第5話
当時、私の実家は、通っている高校のすぐ近所で文具店を営んでいた。文具店とはいっても、雑誌もアイスクリームもガチャガチャも100円テレビゲーム機も置いてあるような、田舎の駄菓子屋に毛が生えたような店だった。
他校での日曜の練習が終わり、夕方家に帰ると、店番をしていた母が私に声をかけてきた。
「あんたんとこのクラブのS部長、今日店に来てくれたんよ。」
え?なんで?一回も来てくれたこともない(いや、ここには高校生が買うような文具はあまりないので来る必要もないのだが。)のに、なぜ来たんだ?という疑問が大きく膨らんだ。
「なんかどっか誰かと出かけてたみたいで、写ルンですを持って来てDPE頼んですぐ帰ったわ。なんか小綺麗な格好してたから、デートだったんじゃないかね。ははは。」
ははは。じゃねーよ!それ、Mさんとのデートに間違いないやんっ!
しかし、なぜS先輩はわざわざ私の家にDPEを頼みに来る?
疑問点
①S先輩の家の近くにはDPEやってくれる大きい写真屋があったはずだ。
②今日は日曜なので、学校近くのこの辺に来る用事は無いはずだ。
③S先輩が来れば、私の家族は一回は見たことがあるので、写真の現像を頼みに来たことは、ほぼ100%私にその日に伝わる。
上記の疑問点から割り出した答え
①S先輩は、Mさんと今日デートしたことを私に宣言に来た。
②S先輩は、店主の息子である私はこっそりその出来上がりの写真を見ることができる立場にあることを承知の上であった。
③Mさんとのデートがどんなものだったのか知りたい私は、良心の呵責に苛まれながらも、S先輩の写ルンですを出来上がったら見てしまう衝動に駆り立てたれることをほぼ予測していた。
そして、3日後、またしてもS先輩の策略に乗らざるを得なかった私は、出来上がった写ルンですの写真を、親の目を盗んで見てしまった。
そこは、クラブで一度みんなで一緒に行ったことのあるキャンプ地で私も知っている場所だった。そこではS先輩とMさんが、ハイキングとかバーベキューみたいなことを楽しんでいる様子が克明に写されていた。
MさんはS先輩のハイテンションにちょっとついていけないようなはにかんだ笑顔をしていたが、決して嫌がっている様子は伺えなかった。
こんな写真を見せられて、それもこっそりと。今からどうやって生きて行くべきか。いや、こっそり見たのは私であって無理矢理見せられたわけではない。
しかし、見事に策略にハマった。
S先輩に完敗である。
もう涙も枯れ果てた。
2週間後、九州国体が鹿児島県霧島山系で開催され、なにも失うものもない無の境地になった私は、九州で準優勝し、全国大会へ進んだ。
九州国体翌日、クラスの朝会でクラス委員から発表があった。
「関澤くんが、昨日、九州国体で準優勝し、本国体のある九州へ一ヶ月行くことになりました!おめでとうございます!」
拍手のなか、隣の席のMさんはこちらを向いて小さく笑顔を見せて拍手しているようだったけれど、私は目を合わせなかった。
だって、国体でいくら頑張って勝っても、Mさんは手に入ることはないんだもん…
それから、翌年にはインターハイに出場するなど、私は破竹の勢いでクラブでの実績をあげた。
でも、それとは反比例に、Mさんとはその後も席が隣同士なのに、事務的連絡事項以外は話すことなく、クラブを引退し、卒業直前を迎えた。
次回、最終回!
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