閑話 ―2― 後編
結論から言うと、私たちは無駄足に終わった。
あろうことか文芸部の部室には鍵がかけられ、つまりは名探偵は不在中だったのだ。
まったく、暇を持て余すことくらいしか良いところのない真先輩なのに、いざという時にいないのでは何の意味もない。
私はがっくりと肩を落とした。
「ごめんね、咲ちゃん。大見栄を張っておいて、肝心の先輩がいないんじゃ……」
「ううん。気にしないで」
「一応、電話することはできるけれど……どうする?」
「うーん。そこまですることでもないと思うけど」
「でも、咲ちゃんは困ってるんでしょ」
「そりゃあ、うん。やっぱり、早く仲直りしたいとは思うけどさ」
そしてその為には、彼女がグループから追い出された理由を明らかにするのが手っ取り早いだろう。あるいは、方法は今のところそれしかないとも言える。
あとは、協力すると言った責任は果たさなければならないし、果たしたい。
それにはやはり、私自身がこの謎に立ち向かわなければならないのだろう。
もう一度、考えてみよう。
咲ちゃんがグループを退会させられていたのが昨日。そしてそのグループに戻ったのも昨日だ。それ以前の彼女の周辺に、彼女が避けられているという情報は見当たらなかった。では、なぜ彼女はグループを一時的に追放させられていたのだろうか?
……うーん。やっぱりどんなに考えても分からない。
単純に嫌われていたから?
いやいや、だったらまたグループに入れたのが謎だ。
考えれば考えるほどに頭が混乱してくる。私はそこまで頭が固い方じゃないと思ったんだけれど……。
などと考えていると、ポケットの中のスマートフォンが震えた。画面に表示されていた名前は、楠木真。まるで計ったかのようなタイミングに、思わずどこかで見ているのではないかと辺りを伺いたくなる。
とりあえず、私は出ることにする。
「もしもし、枢木です」
『ああ、クルミさん? まだ学校にいるかい?』
「ええ、いますけど」
『ちょっと調べ物を頼みたいんだけれど』
「調べ物ですか。別に構いませんけど、実はこっちも少し立て込んでいまして」
『ああ、ごめん。部活が忙しかったかな』
「いえ、友達の相談に乗っていました」
こうして電話でなら、私は先輩と普通に話すことができるのに、どうして顔を合わせると素直になれないんだろう?
だけど今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「実は先輩のお知恵を貸していただきたいのですが」
『僕の?』
「その代わりと言ってはなんですけど、今回の調べ物の報酬は要求しません」
『なるほど、交換条件というわけだ。そういうことなら、僕は構わないよ。むしろありがたい話だね』
私はいつも先輩に対して割高な要求をしていたから、もしかしたら彼の懐事情を苦しめていたのかもしれない。先輩の過去を考えれば後悔なんてしていないし、そうするべきだとも思うけれど、でもたまにはこういう素直な協力関係があっても良いだろう。
『それで、どんな案件なんだい?』
「ええと、柿本咲という女子生徒を覚えていますか?」
『確かクルミさんの友達だったよね。中学時代に何度か顔を合わせたことがあるよ。と言っても、ほとんど話したことはないけれど』
「実は、彼女のやっているSNSでちょっと不思議な、というか理解できないことがありまして」
私は咲ちゃんに話してもらったことを、できるだけ正確に真先輩に伝えた。
と言っても、私や咲ちゃん本人にとってもまだ分からないことだらけだ。
それなのに真先輩は、いとも簡単に言ってみせた。
『なるほど。大体分かったよ』
「分かったって、もしかして真相が分かったって言うんですか!?」
『そうだけれど……何かまずかったかな?』
傍らの咲ちゃんが「どう?」という視線を投げかけてくる。私は「ちょっと待って」と、ジェスチャーしてから、電話をスピーカーモードに切り替えた。これで咲ちゃんにも聞こえるはずだ。
「咲ちゃんがグループを追い出された理由が分かったってことですか?」
『そうだよ』
「そんな。私たちがあれだけ考えても分からなかったのに?」
『まあ、そうだね』
「……じゃあ、聞かせてくださいよ、先輩の推理を」
電話の向こうでこほんと一度咳払いが聞こえ、そして真先輩は――私の頼れるヒーローは語り出した。
『まずは情報を正確にしよう。柿本さんがグループを退会させられた時刻はどうなっているかな?』
「ええと」
私は咲ちゃんの目を向ける。彼女は慌ててスマホを取り出し、ログをチェックした。そして答える。
「昨晩の九時十分です」
『それじゃあ、グループに戻ったのは?』
「九時三十分です」
『一応訊いておくけれど、それはグループに招待されてからの時間と大きな差はある?』
「ほとんどないと思います。あっても一分くらいです」
『オーケー。誤差の範囲だね。じゃあ、次の質問……グループ内の最後の会話はどんなものだったかな?』
それは私も確認したけれど、何てことのない部活の業務連絡だったはずだ。
『さて、それはどうかな……最後の会話を一字一句僕にも教えてくれるかな?』
「はあ……」
咲ちゃんがチャット内容を読み上げる。
――今日の練習マジで疲れたよね。
――ねー。コーチマジで厳しすぎ。
――まさか七時まで練習することになるとはね……。
――明日もこの調子かなー。
――かもね。てことは帰るのは八時くらいか。
そこで、咲ちゃんはグループを退会させられている。
『これではっきりしたよ、ありがとう』
「いえ……でも、これで何が分かるって言うんですか?」
『全部分かったよ。と言っても、証拠は何もないのだけれど』
私と咲ちゃんが顔を見合わせて、同時に首を傾げた。まるで意味が分からない。
『じゃあ、説明しようか。さっきクルミさんは、柿本さんがチームメイトに嫌悪されているという情報は見当たらなかったと言っていたね』
「ええ、まあ」
『僕はクルミさんの情報収集能力をかなり高く評価している。だから彼女の情報に誤りがないと仮定しよう』
何だかそんな風に正面から褒められると照れてしまう。電話超しでも。
『ということは、チームメイトが柿本さんをグループから追放したのは、悪意からではないということになる』
「それは、まあ……いえ、でも、それならもっと分からなくなります。悪意でないなら咲ちゃんはどうして追い出されたりなんかしたんですか? まさか事故だったとでも?」
『いや、それはまずないだろうね。柿本さんとそのチームメイトが繰り広げたやり取りを考えると。彼女たちは退会の理由を誤魔化したんだろう? 事故なら事故と言えば良いんだよ。柿本さん自身にもそういった事故はよくあることだという認識があったのだから』
なるほど。
『では、どうして彼女はグループを追放されたのか。ポイントは二つだ。一つ目は、さっき僕が聞いたグループ内での最後のやり取りだ。昨日の部活が終わったのは七時だったんだよね?』
咲ちゃんがその言葉を肯定する。
『そしてチームメイトの予想では、今日も同じ感じの練習内容になると』
再び肯定。
『だったらどうして、
確かにそれは少しおかしいかもしれない。昨日は七時で終わって、それと同じ練習内容なのに、今日は八時に終わるだろうか。
「それは……言葉の綾では?」
と、一応可能性を示唆しておく。
『まあ、そうかもしれないね。では、ここでポイントの二つ目だ。柿本さんがグループを追い出されてから再び入るまでにタイムラグがあるよね。この時間、他のメンバーは一体何をしていたのかな?』
何を……何をしていたのだろう?
普通にチャットを続けていたのでは?
『気付かないわけがないよ。昨日のチャットの流れはあまり早くはなさそうだし、それなら退会のログが残る。気付いていたけれど、柿本さんを戻すにはいかない理由があったんだ』
「やっぱり私、嫌われていたんじゃ」
『それはないよ。さっきも言ったけれど、退会させるほど嫌いな人間を、再び戻すことはない』
「じゃあ、どうしてなんですか?」
『見られたくない情報があったんだよ。柿本さんに』
つまり真先輩の話をまとめるとこうだ。
バスケ部員たちは昨晩、普通にグループチャットをしていた。
ところがメンバーの一人があらかじめ咲ちゃんには内緒にしておこうと打ち合わせていたことを口を滑らせてしまったのだ。それが、最後の会話――
この一言だけではどんな内緒話だったのかは見当も付かないけれど、そこから一気に情報が流出しそうになった。しかしすぐに止めに入っては、そのメッセージに重要な意味があることを咲ちゃんが察してしまう。
そこで、メンバーの一人が機転をきかせた。
――柿本咲を退会させてしまえば良い。
彼女が戻るまでの期間、グループ内の会話を彼女に見られることはない。そこで改めて秘密の確認をするもよし、うっかり口を滑らせないように注意を促すもよし。何とでもなる。
それこそまさに、昨晩バスケ部のグループで起こった事の顛末だったのだろう。
真先輩は、そうまとめた。
「でも、そこまでして彼女たちが守ろうとしていた秘密って……」
『一時間くらいで済むことだよ』
「……もしかして真先輩、何か気付いてます?」
『ああ。……いや、どうかな』
「どっちなんですか!」
『僕は何も知らないよ。うん、知らない』
なんて白々しいのだろう。ここまで話しておきながら、どうして大事なところだけ……。
『まあ、とにかく』
言葉を遮る隙さえ与えない速度で続ける。
『チームメイトとよく話し合うことだね。何事も話し合いが大事だよ……ところで、僕の方からの依頼なんだけれど』
矢継ぎ早に真先輩は自分の用件を伝える。
上堂彦助という人物の経歴を知りたい。
それが彼からの依頼だった。
正直、今の咲ちゃんの置かれている状況の方がよっぽど緊急性を有するものだと思うけれど、文句を言う前に真先輩は電話を切ってしまった。まったく、勝手だ。
私は咲ちゃんにどうする? と尋ねた。
「やっぱり、楠木先輩が言うように、チームの皆と話してみるよ」
「そっか」
「最初からそうしていれば良かったかもしれないけど」
彼女の肩は、少し震えている。
当然だ。これから嫌われているかもしれない相手の元に行って、その真意を確かめようというのだから。初めからその険悪性を認識していたのならまだ良かったのだけれど、今まで好きだった相手からある日いきなり嫌われるかもしれないのだ。その事実を突きつけられるかもしれないのだ。怖くならない方が、どうかしている。
「私も、付いて行こうか?」
「うん、そうしてくれると助かる、かな」
私はそう答えた彼女の右手を、そっと握った。
体育館には熱気が籠っていた。
入り口から見て奥のコートをバドミントン部と卓球部が使い、手前の方をバスケ部が使用している。
きゅっきゅっとバスケットシューズが鳴る音が、私たちの存在に気付いて一斉に止んだ。学校を休んだはずの人がどうしてここに? と考えているのが傍から見ても分かる。
しかしその迷いは一瞬で消えた。そこはやはり運動部ならではであろう。とにかく部員一同が一斉にこちらにやって来て、私たちを囲んだ。
咲ちゃんもだけれど、さすがはバスケ部だけあって、全員背が高い。私なんて140㎝もないから、ものすごく彼女たちの顔を見上げる形になる。
いやいや! 臆しちゃダメだ! たとえ相手がどんなに大きくても、私だけは咲ちゃんの味方でいなくちゃ!
「あのっ」
「「咲、ごめん!」」
部員が一斉に頭を下げた。
私は思わずあっけにとられる。それは咲ちゃんも同じだった。
顔を上げた部員(確か部長の小松由紀子さんだ)が、口を開く。
「咲が今日学校を休んでるってことを聞いて、昨日のグループのことで傷ついたからじゃないかって……でも、あれは本当に悪気がなかったの。ただ、上手く誤魔化せなかったから……」
そう言って、彼女は他の部員に目配せする。すると、二人の部員が体育館の外の方に走っていった。
「咲を驚かすために絶対内緒にしようって話してたのに、このバカが言っちゃうからさ」
視線の端にいる部員が(確か二年生の遠藤いずみさん)どうにもバツが悪そうな顔を浮かべている。グループ内の最後の言葉を発したのが彼女なのだろう。
咲ちゃんが口を開いた。
「あの、部長たちがそこまでして守ろうとしていた秘密って……?」
「それは……」
言いかけところで、先程の二人が帰ってきた。その内の一人の手には、何やら白い箱がある。
私はその箱を見たところで、ようやく全ての事態を飲み込むことができた。
白い箱が咲ちゃんの前に差し出される。
「せーのっ!」
声を合わせ、
「「咲、お誕生日おめでとう!」」
そうだ。今日は咲ちゃんの誕生日だ。そんな情報も忘れていただなんて情報屋……いや、親友失格かもしれないなあ。
「本当は練習が終わった後に渡すつもりだったんだけどね。職員室の冷蔵庫で預かってもらってさ」
七時に練習が終わって、サプライズでケーキを渡していたら、帰りは八時くらいになるのは当然だろう。それにせっかくのサプライズなのだから、真先輩が答えを言うのを渋るのも頷ける。
「あの……皆、ありがとう!」
そう言った咲ちゃんの顔は、まるで花が咲いているかのように最高の笑顔だった。謎の方は皆目見当が付かなかった私だけれど、今年の親友の誕生日が最高のものになったということは、自信を持って確信できたのだった。
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