探偵と幽霊少女と夕焼けの記憶

プロローグ

 自称・天才の少女たちは言う。


「楠木真!」

「……私たち」

炎氷姉妹リバース・シスターズが!」

「……貴方を」

「倒す!」


 炎のような姉と、氷のような妹。

 まったく同じ身長、顔、服装の双子――しかし、その表情は真逆と言っても良いだろう。

 長い黒髪をポニーテールにした姉の方――葉住はずみ花火はなびは瞳を爛々と輝かせながら言った。僕の通っていた中学のセーラー服、その上に真っ赤なジャージを羽織っている。

 長い黒髪をツインテールにした妹の方――葉住はずみ氷乃ひのは瞳を冷たく研ぎ澄ませながら言った。僕の通っていた中学のセーラー服、しかし季節感を度外視して、彼女の首には白いマフラーが巻かれている。

 声のトーンこそ違えど、しかし彼女たちが僕に向ける敵意は、どちらも本物と言って違わないものだった。

 場所は町はずれの廃工場。未だに機材は残ってはいるが、しかし数十年前に潰れた工場だ。中は埃っぽい。が、所々に人が生活した痕跡――空缶だとかが置かれている。さしずめここはあの双子の秘密基地といったところか。

 僕は改めて、双子を視界に収めた。


「ええと、葉住さんって言ったかな。悪いんだけれど、僕は君たちのことをあまり知らないんだ。というか、知り合いですらないよね。どうして僕のことを?」

「そいつはアンタが私たちを知っていたのと同じ理由さ!」


 僕がこの二人を知っていた理由、それは噂話だ。誰から聞いたのかも覚えていない。風の噂というやつだった。

 習志野中学に頼れる二人組がいる。

 姉の葉住花火は空手で全国優勝。高校生の大会に混ざっても勝っていけるのではないか、というほどの実力者。

 妹の葉住氷乃は数学オリンピックの日本代表で、既に三つの特許を獲得済み。

 肉体派と頭脳派。それぞれの長所を活かして次々と事件を解決させていく通称――“解決屋”。

 またの名を、習志野中学の炎氷姉妹リバースシスターズ

 噂の内容はそんなものだったと記憶している。


「……私たちは貴方の中学時代の伝説を調べた」

「伝説ってほどのものじゃないよ。そうだな……若気の至りってやつかな。とにかく、人に胸を張れるものじゃない」

「そんなことない!」


 炎の姉が反論する。


「アンタの活躍は間違いなく伝説だぜ! 何せたった一人で中学全体を敵に回し、それでいて勝っちまうんだからな!」

「……それも、腕力じゃなくて知力で」


 その情報は、あまり正確ではないな。

 確かに僕は中学時代、習志野中学に関わる全ての人間を敵に回した。教師も生徒も問わずに。

 別に自分のプライドを保つためだとか、一匹狼を気取っていただとか、あるいは本当に全てを敵視していただとか、そういった理由からとった行動ではない。ただ僕は自らにできることをしていただけなのだ。

 腕力にしたって、全く行使しなかったわけではない。殴り合いも、経験したことがある。


「それに、その話には決定的に違うところがある」

「……違うところ?」

「僕は別に勝っていない」


 勝負していたつもりもない。が、まあ、“負けた”というのが最も正しい言い方だろう。

 僕は負けた。たった一人の女の子に。ただひたすらに前向きでひたむきで、お節介なお人好し――野々宮ののみや美里みさとに。あの太陽のような笑顔の前に、僕は彼女には絶対に勝てないということを確信した。


「本当に強いっていうのは、きっとああいうことを言うんだよ」


 たとえ僕がどんな悪魔だったとしても、太陽には敵わないだろう。

 北風と太陽だって、最後は太陽が勝つのだ。


「だとしても!」

「……私たちは貴方に勝たなければならない」


 溜め息をつく。


「どうしてそこまでして僕に勝ちたいの?」

「勝ちたいと思う気持ちに理由なんていらないぜ!」

「……私たちが一番であることを、証明しなければならないから」

「なるほど。つまり、自分のためだと」


 そこまで聞いて、なぜだかとても腹が立った。ここまで不愉快な気分は、久々だ。

 別に自分勝手な人が嫌いというわけではない。人には誰しも自分を強調する権利がある。ただしそこで他人に迷惑をかければ、法で裁かれることになる。あるいは、法に触れなかったとしても、周囲の人間からは距離を置かれることになるだろう。

 ならば、どうして僕はここまで彼女たちに腹を立てているのだろう。

 少し考えて、気が付いた。

 ――ああ、そうか。似ているんだ。中学時代の僕と、あの二人が。

 だから不愉快で仕方がないのだろう。

 まるで自分の最も汚い部分を目の前に晒された気分だ。

 許せないという思いを超えて、僕が何とかしなければという気持ちになる。

 しかし、だ。僕がそこまでこの二人に義理立てする理由もない。それに何より、今の僕にはやるべきことがある。助けなければならない人がいる。


「君たちが何をそんなに無気になっているのか分からないけれど、あまり巻き込むのは感心しないな」


 僕だけならば別に構わない。これも中学時代にしでかしたことへの責任というやつだろう。しかし、何の関係もない、中学時代の僕を知りもしない渡嘉敷さんを巻き込むのだけは無視するわけにはいかない。


「彼女を返してもらおうか」


 僕は声をよりいっそう低くして、そう言い放った。

 渡嘉敷雅を誘拐した、その犯人たちに。

 彼女の誘拐事件が発生したのは、つい一時間ほど前まで遡る。

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