最後の変身

鋼野タケシ

 吐く息が白い。

 倉庫の中は外と変わらないほどに寒く、じっとしているとすぐに汗が冷える。


「結城、そこのアレ、やっとけ!」

 先輩社員は大きなダンボール箱を指さして言った。

 箱は2メートルほどの高さがある長方形で、十個ほど並んでいる。

 大型のトラックが倉庫の脇に下ろして行った荷物だ。


「え……これをどうするんですか?」

 困惑し、ユウキは先輩社員に尋ねた。

「裏に運ぶから! ソレをアレしとけ!」

 それだけ言って、先輩は小走りで消えた。


「アレとかソレとか言われても……」

 何をするのか見当も付かない。

 しかし、ここで使えないヤツと思われては困る。クビになっては行く宛てもない。


(仕方ない、他の誰かに聞くか……)

 ユウキはしゃがみこみ、ダンボール箱を抱えた。

 箱は大きいが、重さは感じない。片手で一つずつ、二つの箱を抱え上げた。


 他に誰かいないかと、倉庫内を探す。

 メガネをかけた小柄な女性を見付けた。分厚いメガネのフレームを抑えながら、手にしたリストとダンボールを交互に睨んでいる。


「あの、先輩」

 呼びかけても、女性は反応しなかった。

「あの、ちょっとすいません」

 もう一度声をかけると、女性がユウキの方を向き直った。


「わたしのこと?」

「はい、すいません……あの、ちょっと聞いても良いですか? このダンボール箱を運ばないといけなくて……それで、あの」

 両手で抱え上げたダンボールを見ながら、ユウキはしどろもどろで説明する。

「とりあえず、それおろしたら?」

 ユウキが担ぐダンボール箱を見て、女性が言う。

「中に入ってるの冷蔵庫だよ」

「え?」

「ひとつ百キロ以上あるから、そうやって持ち上げるのは止めた方がいいと思う」


 肩に担いでいた箱を、急いで下した。

 女性は疑うようにジッとユウキを見ている。

「……たしかに、ちょっと重いなって思いました」

 変だと思われただろうか。

 女性はユウキから目を逸らさない。分厚いメガネの奥の、表情はわからない。


「あ、あの……先輩、今見たことは」

 小声になった。ユウキはごにょごにょと消え入るように、「秘密にしてください」とようやく言った。

「きみ、名前なんて言うんだっけ?」

「あ、あの……結城です。結城勇二郎」

「わたしは牧野。先輩じゃなく牧野さんと呼びなさい」

「は、はい。マキノさん」

 マキノはジッとユウキを見て、目を逸らそうとしない。


「これからは、何かあったらわたしに聞いて。どんなことでも聞くから」

「え? あ、あの……」

「わかった?」

 有無を言わさぬ彼女の口調に、ユウキは「はい」と答えてしまった。

「心配しなくても」

 マキノは微笑んで、言った。

「誰にも話さないよ」

 彼女がユウキの正体に疑念を抱いているようには見えない。

 冷蔵庫を軽々持ち上げたなど知られたら、自分の正体が疑われる。


 自分がであるとバレたら、もうこの職場には居られない。

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