第10話

 お昼には、噂は学年中に広まっていた。佐々のクラスから遠く離れたの俺のクラスにも、その噂が流れてきた。

「佐々が謎の美少女を探してるらしいぞ」

「謎の美少女ってなんだよ(笑)」

「昨日駅で見かけたんだってさ。めちゃくちゃ美少女だったらしい。うちの制服着てたって」

「そんな奴いねえじゃん。いたら俺がそいつと付き合ってる」

「お前何様(笑)でもいたらおもしれーな」

「二組の桃名じゃねえの?」

「ばっか、桃名は佐々と知り合いだろ」

「化粧しててわからんかったとか」

「あいつはいつも化粧してるじゃねえか。それに、探してる美少女は黒髪ロングらしいぞ。桃名は茶髪」

「黒髪ロングかー。清楚系。いいね」

「一年とか?そんな奴いたら話題になってそうだけど」

「いや、清楚だから目立ってねえのかもよ。ちょっくら後輩に探りいれとくか」

「色白なら文化部かね」

「だとしたら吹奏楽部。守田って吹部だよな、聞いてみるか」

 つくづく、人の噂は広まるのが早いものだ。そして、佐々は相変わらず人を誘導するのがうまい。それも、無意識にやってのけるのだから、舌を巻かずにはいられない。

 教室の片隅、後ろの窓側の自分の席で、俺はぼんやり空を眺めながら、昼休みのたわいのないクラスメートの会話にいつもより耳を傾けていた。すると、急にその中の一人に話を振られる。

「お前は知らねえの?佐々と仲良かったよな?」

 一瞬ドキリとしたが、探しているのが俺であるといういきさつの説明はめんどうだ。とっさに嘘をつくことにした。

「あー、美少女探してるってことだけは今朝聞いたぞ。なんでも、色白で黒のストレートヘア、背筋をピンと伸ばして堂々と歩いてる、儚くそれでいて色気のある美少女だったと」

 と、俺は昨日見た彼女の印象をそのまま言ってみた。こっちとしては早く見つけて欲しいから、情報は多く与えておいたほうがいいだろう。

「なんだそれ、あいつ、清楚系に夢見すぎなんじゃねえの!」

 一同で爆笑が起こる。すまん、佐々。お前の嗜好しこうおとしめてしまった。

「とにかく、そんな美少女、一度はお目にかかりたいもんだな!」

 こんな具合に、佐々の噂に踊らされた男共は、捜索隊を結成、瞬く間に全学年に広まった。言うなれば、ほとんどの男子生徒の目が、少なくともすれ違う女子生徒に注意深く注がれていた。俺自身も、普段は向けない校内に目を向けていた。

 だが、成果はかんばしくなかった。

「いねえー!」

 放課後、佐々は俺のところにやってきて叫んだ。

「やっぱり、俺の制服の見間違いか」

「んー見間違いで可能性があるのは、西脇高校ぐらいだな。でも女子少ないから、ほとんど知ってるんだよなー。一応聞いてみるけど」

 何で他校の女子生徒と知り合いなんだ、という質問は野暮やぼなのでしない。佐々はスマホを出してそそくさとLINEを打った。

「お、既読はや。えー、『またかわいい子探してるのー?うちの学校の子は全員佐々くんに紹介したよー。うちらで我慢しろ!(笑)今度またあそぼー』だとよ」

 画面を俺に向ける。

「これ信用できるのか?」

「こいつは嘘とかつかねえよ。それに、ついたところで違う誰かに聞けばすぐばれるだろ。嘘をつく意味なし」

「確かに。疑って悪かったな」

「いいってことよ」

 俺たちは二人で教室を出て、玄関口へと向かった。

「今日は部活ないのか?」

「おう、今日は週一回の休み。試合もこないだ終わったしなー」

 佐々はサッカー部に所属している。それでなんでそんなに色白なのかは知らない。俺たちの高校はこれでも結構サッカーの強豪校だったりするのだ。

「家帰って部屋の掃除でもするかな。さすがに旅行カバン直さなきゃなー」

「まだ直してないのか」

「そんなことを言うな!帰って早々宿題山積みで、そんでもってお前が家に問題抱えてやって来たんだろ!」

「そうだった」

 俺は玄関で靴箱を開けた。すると、ひらりとメモらしき紙が落ちてきた。

「んだ、それ?」

 佐々が後ろから覗き込んでくる。その紙には丁寧な字でこう書かれていた。



 昨日は助けてくださり、ありがとうございました。

 お礼が遅くなりすみません。 

 私をお探しのようですが、はっきり言って迷惑です。

 やめてください。



「おいおい」

 佐々は唸った。

「なんか訳ありっぽいぞ。事を大きくしたのは軽率だったか?」

 俺は心底びっくりした。なんで隠れる必要があるんだ?

「いや、そのおかげでわかったことが多くある。むしろありがたいし、それに――」

「助けてもらったのに、ずいぶん素っ気ない文面だってか?こうなったらますます、噂のツラを拝みたくなってきたな」

 俺は無言で頷いた。彼女は何かを隠している――。彼女が持つ秘密、それが俺が探している答えにつながっているような気がした。

「でも、どうやってそいつを見つけるかだよなー」

 玄関を出て自転車置き場に向かいながら、佐々は大きく伸びをして言った。

「とりあえず、彼女が確かにここの学校にいることがわかった。それに、向こうは俺の顔を知っている。ということは、かなり近くにいるはずだ」

「それじゃ、お前のクラスってこと?」

「そういうことになるな」

「はあ!?ならお前は何で気がつかねんだよ!」

「そんな無茶をいうな」

「いや、無茶じゃねえだろ!」

 俺のクラスメートで、俺が顔を知らないなんていう人はいるのか、といわれそうだが、普段窓の外しか見ていない俺をなめないで欲しい。クラスメートの名前と顔を積極的に覚えようと思ったことはない。それに、もし相手が化粧をしていたら、わからないこともありうるのではないか?だから、俺が責められるのは心外だ。それなら、彼女を探していたクラスの連中も、時々俺のクラスを覗きにきていた佐々も同罪だろう。

「それにしても、同じクラスにいるのに顔を知らないなんてあり得ないだろ。お前の推測、間違っているんじゃないのか?」

「いや、そうともいえない」

 別に確信はなかったが、その可能性がある生徒が一人いる。というか、一人しかいなかった。もしその生徒が違っていたら、俺の推測は間違っている。

 名前は知らなかったが、彼女は俺のクラスで唯一の不登校の生徒だった。

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