―5―

 午後九時。

 本来ならば習志野中学は施錠され、部外者の存在なんてもっての外のはずであるが、升田先生の計らいによって僕たちは校舎内に残ることを許可されていた。今頃彼は校門前で煙草でもふかしながら、僕たちの用事が済むのを待っていることだろう。

 僕たちは、これもまた特別に解放された屋上に出た。今いるメンバーは合流した渡嘉敷さん、野々宮さん、そしてクルミさんである。

 僕たちがこんな時間にも関わらずこうして校内の――それも屋上などというところにいるのには、確かな理由があった。


 ――猫屋敷綾との決着。


「渡嘉敷さん、僕はようやく気が付きました。猫屋敷がどうして自殺なんてしなくてはならなかったのか」


 今この場に猫屋敷本人の姿はない。けれど彼女のことだから、きっとどこかで聞いているのだろう。見ているのだろう。だから僕は構わず話し続ける。


「野々宮さんやクルミさんも知っているとは思うけど、猫屋敷はいつでもドラマチックな味付けがしたくなるような性格でした。現実的で理論派なくせして、それでいてどこか物語に憧れている」


 彼女は言った。

 僕に名探偵になる素養があると。

 しかしどうだろう。名探偵なんてものはあくまで創作の中のキャラクターの話だ。現実世界にはおおよそ名探偵と呼べる人間なんて存在していない。

 だがしかし、猫屋敷にとって、彼女にとっての現実世界には、確かに存在していたのだろう。もし、そうであるなら――


「名探偵になる素養を持つ人間がいるのなら、その逆で、世紀の大犯罪者になる素養を持つ人間も存在する」


 そう、加賀美さんのように。

 おそらく猫屋敷は加賀美さんの存在を知っていたのだ。いや、と言った方が良いかもしれない。二人の間に面識はなかったようだが、しかし猫屋敷はその存在を――名探偵に匹敵する名犯罪者の存在を、予期していたのではないだろうか。


「物語にはヒーローが登場する。しかしその一方で、それに対抗する敵も存在するんです。もし猫屋敷がその敵の存在を予期していたとしたら、その敵を止めるのは僕の役割なのでしょう」


 しかし、猫屋敷と出会った頃の僕は、自分に名探偵としての素質があるなんて微塵も思ってはいなかった。自分はただの平凡な学生で、こうして何事もなく、ただつまらない人生を歩んでいくだけだと思っていた。


「だから猫屋敷は、ヒーローを――名探偵を生み出す為に、そのきっかけの為に、自ら命を絶ったんじゃないでしょうか」


 仲間の死によって、ヒーローが突き動かされる。

 それこそまさに、猫屋敷綾の狙いだったのではないだろうか。

 僕がそこまで話すと、どこからかパチパチと手を叩く音が聞こえてきた。


「な、何ですか、この音は……!?」


 と、怪談が苦手なクルミさんが小さく悲鳴を上げる。

 野々宮さんと渡嘉敷さんは辺りを見渡していた。しかし、僕にはその拍手が誰によってもたらされたのか、すぐに理解できた。


「実に素晴らしい推理だ。流石は楠木君だね」


 僕たちは一斉に、屋上の入口の方を見た。


「そんな……」


 と、思わず野々宮さんが息を漏らす。

 信じられないのも無理はない。

 そこには――二年前に死んでしまった女の子の姿が、確かに存在していた。

やあやあ、諸君、久しぶりだね、などと、いけしゃあしゃあと言いながら猫屋敷は歩を進め、僕たちの前に立つ。まったく、僕にとっては慣れたものだが、他の面々は幽霊となった猫屋敷とは初対面なのだから、もう少し相応の挨拶というものがあるだろう。


「まあまあ、細かいことは良いじゃないか、楠木君……さて」


 彼女は渡嘉敷さんの正面に立つと、


「君とは十年ぶりくらいになるのかな、渡嘉敷さん」

「ええ……ずっと会いたかったんですよ、アヤちゃん」


 二人の視線が交差する。

 互いに伝えたいことは山ほどあるのだろう。その想いの数々がアイコンタクトだけで伝わっているようで、しかしそこには一切の言葉はなく、それは互いの思い込みでしかないのかもしれない。ただ言えるのは、二人の間にある絆は、僕の想像していたそれに比べてはるかに頑丈であるということだけだった。


「猫屋敷」


 と呼びかけると、彼女がこちらに振り向く。

 僕は、精一杯の思いを、言葉にした。


「もし僕の推理が正解だと言うのなら、君は馬鹿だ」


 猫屋敷は澄ました顔で僕の言葉に耳を傾ける。


「君は僕を物語の主人公にしようとした。加賀美さんという宿敵の存在を予期した上で……だったら!」


 どうして、ヒロインになろうとしなかったんだ。

 物語には二つの配役が必要だ。

 ――主人公と宿敵。

 しかし、それだけで物語が成立するわけじゃあない。脇役だって重要な役なのだ。


「君の好きなホームズにしたって、ホームズとモリアーティ教授だけで成り立っているわけじゃないだろう? ワトソンやレストレード警部、ハドソン夫人、数々の依頼人……アイリーンだって、物語に必要なはずだ」


 僕たちに当てはめるのなら。

 ホームズが僕、依頼人は野々宮さんや渡嘉敷さん、情報を集めてくれるクルミさんはさしずめ優秀なワトソンといったところか。加えて、加賀美さんという宿敵モリアーティも存在する。

 では、ヒロインアイリーンは?


「猫屋敷、もし君が楠木真こそが名探偵で主人公であるべきだと言うのなら、君こそがヒロインであるべきだったんだ」

「そうかもしれない。けれどね、楠木君、昔の君を――君自身のことを思い出してもみたまえ。毎日がひどく退屈で、自ら動こうとしない。素質があるにも関わらず伸ばそうとしない。そんな君を動かすには、ねえ、命くらい絶ってみせなくてはならないのではないのかい?」


 そう言われてしまえば、確かに反論のしようがない。かつての――猫屋敷が死ぬより以前の僕は、まさに彼女が言うように灰色、いや、無色とも言えるような性格をしていたのだから。

 しかしだからと言って、何も彼女が死ぬ必要はなかったのではないだろうか。


「さあ、どうだろう。少なくとも私にはそれくらいしか思いつかなかったよ。私は、君ほど頭は良くはないからね」

「それは違うよ、猫屋敷さん」


 と、口を開いたのは野々宮さんだ。


「たとえどんな理由があったとしても、楠木君が言うように、貴女は死ぬべきじゃなかったんだよ」

「ほう。言うじゃないか野々宮さん」


 ジロリ、と猫屋敷が野々宮さんの方を見る。猫屋敷は確かに野々宮さんに対して悪態をつくことが多かったけれど、ここまで怖い顔をしているのを、僕は見たことがない。


「そんな風に言うのなら、それには確かな理由があるのだろうね?」

「勿論」


 野々宮さんがチラリとこちらを見る。


「猫屋敷さんは楠木君をホームズに見立てたんだよね? それはなぜ?」

「さて、なぜだろうね」

「貴女はホームズを尊敬している。より正確に言うなら、ホームズが登場する作品を尊敬しているんだよ。だからそれと同じように、名探偵の存在を現実にも求めた。でもね、考えてみてよ猫屋敷さん、貴女の尊敬している作品は、他にもあるでしょう?」


 僕は初めて猫屋敷の家を訪れた時のことを思い出す。

 彼女の部屋にはそれは大層な本棚があって、何十冊と素晴らしい書物が並んでいたけれど、中でも彼女のお気に入りはシャーロック・ホームズとシェイクスピア、それから坂口安吾だったはずだ。


「坂口安吾は何度となく書いているじゃない。死ぬのは良くないって。人間は生きる限り堕ちていくものだけど、でも死んだら何も残らないんだよ」

「しかしどうだろう。合理的に考えてそうすべきなら、そうすべきなんじゃないかな。合理性というのは、坂口安吾に限らず多くの思想家や哲学者が認めているところだと思うのだがね」

「それでも、残された人のことも考えてよ……楠木君が、どれだけ苦しんだか、分かってるの?」

「それは……」


 猫屋敷が俯く。しかしすぐに顔を上げ、


「悪かったとは思っているよ。けれどね、仕方がないじゃないか。才能のある人間はそれを伸ばすべきだし、周囲の人間はそれを支えてやるべきだろう」


 僕に才能が――名探偵としての才能があったから、猫屋敷は死んだのか。もしそうであるなら、そんな才能、欲しくなかった。いらなかった。僕は、ただ好きな人と一緒にいられれば、それで良かったのに――


「そんなことないです!」


 そう叫んだのはクルミさんだ。僕は思わずそちらを向く。


「真先輩のおかげで救われた人がいます。希望を貰った人もいます。逆に先輩に残酷な現実を突きつけられた人だっているんです。だから先輩は、その人たちへの責任を果たすためにも、自分に才能がなければなんて言ったらダメなんですよ!」


 クルミさんは尚も続ける。まるでせき止められたダムが決壊するように。


「私には猫屋敷先輩や野々宮先輩の言っているような難しいことは分かりません。でも、真先輩が名探偵で良かったと思っています。初恋の相手が先輩で良かったと思っています。だから先輩は、そんな自分自身のことを否定しちゃダメです」


 そう言った彼女の瞳には少しだけ涙が浮かんでいた。クルミさんも彼女なりに、何か様々な思いを募らせていたのかもしれない。それに彼女の言う通り、僕によって良くも悪くも少なからずその人生観を変えた人間がいるのも事実なのである。で、あるならば、僕はその責任を果たす為にも、クルミさんの言う通り自分を否定してはならないのかもしれない。


「やれやれ、楠木君、そんな感情論に動かされては困るよ。君はこれからも名探偵として活動していかなければならないのだから、あくまで冷静クール利口クレバーでいてもらわなくてはね」

「それは……」


 確かにそうかもしれない。

 猫屋敷との約束がある以上、僕はこれからも目の前の謎を解かなくてはならない。そんな時、自らの感情というのは調査の邪魔になるんじゃないだろうか。


「それは違いますよ、楠木さん」


 渡嘉敷さんが静かにそう言い放った。

 そして彼女は猫屋敷に目を向ける。


「アヤちゃん……いいえ、猫屋敷綾さん。もう楠木さんを苦しめるのは止めたらどうですか? 彼はもう十分苦しみましたよ」

「いえ、良いんです、渡嘉敷さん」

「良くありません」


 不意に彼女の口調が強くなる。


「皆さんは猫屋敷さんに騙されています。彼女は卑怯です。自分の中の最も感情的な願望を叶える為に、楠木さんだけじゃない、ここにいる全員を苦しめてきました」

「どういうことですか?」


 と、クルミさんが聞き返す。


「猫屋敷さん、本当は全部どうでも良かったのでしょう? 名探偵だとかホームズだとか、そういうのは全部建前だったんでしょう?」

「ほう……」


 ここまで余裕綽々だった猫屋敷の表情が一転し、いつになく真剣な顔になる。いや、あるいは彼女のここまで真剣な表情を、僕はこれまで見たことがないかもしれない。彼女の顔面にはいつだって不敵な笑みが張り付けられていたはずだ。そんな彼女が――


「私は貴女たちが共に過ごした時間を一緒に送ることはできませんでした。でも、皆さんの中にあった話を沢山聞きました。楠木さんと猫屋敷さんの出会いも、枢木さんとの出会いも、姫川さんとの間にあったことも……全部聞きました。全部聞いて、改めて楠木さんが素敵な人だと思いましたよ……でも、だからですよね、猫屋敷さんが自ら命を絶ったのは」

「……」


 猫屋敷は何も答えない。いや、渡嘉敷さんを除くこの場にいる人間、その全員が同じように口を噤んでいた。


「猫屋敷さん、貴女は卑怯で臆病で――普通の女の子です。これまで楠木さんほど真摯に自分に向き合ってくれた人はいなかった。だから彼に心底惚れてしまった。でも、もういい加減、彼を解放してあげても良いんじゃないですか?」

「雅ちゃん、それって……」


 野々宮さんは、どうやら渡嘉敷さんが言おうとしていることに気が付いたらしい。渡嘉敷さんは力強く頷いてみせる。


「猫屋敷さんは楠木さんの記憶にいつまでも残るように、自殺を選んだんです」


 それはそれは強く、克明に、僕の中には猫屋敷綾という少女の記憶がこびり付いている。おそらく、今後一生忘れることのないくらいにはっきりと。しかしその為だけに、本当に人は自ら命を絶つなんてことができるのだろうか。


「実際に異性にフラれたことがきっかけで自殺する人はいます。今回の場合はそれがフラれる前だから、問題がややこしくなっていたんです。そうですよね、猫屋敷さん」

「そう思うのなら……そう思うのなら、理由を述べてみたまえ! ここにいる誰もが納得する理由を!」


 猫屋敷が叫ぶ。両手を大袈裟に振り回し、頬に汗を浮かべながら。いつもオーバーリアクションでどこか劇めいていた彼女の言動であるが、ここまで動揺している様を――感情的になっている様を、僕は初めて目にした。


「直接的なきっかけはクルミさんが楠木さんに告白したことでした。もしかしたら野々宮さんも密かに恋心を抱いていた、と猫屋敷さんが感じていたかもしれないということもあるかもしれません。でも、どちらにしても楠木さんが今後、他人の悩みを解決するという活動を続ければ、誰か別の人間に好意を寄せられるというのは自明の理です。それこそ名探偵に対しての名犯罪者の出現なんてものより、はるかに現実的です」

「でも……でも! 僕はクルミさんの告白を断ったじゃないか!」


 仮に野々宮さんに告白されたとしても、僕は迷わず断っただろう。それは彼女に限らず、誰が相手でもそうだ。そしてそれは猫屋敷が死んだ今だって、変わっていない。


「いいえ、楠木さん、この場合は貴方の想いは関係ないのです。要は猫屋敷さんが納得するかしないかの問題なんですよ」

「そんな……」


 身勝手な。

 だからこそ、渡嘉敷さんは猫屋敷が臆病で卑怯だと言ったのか。

 けれど、そんな……信じられない。

僕は反論しようと思った。だけど、これ以上僕の口からは言葉が出なかった。緊張で口が動いてくれないというわけではない。どれだけ頭をフル回転させても、言葉が見つからないのだ。

渡嘉敷さんの言葉に対した猫屋敷の態度。それが全てを物語っていた。僕は確かに彼女がここまで感情を露わにしている姿を見たことがない。けれど、他の人間ならば数え切れないほど見たことがある。

あの表情は――犯人が探偵に図星をつかれた時の表情だ。

 僕は俯く。そして僕と猫屋敷を除く全員は、彼女の方を見ていた。

 確かに、渡嘉敷さんの言う通りだ。

 初めて好きになった女の子。それもあれだけ個性の際立った女の子だ。そんな彼女が突然、命を絶ったら、その存在を忘れる人間はいない。


「大抵の男女は初めて付き合ってもそのまま結婚して、一生幸せに暮らすなんていうパターンは非情に稀です。人生は長く、色々あります。突然、家庭の都合で遠くに引っ越す場合もあるでしょう。それでも、自分が好きな相手に嫌われずに、ずっと覚えていてもらうには、自らの命を――存在を消すしかなかった。そうなんでしょう、猫屋敷さん」

「……」

「猫屋敷さん!」

「……ふふふ……はははは!」


 突然のことだった。

 猫屋敷綾が笑い出した。腹を抱えて、高らかに。しかしその笑い声は先程まで対峙していた加賀美さんの狂ったそれとは正反対で、実に清々とした心からの幸せを噛みしめるような、そんな笑いだった。


「見事だ、渡嘉敷さん」


 猫屋敷が目尻の涙を拭いながら言った。


「まさかこの問題を解ける人間がいたとはね」

「いいえ、この問題は、少なくとも実際の人間関係の中にいたら絶対に解けなかった問題でしょう」

「成程。君というイレギュラーがなければ、迷宮入りしていたわけだ」


 言いながら、猫屋敷はこちらを見る。


「そういうわけだよ、楠木君」

「……本当なんですね?」

「ああ、たった今、渡嘉敷さんが言ったことに間違いはない。完全な正解だよ。これは神に誓っても良い」


 彼女がそこまで言うのなら、そうなのだろう。猫屋敷綾はいつだってどんな時だって、出題者としてはどこまでもフェアで真摯だった。つまり、渡嘉敷さんが正解に辿り着いたのだ。


「そうだとしたら、やっぱり君は馬鹿だよ」

「そうだね……」

「何もそこまでしなくても……ただ一緒にいてくれさえすれば、僕はそれで良かったんだ!」


 何も、こんな……。


「君には悪いとは思っているがね、しかし私にはこれしか思いつかなかったんだよ。私は、君が思っているほど、自分に自信がないんだ」


 そんなこと、あるはずがない。

 猫屋敷綾はいつだって余裕綽々としていて、いつだって不敵な笑みを浮かべるような人間だったはずだ。


「それは違うよ、楠木君」


 野々宮さんが口を挟む。


「猫屋敷さんは、普通の女の子なんだよ」


 甘いものが好きで、猫が好きで、本や音楽が好きで――


「そして、好きになった相手を本気で想う、一途な女の子。だから、私には分かるよ、猫屋敷さんの言うことが――楠木君、君が前に、私が博愛主義だって言ったのを覚えている?」

「え、ええ、まあ」

「確かに、私は全ての人間を平等に愛することができたら良いって思ってる。だけどね、楠木君、人間の心ってそんなに簡単じゃないんだ。つまりね、あの時の私は、君のことが好きだったんだよ」

「は……」

「それは私の主義とか関係ない気持ち。でも私は、猫屋敷さんとも仲良くしたかったから……でも、彼女にはそれが分かっていたんだね」


 野々宮さんに視線を向けられた猫屋敷は肩を竦めてみせる。

 まったく――

 僕がこれ以上何て言おうとも、もはや結果は変わらないのだ。出題者が正解を認めた。その事実は変えようがない。

 僕は大きく息を吐いた。

 まるでこれまで背負ってきたもの、溜め込んできたもの、その全てを吐き出すように。


「僕の負けだよ、猫屋敷」


 やはり、名探偵になるには、まだまだ時間がかかるらしい。

 僕は夜空を見上げる。

 今日は星が綺麗だ。


「猫屋敷、勝負は僕の負けでも、謎は解けた。君は、これからどうするつもりなんだい?」

「さて、どうしたものかな。このまま君と一緒にいるのも面白そうだけれど」

「だけど?」

「何やら小うるさく言ってくる人間が多そうだ」


 僕の脳裏に、三人の女の子の顔が浮かぶ。まったく、猫屋敷の言う通りだ。


「それに閻魔様もそろそろ待ちくたびれる頃だろうし、何より神様なんていう存在とも会ってみたいと思っている」

「君は一体何の宗教を信仰しているんだよ」


 思わず、笑みが零れる。あの世か。一体どこにあるんだろう。よく言われているように、この美しい星々が広がる空のどこかにあるのだろうか。


「ねえ、猫屋敷、どう思う……?」


 言いながら、視線を下に戻す。しかし――


「猫屋敷……?」


 そこに、自称・変人の女の子の姿はなかった。


「猫屋敷さんなら、逝っちゃったよ」


 野々宮さんが、そう小さく呟いた。


「キラキラ光って、すうっと……消えちゃいましたよ」


 そう言うクルミさんの眼は涙が一杯になっていた。


「多分、もう思い残すことはなくなったんでしょうね。そうでしょう、アヤちゃん……?」


 渡嘉敷さんが空に向かってそう呟いた。きっと彼女も猫屋敷を許したに違いない。


「まったく」


 僕は軽く涙を拭う。

 最後まで、マイペースな少女だった。せめてサヨナラくらい言っていけっていうんだ。

 しかし誰が何と言おうと、どれだけ時間が経とうと、決して囚われることとは違い、だけど僕は猫屋敷綾という少女のことを忘れることはないだろう。


「さよなら、猫屋敷」


 ポツリと零れた別れの言葉が、光を乱反射する夜空に消えていったのだった。

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