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 マキノとの待ち合わせに指定されたのは、駅からすぐの、裏路地の一画だった。

 地図を渡されなければ見落としてしまいそうな小さな道、その先にカフェがあった。看板も錆びついて崩れており、店名は読めない。窓にはツタが絡まっていた。店は半地下になっているようで、窓から中の様子はほとんどわからない。

 そもそも営業しているのか怪しい。入るのが躊躇われたが、渡された地図を見る限りは待ち合わせ場所はこの中だ。


 恐る恐る店に入ると、薄暗い店内には何人かの客がいた。カウンターに、スキンヘッドで強面のマッチョが立っている。エプロンを付けているが、店員なのだろうか。

 いらっしゃいませの声もなく、スキンヘッドは黙ってユウキを睨む。

「あ、来た来た」

 店内の隅で、マキノがテーブルに座っている。彼女はユウキの姿に気付くと、小さく手を振った。

 ユウキが同じテーブルにつくと、彼女はコーヒーをふたつ注文した。

 不愛想なスキンヘッドの入れたコーヒーに、マキノは角砂糖をこれでもかと放り込んでいく。

「ユウキくんは砂糖いくつくらい入れる? 十個くらい?」

「いや、あの……ブラックでいいです」

「そう? 甘いの苦手なんだ」

「苦手って言うか、その量の砂糖は得意な人でもキツイんじゃ……」

「それでね、前から思ってたんだけどね」

 何を言われるのか、ユウキは身構えた。


「ユウキくん、普通の生活に慣れてないでしょ? 戦闘員としてずっと暮らして来た人って、そうなっちゃうこと多いんだよね。感覚がおかしくなるって言うか、ブラックカンパニーの怪人は平気で空飛んだり二トントラックくらいなら振り回したりするからね。だから冷蔵庫くらい持ち上げるのは普通だって思っちゃうのよね」

「ええ、まあ……」

「だからユウキくんが普通の生活に馴染めるように、協力するわ」

 マキノは薄っぺらいトートバッグを開いて、名刺入れを取り出した。

「超人扶助会?」

 渡された名刺に書かれた名前を、ユウキは読み上げた。


「そ。あ、別に怪しい団体じゃないよ」

 社会経験の乏しいユウキにも、聞かれる前に怪しくないと主張する団体は十分に怪しいと思えた。

 よりにもよってその怪しい団体の代表に、マキノの名前が書かれている。

「勧誘とかはちょっと……」

「ち、違うって。ホントにそういうのじゃないから」

 マキノの顔が紅潮した。

「話すとみんな警戒するけど。だからすぐには言わなかったんだけど、ユウキくんみたいな元戦闘員とか、超能力者とか、いわゆる超人ってヤツだよね。そういう人たちが日常生活で困らないように助け合おうって会なの。あと忍者もいるよ。この店はね、超人のたまり場だよ。今ここにいるのは、みんな超人扶助会のメンバー」

 ね、と確認するようにマキノが店内を見渡した。

 店には他に数人の男――誰も目つきが悪く、ガラの悪そうな恰好をしている――がいるが、誰も返事はしない。


「ユウキくんが気軽に冷蔵庫持ち上げたりするからさ、ちょっと怪しいなって思ってたんだよ」

 あの時から目を付けられていたというのは、わかった。

「超人が世間に馴染めるように協力し合うのが、わたしたちの仕事。職探しとか住む所を世話したり、どのくらいの力加減で生きればいいかのレクチャーしたりね。単純に集まって悩みを相談したり、遊んだりもしてるけど。あ、いま仕事って言ったけど別にどこかからお金が出るわけじゃないんだ。有志で勝手にやってるだけの、ボランティアみたいなもの」

「活動資金出せとか言われると困るんですけど……」

「だから違うんだってば!」

 マキノの顔がますます赤くなる。


「お金も取らないし、何かやらなきゃいけない義務もないし、参加必須の集会とかもないから。ただ困った時に頼れる場所がないと、元戦闘員の子で犯罪に走っちゃうとか多かったから。ブラックカンパニーが壊滅してからね、超人犯罪が増えたでしょ? 職を失ったブラックカンパニーの怪人とか戦闘員が、追いつめられて犯罪に走っちゃうんだよ。そういうのがイヤだなって思って、わたしが結成したの。あそこの彼、スティーブンに協力してもらって」

 スティーブン、というのがスキンヘッドの名前らしい。


「一つだけ決まりがあってね、日常生活で超人の力を使わないこと。これだけは約束して欲しいんだ。普通の人間じゃないってちょっとしたことでバレちゃうし、いまって超人犯罪がすごく多いから、みんな過敏になってるでしょ? 超人だってバレただけで、もう生活もできなくなっちゃうから。本人だけじゃなく周りの人も疑われるし」

 組織はあからさまに怪しいが、正体を隠す隠れ蓑としては、悪くないかも知れない。

「まあ……別に、入れと言われれば別に良いですけど」

「ユウキくんならそう言ってくれると思ったよ! というわけで、元戦闘員の結城勇次郎くんです。みんな仲良くしてあげてね」

 マキノは笑顔で言ったが、店内の誰も返事をしなかった。


 それからマキノは楽しそうに、生きていくうえでの注意点をいくつか教えてくれた。一時間も話していただろうか。マキノはじゃあそろそろと言って席を立った。ユウキもそのまま帰るつもりだった。

「おい、ぼうず」

 店の隅、対角線上に座っていた帽子の男が言った。

「え……ぼ、ぼくですか」

「ちょっとおれの話に付き合えよ」

 帽子の男は鋭くユウキをにらんでいる。

 鋭い眼光、漂う酒臭さ。無精ひげに覆われた口元。野球帽を目深にかぶっている。

「友達つくるチャンスだよ」

 ぼそぼそとマキノが言った。

 あんな人と仲良くできるとは思えない。


「じゃ、がんばってね」

 マキノはさっさと帰ってしまった。ユウキは怪しい風体の男と差し向かいで、気まずく黙っていた。

「お前もブラックカンパニーにいたんだって?」

「はい……下っ端の、戦闘員ですけど」

「おれも戦闘員だった」

 男に言われ、ユウキは警戒を強めた。

 ひょっとしたら、自分の正体を知っているのか?

 男はフッと笑った。


「ずっと地方の配属だったからな。会ったこともねえか。こう見えても群馬方面戦略部隊長って役職もあったんだぜ。怪人にならないかって提案もあったけどよ、変身後がケムシミサイルとかいう名前だから断っちまった。お前、その若さなら子供の頃にブラックカンパニーに入ったクチか」

 ユウキは黙ってうなずいた。ヘタなことを言うとボロがでかねない。

 帽子の男は、今は役職からとってグンマという偽名を名乗っているらしい。

「本名は忘れちまった。ずっと戦闘員4278号だったからな」と自嘲するように言った。

「東京じゃ何人も子供を戦闘員にして戦わせてたらしいな。お前は何番だったんだ?」

 問われ、答えに窮する。万が一、適当に言った番号がグンマの知り合いだったら困る。しかしユウキが何か言うよりも早く、グンマが続けた。


「まあお互い、良く生き残れたもんだ。レッドバロンは鬼のように強かったからな。何度死を覚悟したか……うちで一番強かった怪人のサイドリルだって、手も足も出なかったんだ。アイツが何とかしてくれりゃ、仲間が大勢死ぬこともなかったな。自業自得とはいえ、同期で入った連中はみんなレッドバロンに殺されたよ」

「……すいません」

 罪の意識を感じて、ユウキは小さくつぶやいた。

「なんでお前が謝るんだよ」

「いや、その……なんとなくですけど」

「悪いのはレッドバロンだからな。しかもあの野郎、ブラックカンパニーが潰れた途端に雲隠れだ。まったくどこに消えたんだかな」

「ええ、ホントに……どこに消えたんでしょうね」

 グンマはユウキの正体を疑っているようには見えなかった。

 本当にユウキを元・戦闘員だと信じて、親しくしようとしているのかも知れない。


「こんな話、他の誰にもできねえからよ。ブラックカンパニーに居たなんて知られたら、善良な市民さまから袋叩きにされちまう」

 グンマは熱いコーヒーを飲んで、小さくため息を吐く。

「超人扶助会のことなら、そう警戒すんな。悪い組織じゃねえさ。怪しいには違いねぇけどな。関わりたくねぇなら、それもお前の勝手だ」

「あの、やっぱりグンマさんも日常生活に馴染もうとして、超人扶助会に入ったんですか?」

「馴染むっつーか、まあ隠れ蓑だな。せっかく生き延びたのを今さらドンパチやろうって気にもならねぇし。ならねえけど、仕事もなきゃ食い扶持も稼げねぇしよ。とりあえず金貸してくれる相手が見つけりゃなんでも良かったんだ。おかげで今は借金だらけだぜ」


 グンマは他愛もない話を続けていたが、スキンヘッドのスティーブンがもう店を閉めると言った。

「じゃ、ぼくも帰ります。明日も仕事ですから」

 グンマとスティーブンにペコリと頭を下げて、カフェを出ようとした。

「あの女に気を許さない方がいいぜ」

 去り際、ユウキの背中にグンマが言った。

「どういう意味ですか?」

「おれたちには過去がある。人には言えない秘密だ。ここにいる間だけはその秘密を隠さなくていい。そのための組織だろ? なのに、マキノだけは誰も正体を知らねえ。付き合いの長いスティーブンだって、あの女が過去に何をしていたのか知らないんだ」

 話を振られたスティーブンはうなずきもしない。


「あの女が何のためにこんな組織を作ったと思う? キレイゴト並べてやがるが、ただの慈善事業と思うか? 元戦闘員、できることと言えば人殺しと破壊工作しかないおれたちに手を貸してどうしようってんだ?」

「それは……」

 答えようがない。マキノは良い人に思える。とはいえ知り合ってさほど時間も経っていない。判断する材料はユウキにはなかった。

 返事に詰まるユウキを見て、グンマが笑った。

「善人ぶってるヤツほど、裏で何考えてるのかわからねえもんさ」

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