3 サソリ


「♪あかい めだまの さそり

 ひろげた わしの つばさ」


パタパタとソファの背もたれに逆さにかかげた足を揺らしながら、調子っぱずれの音程で星空の歌を口ずさむ。


「あ、それあれだろ?遠野とおのの」

「そう。星めぐりの歌」

「あー…宮澤賢治?だっけ?」

「んー、私としては國男くにおのほうなんだけどなぁ」


以前追っていた怪異にまつわるお取引で知り合い、なぜかなついてきた不良学生。

祓いにはなるが、未成年としては罰則もんである煙草をぷかぷかとくゆらしてふてぶてしい。


理智りちくん、ごめん、炭酸とってください。

それからうちは禁煙。」

「はいセンセー」


ガコンっと冷蔵庫に瓶の当たる音がしたのがわかり、眉間にしわがよる。


『センセーって呼び方もなんだかなぁ。』


シュッ!ぱこっん。


「んー……うわ、炭酸きっついなー…これ」

「え、それのジンジャー結構美味しかったっスよ?」

「え、学生の味覚~

私は霊験あらたかな石清水コーヒーが一番だよー」

「なんスかその怪しげなやつ」


怪しげなんだが、その水がいいことに変わりなくて。

水の持つ非科学的で科学的な作用については一言教えておきたいわけで。

説明をするのも面倒なほどの午後の陽気に、少しむっとする。


「…君のようなおこちゃまには、まだ早いかもねぇ」

「俺ミル〇ルで十分なんで」

「はっ、おこちゃま~」



ぐっと炭酸をもう一度飲み込んでから、先日から行き当たっている「火」に関する怪異を取りまとめた資料をもう一度洗いなおすために、気を新たにする。


「ところで理智君。

サソリの火はなぜ今も燃え続けているのだろうね」

「…新手の謎かけっスか?」

「いや、真面目な話。君ここで煙草すうなら、祓いに力貸しなさいよ」

「……………うぃっす…。」

「なんだその逡巡」

「…サソリって、あの毒持ってるサソリですよね?」

「スルーかよー。」

「サソリ、なんかやらかしたんスか?」

「………君は、かの有名な銀河鉄道を読んだことがないのかい」

「あー、なんだっけ、猫が二匹」

「それアニメな」

「死後の世界に旅立っていくんスよね?」

「えらくざっとしてるな!もっとちゃんと解説したいけど、今回もうそれでいいよ!?

……そうだな、そう。サソリの火がちょっと面倒でなぁ…」

「センセー、俺予備知識が薄すぎますって」

「勉強しようよ、不良学生」

「俺一応卒業は確定したんで」

「そっか、単位たりたのか。よかったなぁ、おばさんも喜ぶだろうね」

「母ちゃんと就職の件でもめたっス」

「就職、決まりそうなのかい?」

「んー、いまんところ、工業系ですね。

鉄曲げたりするところ」

「おおー、いよいよ拍車がかかってきたな」

「ま、そのうちなんかセンセーに祓いの道具でも作ってあげますよ。

鉄でいいなら」

「アルミはないのか」

「どんな金属があるか俺まだ知らないんで」

「ははは、いや、大器晩成だな」



完全にリズムだけで会話しながら、とつとつと指でたどっていた文献に、引っ掛かりを覚える。


「サソリの逸話がっていうより、その”サソリの火”という言葉が、献身の象徴として独り歩きしていることのほうが問題だな。」


サソリの行いは、それまでに悪逆をつくしてきたサソリだったから、天に召し上げられるに至った行いであって、それは普通に生きている人間の善行の象徴としては、いささか不穏にすぎはしないか。


「理智君、さそり座の赤い星は?」

「アンタレス」

「えっ知ってたの」

「アンタ現役高校生をなんだと思ってるんスか」

「ごめん、改めるわ」

「おい、改める前の印象きかせろく「や」さい…早っ」

「アンタレスの光、消えかかってるって知ってたか?」

「は!?マジですか!?」

「うん、星の光の寿命でねえ」

「星って消えるものなんスね」

「そうだなぁ。」



「……サソリの火、か。」




こぐまの ひたいの うえは

そらの めぐりの めあて



「とにかく、火に関する文献をあつめるか。

あ、図書館カードかして」

「うちの高校の?」

「うん、あそこの寄贈書に面白い文献が見つかった」

「はー…へい。」

「さんきゅー!持つべきものは不良学生」

「俺もう不良卒業するんで、他あたってください」

「はっはっは、卒業か!ホント将来楽しみだなー君は」




残された炭酸が、誰もいない空間で、シュワシュワと音を立てた。

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