
青の人のもどかしそうな声がさらに私を焦らせる。
苦労して見つけ出し、それを押すと、青の人がぽつりと言った。
「フレイア、か・・・」
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