2
身体は丈夫な方だ。
以前、宇宙空間に放り出されたことがある。マイナス260℃の真空も平気だったし、生身で大気圏に突入しても死ななかった。
体力にも自信があるし、百キロ程度の距離なら休まずに全力疾走できる。
これだけ頑丈なのだから、肉体労働くらい楽勝だと思っていた。
(思ってたんだけどな)
ユウキは溜息を吐いた。
先輩の指示は曖昧で適当。わからなければ怒鳴られる。普通の人間のフリをするのも辛い。感覚がわからないからだ。百キロの冷蔵庫を持ち上げるのはマズイとわかったが、五十キロの箱を片手で持ち上げても驚かれた。
ふつうの人間のフリをするのが、こんなに疲れるとは思わなかった。
「お前さ、ずっとフリーターなワケ?」
休憩室でぐったりとしているユウキに、中年の社員が言った。
一瞬、話しられたのがわからなかった。休憩室にはユウキの他にも何人かの社員、アルバイトたちがいる。彼らはスマホを眺めているか、机に突っ伏して寝ていた。
中年社員がチラリとユウキを見る。ようやく自分に話しかけたのだとわかった。
「え、は、はい。え、ぼくですか?」
「そうだよ。他にいねえだろ」
「あ、はい。すいません……あの、ずっとバイトしてました。色々」
ユウキは緊張しながら答える。
「お前いくつだっけ?」
「二十八です。あ、今年で」
「大学は?」
「いえ……出てないです」
「ずっとフリーター? なんかやってんの? バンドとか?」
「いえ……別に、なにも」
まさか、改造人間として戦っていましたとは言えない。
中年社員は休憩室のテレビを見ながら、時々思いついたように質問をして来る。ユウキはボロが出ないように最小限の返事をした。
テレビでは昼のニュース番組が流れている。今朝発生したコンビニ強盗の犯人が、捕まったらしい。
『犯人は超能力を使い、店内にいた全員を昏倒させ、レジにあった現金二万円を奪って逃走。先ほど高架下に隠れているところを逮捕されました。いやぁ、また超人による犯罪ですね。どう思いますか』
司会者がコメンテーターに話を振る。話を振られた芸能人は有識者ぶって、審議が進む超人規制法について言及している。一刻も早い法規制が必要だとか、このままでは日本という国は亡びるだのと、大げさに話している。
「こういう、超能力使って犯罪するヤツってさ、アレなんだよ。なんだっけ。アレだよ」
社員の男もテレビに話題を移した。
「何年か前に、壊滅したろ。悪の組織」
「秘密結社ブラックカンパニーですか」
「そうだよ。それの生き残り。良く知ってんじゃん」
「た、たまたまです。偶然……」
慌てたのを見透かされないよう、ユウキは視線をそらした。
「でもおかしいと思わねぇか? 連中と戦ってたヤツが居たろ。ほら、赤い仮面のヒーロー」
「レッドバロンです」
「そうだよ。良く知ってんじゃん」
「たまたまです。偶然」と、ユウキは繰り返した。
「生き残りの下っ端が何度も犯罪起こすだろ? なのにそのヒーローはもう出て来ねえだろ? でよ、おれも噂で聞いたんだけどよ。知ってっか? あの赤い仮面のヤツ、ホントは悪の組織と癒着してんだってよ。組織は壊滅したことにして悪事に目ぇつぶって、その代わりに稼ぎの上前をはねてんだとさ」
「そ、そんなワケないでしょう! バカにしないでください!」
イスを蹴って、ユウキは立ち上がった。
「癒着だなんて……金を受け取るだなんて、誰がそんなことのために戦うって言うんですか! たった一人で十年も、悪の組織と戦ったんですよ! 何の見返りもないのに、何度も死にかけて、それでも日本を守るために戦ったんだ! 不死身の怪人サイドリルとの七度に渡る攻防戦を知らないんですか! ブラックカンパニーのボス、ルシファー社長と戦った時だって動ける身体じゃなかった! それでも……」
一息に言って、ユウキは言葉をつぐんだ。
中年社員はポカンと口を開けている。
寝ていた社員たちも起き上った。机の端を陣取っていたマキノも、驚いたようにユウキを見ていた。
注目を集めてしまった。
「あの……」
握りしめていた拳を開いて、イスに座る。
「すいません……」
「いやいいけどよ」と中年社員が鼻で笑った。
「なにキレてんだよ。お前、オタクってヤツか?」
危ない男だと思われただろうか。疑われたかも知れない。しくじった。
ユウキはうつむいて、誰とも目を合わせないようにした。
マキノの探るような視線を感じたが、絶対に顔を上げなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます