6

 マキノの行きそうな場所はここしか知らない。

 カフェの鍵は開いていた。しかし、中に客の姿はなかった。

 マキノもいないし、カウンターにスティーブンもいない。

 何度かカフェを訪れたことはあったが、誰もいないというのは初めてだった。留守だろうか。それにしては不用心だ。

(もしも彼女が現れなかったら)

 探すしかない。探して、どうしようという考えもない。  

 ただ、マキノをあのまま放って置きたくはなかった。


 店内のテレビでは退屈なニュースが流れている。増加する超能力犯罪に対処するため、ついに超人規制法、通称ブラックカンパニー法が可決された、とか何とか。

 悪の秘密結社が壊滅しても、日本は平和にならなかった。

 元々、悪の組織などなくても犯罪は起こる。人と人は争う。

 世界を変えようと、真の平和を築こうとしたユウキの戦いは無駄でしかなかった。


『いったい、ヒーローはどこへ消えたのでしょうか』

 ニュースでは増加する犯罪の責任が、まるで消えたレッドバロンにあるかのように語っている。

『レッドバロンがブラックカンパニーとグルになっている』と、バイト先の社員が言っていたのを覚えている。

 テレビのコメンテーターもハッキリとは口に出さないが、まるでレッドバロンが犯罪者たちを見逃しているような口ぶりで話していた。

「手を組むつもりなら、なんで十年も戦ったんだよ」

 苦い思いで呟いた。テレビの向こうの彼らに、そんな声が届くはずもない。


 チャンネルを変えてしまおうと、ユウキはリモコンを探した。カウンターの中だろうか。普段立ち入ることのできない内側をのぞき込んだ時、階段に気が付いた。

 食器棚の下段が開いており、隠れるように地下への階段が続いている。

 耳を済ませる。テレビの音量を意識から除外すると、ほんのかすかに物音が聞こえる。ネズミが走る程度の足音に過ぎないが、足元、地下に誰かがいる。


 ひょっとしたら、泥棒?

 足音を立てないよう地下へ降りた。明かりもなく真っ暗だったが、改造人間であるユウキの目には昼間のようにハッキリと様子が見えた。

 カフェの店内よりも、その地下空間は広かった。

 暗闇の中に、人の気配はない。物音も消えていた。

 巨大な地下室の隅に、ずらりと並んでいるものがある。ケースに並べられたそれは、何百丁もの銃火器だった。

 拳銃から狙撃銃、突撃銃、散弾銃、携行できるロケット砲まである。並ぶ木箱の蓋を引きはがすと、中には銃弾のケースと、手榴弾が詰まっていた。


「これは……」

「備えだよ」と、声は背後から聞こえた。

 ハッとして振り返ると、いつの間に現れたのかスキンヘッドのスティーブンが立っている。

 片手に一丁ずつ、アサルトライフルを持って。

「……何に対する備えですか。これだけの武器を」

「ビビらないんだな。戦車の装甲だって貫くAP弾だぜ。おれが引き金を引けば、お前は蜂の巣だ」

 まるでオモチャの銃でも向けるように、両手のM4カービンを持ち上げる。


「お前が降りて来るのが聞こえてな、身を潜めてたんだよ。気付かなかったろ? おれはニンジャだからな」

 唐突にスティーブンが言った。

「おれの力は、改造だとか超能力じゃない。幼い頃から訓練した賜物だ。それなのにバケモノのように扱われる。おれはただ静かに暮らしたいだけだ。平和に、静かに暮らせるなら、ここにある武器が使われることはない。しかし、物騒な世の中だからな。おれらみたいな超人がいつ狙われるかわからない。万が一には備えるもんだろ?」

「もし……万が一になったら、この武器でどうするつもりだ」

 ユウキが尋ねる。

「もうそうなっちまったよ」

 スティーブンは笑いもしなかった。

「超人規制法は可決された。超人だと言う理由だけで逮捕される。何の証拠もなく、逮捕状がなくても。魔女狩りの再来だ。もう手遅れだ……まあしかし、備えあれば憂いなしだな。武器はたくさんある。少しは抵抗もできるだろ。都合の良いことに、超人の知り合いは多いしな」

 わざとらしく、スティーブンは周囲にある武器を見渡した。


「超人扶助会は、そのための組織ってワケですか。超人を手元に集め、武装蜂起するための」

「何のことだかわからないな」

 スティーブンがとぼけて言う。

 グンマの言っていたことを思い出す。善人ぶっているヤツほど、裏で何を考えているのかわからない。だが彼女は、マキノは本当にこんなことを望んでいるのか?


「アナタたちの好きにはさせない。ぼくが阻止してみせる」

「生憎だが、もう手遅れだぜ。今ごろ仲間たちがスカイタワーを占拠している頃さ」

 スティーブンは自慢するように言った。

「スカイタワーの頂点から猛毒を散布するのさ。頂上で爆弾を爆破させてな。ウィルスはどこまでも舞い上がって飛んでいく。まあ、東京は壊滅だろうな」

 使い古された手ではある。ただし、避けようがない。毒の種類が何であれ、日本最大の建造物である東京スカイタワーの頂上から散布されれば、風に乗ってどこまで撒き散らされるかわからない。

 大勢の命が、無差別に殺される。


「一度だけ聞くぞ。おれたちと一緒に来るか?」

「断る」

 ユウキが吐き捨てると、スティーブンはわざとらしく溜息を吐いた。

「残念だよ」

 その一言を合図とするように、スティーブンが分身した。

「死んでもらうしかないな」

 両手にアサルトライフルを構えたスティーブンが数十人、ユウキを取り囲んでいる。

 スティーブンが引き金を引く。

 瞬間、ユウキは床を蹴って跳んだ。

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