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「最高の眺めじゃねえか」

 東京の街を見下ろしながら、グンマが言った。

 夕焼けに燃える空の向こうに、富士山の姿も見えた。

 かつては戦闘員として、文字通り地を這うような人生を送って来た。

 それが今はスカイタワーの展望室で東京の街を、地を這うような人々を見下ろしている。

「これで拘束されてなきゃ、ケチの付けようもなかったんだがな」


 大勢の超人が今日の決起に賛同した。

 グンマのようにあからさまな反対を示したものは、見せしめとして拘束されて人質になっている。

 捕まっているのはグンマたち反抗的な超人だけではなく、何の罪もない一般人もいる。五十人程度の人質が、スカイタワーの展望室に拘束されていた。


「なあ、ちゃんとした作戦でもあんのかよ」

 見張りの男に、グンマが声をかける。

「超人規制法が可決されてよ、時間がないのはわかるぜ。おれちゃそのうち外を出歩くことも禁止される。待ってるのは死ぬまで強制収容所に押し込まれる人生だろうよ。けどよ、こんなことしてどうなるってんだ?」

「自分たちの居場所を勝ち取るんだ。それができなければ、今度は生きる権利さえ奪われる」

 見張りの男は怒りをあらわに、答えた。


「グンマさん、どうしてアンタは戦わないんだ。昔はブラックカンパニーにいたんだろ。だったら、荒事にはなれてるはずだ」

「ヘッ。おれぁもうドンパチやんのは飽きたんだよ」

 この手は血で汚れすぎた。これ以上、罪を重ねるつもりはない。だから超人扶助会が武装蜂起すると言われても、グンマは頑として首を縦に振らなかった。


「おめぇもよ、少しは考えたほうがいいぜ。東京中の人間を皆殺しにできたって、日本の全員を相手にはできねえ。それとも最後にでっけぇ花火をあげて散ろうって魂胆か?」

「ともに戦う気がないのなら、黙ってろ。見せしめにアンタから殺してもいいんだ」

 見張りの男はセミオートピストルをグンマに向ける。だがその手は微かに震えていた。


 元戦闘員、改造人間、超能力者。様々な力を持った超人の手で、スカイタワーは占拠されている。

 タワー周辺も武装した超人たちが取り囲んでいる。

 身代金として二百億を要求したようだが、単なる時間稼ぎだろう。スカイタワーを占拠したことから、目的は毒の散布だろうと推測が付く。

 問題は、どこまでやるつもりかだ。

 グンマは昔のクセで、作戦を頭の中で考えた。


 リーダー格であるマキノもスティーブンも居ないことを考えると、ウィルス散布後に別働隊が動くのかも知れない。

 混乱に乗じて日本政府の中枢を乗っ取る? そんなことをしても、関東には陸海空軍の拠点が点在している。待っているのは全滅だ。

 連中は本当に、全滅覚悟の花火をあげるつもりなのか。


「わたしたち……どうなるんでしょうか」

 縛られた女性が、震える声で言った。

「そんなもん、決まってる」

 皮肉げにグンマは笑った。

「悪人が何を企もうと、ヒーローが必ず止めるんだよ」


 報道用のヘリコプターが外を飛び回っている。どのヘリコプターも競ってカメラを展望室に向けていた。

『ブラックカンパニーの残党が、展望室を占拠しています! 人質は無事なのでしょうか! ここからでは確認できません! 入り口では警察と軍隊、戦闘員たちが睨み合いを続けています!』

 報道ヘリの音声がラジオから流れる。

 状況を逐一、電波に流すことが敵にとって有利になるなど考えてもいないのだろう。

「エレベーターが動いています」

 見張りの一人が告げると、戦闘員たちの間に緊張が走った。

「構えておけ。合図するまで撃つなよ」


 戦闘員たちがライフルを構えた。エレベーターの扉が開く。

 姿を見せたのは、マキノだった。

 真剣な表情で、人質と武装した超人たちを見渡す。

「ボスのお出ましだな」

 グンマが言った。

「これで満足か? 善人面して手を差し伸べて、まさかこんなこと考えてたなんてよ。やっぱりてめえなんか信じるんじゃなかったぜ」


 マキノは何も答えなかった。リーダー格の男に近付くと、銃口が一斉にマキノに向いた。

「何をしに来た」

「アナタたちを……止めるために、ここに来ました」

 マキノが言うと、男は目を細めた。

「超人扶助会はアナタの作った組織だが、今は我々のものだ。邪魔をしないでほしい。アナタには恩がある。手荒な真似はしたくない」

「こんなことをしたって、世界は変わりません。超人に対する風当たりが強くなるだけです」

「我々には世界を変えることはできないかも知れない。だが、この戦いは世界に投じる一石だ! この犠牲は世界中の超人たちに必ず響く! 戦わねばならないと彼らも気付くはずだ! 小さな波紋がやがて大きな波を起こすように、やがて来る平和のための礎となる!」

「……もう悪の秘密結社はないのよ。超人と人間が力でぶつかり合う時代は終わったの。その銃をおろして」

「終わってなどいない!」

 男の顔が怒りに歪む。

「いつだって同じだ。権力はおれたちに犠牲を強いて来た!」

 男はセミオートピストルを、背後の人質に向けた。

「おれたちが本気だと言うことを教えてやる」

 人質の間に、小さな悲鳴が上がった。


「やめろ!」

 グンマが叫んだ。

「誰かを殺したって何にもならねえんだ! 罪を重ねても、お前が一生後悔するだけだぞ!」

「うるさい黙れッ!」

 引き金が絞られる。

 銃声が、立て続けに響いた――。

 人質たちが、悲鳴をあげる。


「なに……!」

 驚愕の声を漏らしたのは、ピストルを撃った本人だった。

 人質たちとマキノは、男を挟んで反対側にいる。距離は優に20メートルは離れている。

 にも関わらず……いつの間にかマキノが、人質の前に立ちふさがっている。

 マキノは右手を前に突き出していた。

 その拳を、ゆっくりと開く。

 男の発射した弾丸がすべて、彼女の手で握りつぶされている。マキノのてのひらから零れ落ちた弾丸が、床にぶつかって乾いた音を立てた。


「止めると、言ったはずです」

 構えは必要なかった。

 マキノの怒りに反応して、体内に埋め込まれたジェネレーターが高速で回転を始める。

 マキノの身体が光に包まれ、肉体が変質を始めた。体が硬化し皮膚が金属の光沢を放つ。

 マキノを包む、光が消えた。

 赤と銀の、機械の身体。その名の象徴ともなった、炎のように赤い仮面。

「お前は……!」

 武装した超人たちが、ざわめく。

 手足を縛られたままのグンマが、震える声で言った。

「その姿は……レッドバロン!」

 数年ぶりの変身は、一瞬で終わった。


 変身したマキノ――レッドバロンが構えた。

 かつてのように、戦闘員たちに向かって告げる。

「日本の平和は、わたしが守る」

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