エピローグ
「それで、その後はどうなったんですか?」
渡嘉敷さんが身を乗り出しかねない勢いで訊いてくる。
正直、この後のことは話すまでもないとは思うけれど。
「河内先生が須藤さんに告白しました」
「それで?」
「須藤さんは言いました。自分が高校を卒業するまで待ってくれって」
さらにその後どうなったのかを、僕は知らない。
「真先輩はその後、学校中の人間に避けられることになりましたからね」
と、クルミさん。
僕が解決編を語り出したタイミングで、彼女は文芸部室にやって来ていた。
まあまあ、と野々宮さんが少女をなだめる。
「須藤君は九州の方の高校に進学したよ。サッカーの名門高校だって。河内先生も確か今は九州の方で先生をやってるって言ってた」
先生というのは勿論、教育実習生などではなく、本当の意味での教師ということだろう。まあ、彼女の能力や性格からすれば、立派に働いていることは間違いないだろう。
「とにかく、これが僕とクルミさんの――僕たち四人の出会いだったんです」
楠木真、野々宮美里、枢木胡桃、そして猫屋敷綾。
青春の最も色濃い時期を共に過ごした仲間たち。
いや、仲間と表現するのも、些か妙かもしれない。
「うん、そうだね」
「その後、私たちは大分裂しましたからね」
全ては、一人の女の子が命を落としたことがきっかけだ。
僕たちが出会ってから一年後。
中学三年の夏。
猫屋敷綾が、死んだ。
「それまで僕たちの間には色々とありましたけど、概ね仲良くやっていました」
夏休み。学園祭。冬休み。クリスマス。正月。バレンタイン。春休み。進級。修学旅行。
中二の学園祭で猫屋敷に告白され、僕たちは付き合うことになった。そしてそれまで以上に共に過ごす時間が長くなったのを実感した。
「枢木さんが楠木さんに告白したのは……」
「先輩が中二だった年の、バレンタインの時です。ダメ元でしたけどね。まったく、私もバカなことをしましたよ!」
当然、僕は彼女の申し入れを断ることにした。
そして再び巡ってきた夏。
僕は猫屋敷に屋上に呼び出された。
僕たちが最も多くの時間を過ごした場所だ。
――やあ、楠木君。
話って何だい、猫屋敷。
――いやいや、大したことないんだ。ただ、ちょっと、ゲームに付き合って欲しくてね。
またいつもの思考ゲームかい?
――まあ、そんなところだ。
それで、今日の問題は?
――これから発生する謎を解きたまえ。
随分と大雑把な問題だね。
――私が出す問題だけではない。これから君が人生で直面する、全ての謎だ。
それはまた……無茶な問題だ。僕にだってできないことはあるよ?
――それでも、君はやるんだ。君には才能がある。
例の、名探偵の素質ってやつかい?
――その通りだ。
――さて。
――これから一つの問題を出そう。
何だい?
――ある所に一人の女の子がいた。彼女は好きな男の子と一緒にいて、幸せだった。
――けれどある日、彼女は死んでしまった。自殺だった。
――どうして女の子は自ら命を絶ったと思う?
制限時間は特にない。無制限だ、と少女が付け加える。
そして彼女は屋上を囲う鉄格子に手をかけ、それをよじ登った。
「猫屋敷?」
空と屋上の境界に、彼女が立つ。
風が吹き、少女の髪の毛が僅かに揺れた。
少女が、大きく両手を広げる。まるで美しい一羽の鳥のように。
まさか、と僕は息を呑んだ。
――いいかい? 必ず、謎を解き明かしたまえ。
どこか楽し気な口調だった。
幾分か緊張が和らぐ。
しかし。
――約束だよ、楠木君。
約束って、
――愛してる。
そして少女が、飛んだ。
「僕は未だに、どうして彼女が死ななければならなかったのか、理解できていません」
だからこそ、僕は持ち込まれる謎を解いている、という面もある。
猫屋敷との約束を果たすため。そしてより多くの人間の思考パターンを読み解き、彼女の考えを理解するために。
「でも、そうしたら、どうして楠木さんは皆さんに嫌われることになったのでしょう」
「それはまた、別の話です。猫屋敷の幽霊が見えるようになったのも」
「幽霊、ですか?」
やはり、渡嘉敷さんは理解し難い様子だった。無理もない。
「僕たちが最初に会った時のことを覚えていますか?」
「ええ、まあ」
「僕の独り言に対して、貴女は誰と話していたのか、と尋ねた」
「覚えています」
「あれは、嘘です。本当は、僕は猫屋敷の幽霊と話していたんです」
クルミさんと野々宮さんの真剣な表情を見て、渡嘉敷さんは僕の言っていることをようやく飲み込めたようだった。
猫屋敷綾の幽霊。
僕は彼女と初めて遭遇した時のことも、話さねばなるまい。
それは中学三年生の冬の出来事だった。
愛していた人間を失った僕は、人生の内で最も荒んでいた。
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