第5話

「とりあえず一言感想いいか?」

「どうぞ」

「中二病じゃねえか」

 一部始終話し終えてからの佐々からのコメントはこれだった。悲しい。でも理解はできるからなんだかやるせない気分になった。

「でも、中二病みたくかっこよくないぞ?」

「そうだな。かっこつけれねえし、一見役に立つかわかんねえもんな」

「悪かったな」

「怒るなよ。お前が悪いわけじゃねえだろ」

 確かにそうだ。だが、俺の力を否定されると俺自身をも否定されている気がした。それだけもう、この能力を俺の一部として考えてしまっているということだ。人の順応力には驚かされる。

「やっぱ大勢の前に出れないってことが一番の問題だな。学校行けねえじゃん」

「だから、悩んでるんだよ」

 検証して五人までは一度に「見る」ことはできるとわかっても、何十人となるとやっぱり無理がある。し、いうなれば、精神的にもきつい。別に見たくないのだ。他人の幸福や不幸なんて。

「とりあえず、いったん整理しよう。じゃねえとオレの頭が爆発しちまう」

 佐々は手早く机の上にそのままになっていた課題を片づけだした。

「課題、先にやんなくていいのか?」

「まじめだな、お前は。化学と物理はなんだか知んねえけどできてたし、それに、先にそっちの心配事片さなきゃおちおち勉強もできねえだろ」

「そうだな。せっかく課題終わらせても学校行けねえと意味ないし」

「そ!わかったらお前もしまえ!」

 言われた通り片づけて、俺は持ってきていたノートを開いた。能力について事実事項についてのみ記したノートである。

「さっきも言った通り、俺には二種類の力がある」

「お、その言い方何かかっこいいな」

「黙って聞け」

 茶化した佐々を軽くにらんでから、俺はノートの最初の一項を指さした。

「一つ目が、人がこれから経験する幸福または不幸が見えることだ」

「これがさっき俺の化学と物理がもうやってあることを言い当てた能力ってことだよな。どんな感じで見えるの?」

「急に、実際に幸や不幸にあっているときの映像?見たいなのが頭に流れてくる、というか、その映像を視覚的に見ている、ような……」

「すっげえ抽象的だな。全然理解できねえぞ」

「俺もよくわかってねえんだよ。たぶん、頭で『見て』るのか、目で『見て』るのか、俺自身どっちかわからないんだと思う。んで、映像を見終わったと思ったら、ふっと我に返る」

 ような、と俺はまた最後に付け足した。そして佐々にとてつもなく嫌な顔をされる。

「お前、何でもようなをつけて許されるとでも思ってんのか?」

「んなわけねえだろ。本当にわかんねえんだよ。なんか、夢を見てるみたいな感じなんだ。でも、夢の内容はすごくはっきり覚えてる。お前もあるだろ?すっごい嫌な夢で目が覚めるとき」

「俺はいい夢で目が覚めることのほうが多いけどな」

 それは嫌味か?と聞くとそーだよと返された。俺のあまりに抽象的な表現に、さすがのこいつも少し疲れているらしい。

「ま、お前の感覚はなんとなくわかった。で、その映像を見てからすぐ起こるのか?」

「そうだな、うん。すぐ起こってる」

 今まで考えたことが無かったが、俺が経験した四回の事象(犬のおばあちゃん二回、母親、佐々)は全て「見て」から大概がすぐ起こっていた(犬のおばちゃんの幸福が、一番感覚が長いといえる)。

「四回ともそうなら、たぶん先の不幸とか幸福とか見るやつは見てすぐ起こるんだろうな」

 そういうと、佐々は隣のページに「・未来能力は直後に起こる幸or不幸を見る」と書いた。

「未来能力って何だよ」

「一番目の項目のやつ。これから経験する幸福または不幸が見える、とか長いんだよ。言うのも書くのもめんどい」

「んじゃ、もう一つの能力は何?」

「んー。過去能力とかでいいんじゃね?」

「テキトーかよ」

 このときの俺はひどくね?っとか思ったが、今の俺はこいつに感謝してる。幸福や不幸を~と長々、キーボードで打つのは本当にめんどくさかった。

「とりあえずこんな感じで整理しつつわかること増やしていこうぜ。なんかヒント見つかるかもしんねえし」

 それから第二の能力、過去能力についてもう一度説明した。これについてもどんな風に見えているのか聞かれたが、これは第一の能力、未来能力よりもかなり説明に手こずった。何しろ、本当になんとなくわかる、しか無いのだ。言うなれば色だった。色覚障害などが無かったら、人間はみんなこれが何色だとかあれは何色だとか言えるだろう。でも考えてみて欲しい。赤ってどんな色?どんな風に見えてるの?だなんて聞かれても、え、どんな風に見えてるって言われても……赤く見える……んだよなあ、なんて馬鹿みたいな、答えにもなっていない答えしか出てこないわけであって、たとえ言えても、はっきりした色、光の屈折がなんちゃら~みたいな科学的なことしか答えられない。そんな感じで、俺が「見る」他人の幸福度も、あ、この人幸福何パーセント、不幸何パーセントぐらいだなあ、ってなんとなくわかってしまうのだ。と、そう力説したのだが、佐々は全く納得してくれなかった。でもそれ以上説明のしようが無いのだから勘弁して欲しい。

「んなら、俺は幸福何パーセントなんだよ?」

 腕を組んだ佐々がそう聞いてきたので、じいっと彼をみて出来るだけ正確に測った。測ったといっても「目測」だが。

「幸福80パーセント、不幸20パーセントぐらいじゃね?」

「え、まじ。めっちゃ幸福じゃん、俺」

「そーだよ。この楽観主義者め」

「まあ、自分が不幸とか思ったことねえな」

「だろうなあ」

 本当にうらやましいと思うが、少なからず不幸度20パーセントはあるわけだから、何らかの不幸はこいつにもあるのだろう。でも幸福度80パーセントは、今まで見た人の中でダントツで、きっとこいつはやはり何かしら特別なんだろうと思ったが、言わないでおいた。悔しいからな。

 と、その時、頭痛が酷くなりだした。あまりの痛さに頭を押さえる。

「おい、大丈夫か?」

「なんとか」

 そう答えたものの、やっぱり頭痛はおさまらなかった。

「とりあえず、今日は泊まってけよ。風呂は入れるか?」

 この一言でとりあえず一旦、会議はお開きになった。母親に連絡をいれて泊まる旨を伝え、風呂は入れたので、佐々と交代で風呂を借りる。必要なバスタオルとかパジャマとかはいつものように何も言わず貸してくれるが、この時は風呂に入る前にパンツも渡された。どうやら前に忘れていった分があったらしい。礼を言おうとしたら「間違ってはいたかどうかは聞くな」と言われた。誰もそんなこと聞いてねえからやめろ。

「頭痛おさまったか?」

 自分の分の布団を敷いていざ寝ようとするときに、佐々が聞いてきた。正直まだ痛かったが、ましになったと伝える。

「そうか」

 すでに自分のベッドにもぐり込んでいた佐々は憂いのある表情でそういった。

「どうしたんだ?」

「いや、お前の頭痛が酷くなったのって、俺の幸福度とかの話の後だっただろ?なんか悪いなと思って」

「何だそんなことか」

 俺も布団にもぐりこんだ。そして少し高い位置にいる佐々に気にするなと声をかける。

「これは推測になるけど、おそらく俺の頭痛は俺の能力に関係してるんだよ。こないだ五人同時に見たときにも、ちょっと痛くなったような気がしたしな」

 だから関係ねえよ、と寝返りをうった。すると、佐々がむくっと身を起こしてベッドからこちらへ乗りだしてきた。

「んじゃ、今頭痛が酷いのは能力を使いすぎたから?」

「たぶんな」

「ちょっと待て、どこで使ったんだ?」

 言われてみれば。俺は返事を出来なかった。一体どこで使ったんだ?

 ここに来てから使ったのは佐々の幸福度を見るために過去能力と、佐々の未来の幸福を見るために未来能力一回だ。過去能力は常に見えるものだから、佐々の幸福度は常に見えていた。

「もしかして時間か?俺の幸福度をずっと見ていたせい?」

「否めない。でも、頭痛は徐々にじゃなくて急にしだした。時間的にだったら次第に痛くなりそう」

「確かにな。んじゃ、なんか他に違うことをしたってことだよな?」

 時間が関係ないのだとしたら、おそらく原因は直前にある。なんかしたっけ?こいつに幸福度何パーセントかきかれて  

「ちょっと正確に測っただけだぞ?」

 俺は自分が出した答えに驚いた。 

「なに?」

「いや、お前にきかれたじゃん、お前の幸福度。いつもより細かく測ろうとしたんだ。あのとき、ちょっと集中して測ったんだよ」

 いつもはなんとなくわかるだけのものを、少し自分から見にいった。他人の幸福度を見ようとした。今まで見えるだけだったものを、自分から見ようとしたのだ。

「それ、かなりやばくないか?」

 佐々が不安そうな声を上げた。

「だってそれ、ちょっとでも能力を使おうとしたら頭痛が酷くなるってことだろ?よくよく考えてみればさ、五人いっぺんに過去能力で『見た』ことで少し痛くなるってだけでもかなり生活上不便なのにさ、ちょっと意識して能力使ったら頭抱えるほどって。お前の能力、かなりハイリターンなんじゃねえの?」

 そうだ。その通り。この力はハイリターンなのだ。しかも後々わかることだが、このことを知ってから、意識して見ないということがかなり難しくなった。そして俺はさらに頭痛と戦うことになるのだ。

 この日はお互い、早く能力を制御する方法を見つけなきゃやばい、と改めて考え直し、深い眠りにおちた。学校開始まで、後二日だった。


 ○事実

✓・人がこれから経験する幸福または不幸が見える(たまに)

✓・人の人生の幸福度や不幸度が見える(いつも)

✓・一度に多くの人の幸福度や不幸度がわかる(今のところ、最大五人)

 ・最初にこの力を得てから、三日間眠り、覚醒してから力はなく、二日後にもう一度力を得た。

 ・もう一度力を得てからは倒れていない(最初は一度に大勢見た)

 ・再び力を得たと発覚した十分ほど前から、頭痛がしだす

 

 ○追記

 ・第一項目を「未来能力」、第二項目を「過去能力」と名づける。

 ・未来能力は直後に起こる幸福または不幸を見る

 ・過去能力は、少しでも自ら意識的に使用すると、ひどい頭痛を伴う

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