エピローグ

「――それ以来、僕は猫屋敷の幽霊を見るようになりました」


 そう、僕は僕の物語を締めくくった。

 部室内の空気はしんと静まり返り、野々宮さんもクルミさんも、そして渡嘉敷さんも俯いたまま、言葉を失っているようだった。野々宮さんとクルミさんは、改めて話されたその物語を聞いて過去を回想しているのか、渡嘉敷さんは初めて聞いたその話を受け入れられずに戸惑っているのか、大方そんなところだろう。

 窓の外は暗くなり始めている。つい先ほどまでしていたと思う他の部活動の掛け声などは既にほとんど止んでいた。僕は立ち上がり、部室の電気をつけた。

 明かりがつくのと同時に、渡嘉敷さんが顔を上げる。


「それで、アヤちゃんの幽霊は……」

「ああ、それなら今はいませんよ」


 僕自身も自由に彼女の姿を認識できるわけではないのだ、ということを付け加える。


「それじゃあ、その……私がアヤちゃんの幽霊に会うことは」

「おそらく不可能でしょう」


 僕も野々宮さんやクルミさんを猫屋敷と会わせるために、色々と手を尽くしたことはあるけれど、そのどの方法をもってしても、僕にしか彼女の姿を認識できなかった。


「懐かしいですね。去年のことでしたっけ?」


 と、クルミさん。僕は頷いてみせる。


「真先輩が、色んなところに出向いて自称・霊能力者って人のインチキを片っ端から暴いていったんです」

「まるで現代のフーディーニだよね」


 そう野々宮さんが付け加える。

『脱出王』の名を欲しいままにした奇術師・ハリー・フーディーニは、本物の霊能力者を探すために、偽物のトリックを次々に暴いていったのだ、ということを僕に教えてくれたのは、彼女だったはずだ。

 と言うか、


「渡嘉敷さんは、僕の話を信じてくれるんですか?」

「信じますよ」


 あっさりと、彼女はそう答えた。


「むしろどうして信じないんでしょう?」

「いえ……ほら、世間では幽霊なんていないっていうのが通説ですからね」

「それはあくまで科学的、あるいは法的にその存在を認めていないというだけでしょう? 実際は、いてもおかしくないと思いますよ」

「そういうものですか」

「そういうものです……それに、この件について楠木さんが嘘を言う理由なんてないじゃないですか」


 確かに、彼女の言う通りだ。

 僕が幽霊を、それも猫屋敷綾という一人の幽霊だけを対象に見ることができるとして、それでは何の自慢にもならないし、利益も生まない、誰かを貶めることもできはしない。

 嘘をつく理由がない。

 なるほど、聡明な渡嘉敷さんらしい意見だ。

 さて。


「これで僕の昔話は終わりです。残念ながら、めでたしめでたし、というわけにはいきませんけどね」


 一人の人間の人生が終わり、さらに一人の人間の人生が狂ったのだ。とてもではないがめだたいなどとは言えまい。

 とにかく、これだけ話せば渡嘉敷さんが文芸部に入りということを言い出すことはもうないだろう。ここは僕と猫屋敷にとって特別な空間だし、何より幽霊が見えるなんて言い出す人間と一緒にいたのでは気味が悪いに違いない。

 勘違いして欲しくないのは、僕は別段、彼女のことが嫌いで文芸部入部に反対しているのではないということだ。ただ、渡嘉敷さんにとってもこんな僕と一緒では気まずいだろうという、一応の配慮のつもりなのである。

 しかし、彼女の返事は僕の意に反したものだった。


「いえ、私は絶対に諦めませんよ」

「どうしてそこまで拘るんですか」


 正直、僕には理解できない。

 渡嘉敷さんの性格を鑑みるに、僕の過去の話を聞けば引き下がってくれると思ったのだが……。


「確かに、同情すべき点はあったと思います。ですが、私にはどうしても引き下がれない理由があるのです」

「それは……どんな理由なんですか?」

「だって私、気付いちゃったんです」

「気付いたって、何に?」


 そう聞き返すと、彼女は真っ直ぐに僕の眼を見て答えた。


「アヤちゃんが、どうして自殺したのかに、ですよ」

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