第14話
白崎が誘拐される場所は見た。俺がいつも使っている駅の近くだ。そこで白崎は、急に脇に止まった黒いバンに腕を引かれ、強引に連れ込まれる。バンのナンバーは2943、白崎を乗せると、そのまますぐに走り出す。
連れ込まれる前に助けるのがベストだが、俺が動けるまでに、ずいぶん時間を食ってしまっている。
「俺、近道知ってるぞ!ただ、足元が不安定なのが難点だが」
佐々が叫んだ。
「帰宅部、ついて来れるか」
こんなときまで呑気な奴だ。大雨で全身びしょぬれで、顔面に叩きつける雨すら痛い。右目につけたアイパッチもとっくに剥がれ落ちていた。こんな状況で、今更何を気にする必要がある?
「早く案内しろ!」
「そうこなくっちゃな!ちゃんとついて来いよ!」
きゅ、と佐々は方向転換して、民家の柵に手をかける。は?ちょっとまさか、それが近道なんて言うんじゃないだろうな!
「こっちだ!」
俺の願いむなしく、佐々はその柵を軽く飛び越えて、民家に入っていった。
「ああ、もうくそ!」
仕方がない、そう言い聞かせて、俺は佐々の後を追って民家へ入った。不法侵入?そんなことはわかっている!だけどこちとら人命がかかっているんだよ!
苦し紛れに言い訳を叫んだが、雨音にかき消されて、誰にも届くことは無かった。
佐々の言う近道は文字通りの近道、つまりは学校から目指す場所まで、一直線に家など関係なく、突っ切っていくという意味の近道だった。しかし、案外スムーズに通れるような場所が多く、俺たちはまるで猫のように、家と家、もしくは家の中の細い道をまっすぐ突っ切った。佐々がなぜこのような道を知っているか、俺は今になっても怖くて聞けない。
佐々に離されないように、死に物狂いでついて行くと、佐々が道路に降り立った。俺もすぐに追いつく。
「お前が言っていた辺りに出たはずだぞ」
俺はあたりを見回す。すぐにここがどこかわかって、佐々の腕を引いた。
「こっちだ!」
路地を曲がったその先、さっき見た時と同じ道があった。その道に、赤い傘が一つ、靄の中に咲いていた。
「白崎!」
俺は雨の音に負けないよう精一杯叫んだ。
傘が振り向く。
その時、黒いバンが俺と彼女の目線上に割り込んできた。目を見張っているうちに、車は雨の中、滑り出していた。
「しまった!」
走って追いかけるが、水煙のせいでバンの黒い影しか確認できない。
「くそ!」
足じゃ車には追いつけない!
「落ち着け!とりあえず警察に連絡しよう。車のナンバーはわかってるんだろ?」
佐々が俺の肩に手をおいて宥めかける。また取り乱した。すまん、とかろうじて聞き取れるであろうほどの声で呟くと、佐々は首を振った。屋根のあるところに移動すると、佐々はスマホを取り出して110番を押し、白崎が誘拐されたこと、車のナンバー、車種、色、どっちの方角に走って行ったかなど、わかる限りのことを伝えて電話を切った。
「これで警察は動いてくれるだろう」
「そうだな、でも――おそらく、それじゃ間に合わない」
何かいい方法は無いのか?俺は先のことを知っている。これを生かさないと、この力に意味はないぞ――
俺はおもむろに自分のスマホを手に取った。防水じゃなかったが生きている。手早く番号を入力した。
「どこにかけるんだ?」
「先回りして警察に通報する。犯人は白崎を連れて家へ帰るんだ。家の中へ連れ込まれる彼女を、偶然見かけた通行人を装ってやる」
「お前、家がどこかわかってるのか」
「未来能力で見えた。薄黄色に汚れた壁に蔦が巻きついた、レンガ作りの塀が家の周りを囲っている、古い一軒家だ。表札は蔦に隠れて見えなかった」
5コールで警察は出た。
『警察本部です。事故ですか?事件ですか?』
「事件だ。口にガムテープを貼られた女子高生が、黒のバンから家の中に連れ込まれていくのを見た。車のナンバーは2943、住所は桜森町1丁目9-4」
『あなたのお名前を――』
俺はそのまま通話を切った。
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