第6話
卒業2ヶ月前、昨年卒業したS先輩がクラブに尋ねてきた。
「よう、もうみんな卒業だな!進路決まったか?俺はしがない浪人だけど、今年センター試験まずまずだったから、どっかの国立の教育学部は入れそうだわ。」
浪人のくせに相変わらず調子のいい自分の都合のいいことしか言わない先輩に辟易している私は、適当にあしらった。
「そういえばMは進路決まったのかな?」S先輩は他人事のように言う。
「え、先輩たち付き合ってるんでしょ?なんで知らないんですか?Mさんもクラブに注力し過ぎて、学力足りないんで女子なのに浪人する予定なんですよ。」
「へーそうなんだあ。え、俺言ってなかったっけ?結局Mとは付き合ってないんだけど。」あっけらかんと言う。
「え、でも、あれ、あれ?写ルンです???」動揺した私は自分でなにを言っているのかわからなくなってきた。
「一回、デートみたいなんに一緒に行ったけど、アイツなんにも喋んないの。反応薄過ぎ。俺の好きだったM似の奴とはやっぱ違うなーと思ってそれっきり。アイツだめだわ。」
Mさんのことを、悪く言われたのと、今まで付き合っているものとして信じ込んできた自分が大馬鹿に思えて頭の中が熱くなり、とっさにS先輩の襟首をつかんだ。
「おい、おい、なんだよー。キミはなんか俺のこと勘違いしてない?俺、君になんかした?ふふふっ、なにもしてないでしょ?妄想しすぎなんじゃね?」
悔しくて悔しくて、襟首をつかんだ手を離し、私は部室から走ってその場を逃げた。
クラブでは全力を出し切って、国体、インターハイまで行った栄光ある3年を過ごしたはずの部活生活。
しかし、Mさんに告白できなかった無力感と、S先輩に踊らされ勘違いさせられていた自分の馬鹿さ加減にそれは完全に打ちのめされた。
国体のトロフィーもインターハイの出場記録も全く意味がなく思えた。国体に行く努力ができるんならなぜ、S先輩の策略を見抜けなかったのか。自分の3年間を悔いた。
卒業1ヶ月前、クラブで燃え尽きた私も例外なく、浪人生活にはいることがほぼ決まった。
卒業直前、クラス全員で日帰り卒業遠足みたいなことが開催された。船で離島に行くというものだったと記憶している。
その船上、船の甲板で柵につかまりながら風に吹かれ、一人でMさんが海を眺めていた。
たぶんこれが最後の機会だと思った私は、海を眺めるMさんの隣に立った。
Mさんは、ちょっとびっくりしたみたいだったけど、やがて笑みを浮かべた。
「もう、卒業だね。Mさんも浪人するんだって?」
「うん、私、あなたみたいにクラブざんまいだったから勉強する暇なかったからって言い訳したいけど、単に馬鹿なだけで浪人だから格好悪いよね。しかも女子なのに…」
なんか追い詰めたみたいになっちゃったので、フォローしなければ。
「いや、Mさんはクラブの運営とかちゃんとやってたし、けっして部活も勉強も疎かにしていたわけじゃないって、隣でずっと見てた俺は思ってるよ!」
「ありがとう。でも、結果は結果だから…。でも私やりたいことがあるの。東北の福祉の公立大学に行って、福祉の仕事を勉強したいの。あ、私、お兄ちゃんが二人居て、末っ子だから、どこに行っても何してもなにも言われないの!自由でしょ?」こんな自分のことをハキハキしゃべる娘だったかな。ちょっとびっくりした。
「俺は、国体に行った京都の大学に行きたい。少なくとも、長崎にいるよりも都会だし、就職も人脈も確実に広がると思うんだ。」
「いい夢ね。私は自由だから、どこの誰と結婚してもなにも言われないの。末っ子って、ある意味便利だよ。京都でも東北でも東京でも嫁いでいけるし。」
え、え、この娘はなにを言ってるんだ?
い、い、今更…
その後は、二人とも言葉が続かなかった。
しばらく二人並んで無口で、海を眺めていた。
1年後、私は京都の大学に合格した。
そして、彼女も目標の東北の公立大学に合格したことを知った。
結局、あの卒業旅行の船上以来、彼女と会うことはなかった。
「一緒に京都に行こう」
そう言える程の自信と積極性が私にあれば、彼女は京都の大学に来てくれたのだろうか。
少なくとも、最後の船上でのひとときは、私の3年間の憤りを溶かしてくれたことは間違いない。
長崎物語 芹沢 右近 @putinpuddings
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