散歩のはずだった箕面

 平成二十九年十月二十ニ日、夜。

 私はテレビを前に妙な疲労感を覚えていた。

 番組は選挙特番。

 折しも台風二十一号到来を迎え、画面は大変な事になっている。

 それぞれの政党の獲得議席数。

 次々入る当確の表示。

 様々に流れるテロップ。

 選挙特番と言うものはそれ自体、かなり忙しい代物だ。

 大量の文字と映像と音声の全てでせわしなく情報を発信する。

 そこに台風情報のL字の額縁が入った。

 あれ程に文字情報過多の画面が延々と続くところなど、中々見られるものじゃない。

 しかもその大量の文字情報は、それぞれ上下左右にスクロールし、時に色を変えたりと凄い勢いで変化するのだ。

 なんかもう、すごかった。

 しかもそれだけの情報量がありながら、痒いところにイマイチ手が届かない。

 私の住まいは大阪市北東部の淀川流域だが、同じ大阪市の南にある大和川流域はえらいことになっていた。

 大阪市は狭い。

 しかも全体に南から北へ行くに連れて低くからなる。

 つまり堤防でも切れた日には、あまり他人事では無かったわけだ。

 当然、最も知りたかったのは大和川の情報だった。

 ところがこれが至って少ない。

 選挙特番の隙間の台風情報の、更に隙間にしか入るところがないのだから、当たり前といえば当たり前だ。

 選挙の結果はとても重要だと思う。

 それは確かにそうなのだけど、ああいう場合は地元だけでも台風被害の情報の方を優先してはいただけないだろうか。

 だって、考えても見てほしい。

 選挙特番の始まるときには、実はすでに勝負はついているのだ。

 集計されていないだけで、投票そのものは終わっている。煽ろうが、慌てようが、騒ごうが、結果そのものは変わらない。

 なら、ああいう場合、額縁の方に選挙速報で、十分ではあるまいか。

 前振りが長くなったがこれはもちろん散歩の話だ。選挙特番と台風について語りたいわけではない。ただ、台風の過ぎたあとという前提を語るはずが、むやみと長くなってしまった。

 あまりものを考えないで行動しがちな私だが、さすがに台風の過ぎたばかりの月曜日に山に散歩に行こうとは思わなかった。あれだけの雨風だ、道も荒れているであろう。せめて点検が終わったくらいに出向くべきだ。

 で、火曜に出かけた。

 一日かい、と突っ込まないでほしい。

 私だって遊んで暮らしてはいないのだ。わざわざ出かけられる日には限りがある。

 一番良く歩く、聖天さんから箕面山荘、風の杜を通り抜け、林道経由で木漏れ日展望台を目指す道を選んだ。

 聖天さんを出てすぐ、聖天展望台を過ぎたところで、いきなり倒木による道塞ぎに出くわした。

 よくある幹がゴロンと道を塞ぐ感じではなくて、梢がバサッと道を塞いでいる。まあ、枝を掴みながら道外れの斜面を歩けば通れないことはない。

 自動車道沿いの立ち木の、折れた枝の処理をしている高所作業車を横目に見つつ、ハイキングコースに入る。

 道が青かった。

 まだ緑色の葉が、細い梢の枝ごと道いっぱいに散り敷いている。

 これは地味に歩き難い。

 歩く度にパキパキ音を鳴らして小枝が折れてゆく状態なのだ。そこら中にピンピンと小枝が飛び出していて、油断すると靴に引っかかる。

 仕方ないのでゲイターをつけた。

 ゲイターというのは靴の上部からズボンの下部を覆うカバーだ。スパッツともいう。これをつけると靴の中に入る小石や飛沫を相当防いでくれる。

 ゲイターをつけても歩きやすくはなかったが、小枝は靴に引っかかりにくくなった。

 そのままパキパキと道を登り、箕面山荘、風の杜に辿り着いた。

 ここは名前の通り宿泊施設らしいのだが、敷地を通り抜けるだけで、中に入った事はないので詳しい事はわからない。ただ、従業員の方々は大変に丁寧で、いつも通り抜けるだけの私にも丁寧に会釈してくださる。一度せめてレストランだけでも利用させて頂きたいと思っているが、車を持たない私が知るこの場所への道はハイキングコースだけなので、レストランへ行けるような靴でたどり着くのは少々難しい。

 その、丁寧な従業員の方が、とても豪快な掃除をしていた。

 箕、と言ってわかるだろうか。

 馬蹄形の笊のような、ドジョウすくいに使われたり、田舎でゼンマイやワラビを干すときに使ったりする道具だ。それで、落ち葉や枝を直接すくって台車のコンテナに放り込んでいた。

 確かに積もった深さが深すぎて、もはや箒で掃ける感じではない。効率を考えても正しい掃除方法であると思う。

 さらにその敷地の外れで、凄い折れ方をしている木をみた。

 説明がちょっと難しいのだが、木の上部が折れて、下部に引っかかったというか、挟まったというか、変にがっちり組まれてしまっている。放ってもおけないだろうけど、処置をするのは大変そうだ。

 そこから車道に一度出て、今では一般車両は通行止めになっている林道にはいる。

 このあたりまで来る頃には、またげる程度の倒木はあまり気にしなくなっていた。

 道を歩けば小枝をパキパキ踏むし、そのへんの木の枝が折れているのはもはや当たり前だ。慣れるというのは恐ろしい。

 ただ、それでもこれはいつも通りのコースは無理なのではないかという気持ちが生まれつつあった。

 地味に歩きにくいということは、いつもよりペースが落ちると言うことなのだ。夕方から別の予定もあるし、適当に切り上げなければなるまい。

 実はこの林道の入り口には切り上げるには絶好のポイントがあった。望海展望台から滝道へ下りる道があるのだ。

 ただ、その道は台風の後ではなくても選びたくない。延々と続く階段に、下りでも足が痛むからだ。

 その道はやめることにした。

 やめといて良かったと思う。

 後々通った道の状態からしても、たぶんその階段も落ち葉で一杯で、歩きにくく危なかったろうと思うからだ。

 そしてその道をやめるなら、才ヶ原口まで迂回路はない。(あっても私は知らない。)

 で、才ヶ原口まで登った。

 才ヶ原の方には行ったことはないが、ここには地獄谷への分岐がある。地獄谷なら下っていくことになるし、滝道からも近い。

 でも、実は一瞬迷ったのだ。

 もしかして素直に来た道を戻った方がいいのではないかと。

 結論から言えば、戻るべきだったのではないかと思う。

 聖天展望台のそばの倒木以外、またげる程度の倒木しかなかったし、道も一応慣れた道で、すでに様子もわかっている。

 ただ、ここで「まあいっか」と歩き出してしまうのが私という人間なのだ。

 歩き出してしばらくすると足元に散り敷いている葉が杉に変わった。とても良い香りがする。アロマ効果はバッチリだが、杉の葉は滑りやすい。いっそう気をつけて歩かなければならなかった。

 さらに進むと道がない。

 道があるはずの場所は木の枝でふさがっている。

 どうやら大きく枝を広げた木が枝を広げ始める部分で折れたらしい。広がった枝の部分が前に折れて、すっぽり道を覆っていた。

 これはまたぎようがない。隅の方の枝の少ないところをかき分けて通った。

 ここほど道がふさがれているところはなかったが、同じパターンの倒木にこのあと何度も遭遇した。どれほど強い風が吹いたらこんなことになるのだろうと思う。

 いつもならチョロチョロ流れる水もやけにたくさん流れている。所々で斜面を水が流れ下った跡も見た。

 またげる倒木は無数にあるが、もう全く気にならない。単なる道の扱いだ。

 このあたりでさすがに私も気づいた。

 この道、台風のあとにまだ点検されてないんじゃないかな? 少なくともなんの手も入ってないよね。

 でもまあ歩けないということじゃないし、道も一応わかっている。それでそのまま進んだ。最早戻るほうが時間がかかる。

 自動車道を渡り、姫岩の方に抜ける前に、さらに何度か倒木をくぐった。

 川にも倒木が無数に落ち、それが岩と絡んでしがらみのようのなっている。百人一首の「風のかけたるしがらみ」は「流れもあえぬ紅葉」だったけど、嵐のかけるしがらみは何だかんだやたらと豪快だ。

 姫岩のそばのベンチに抜ける道が塞がれていた。

 「通行止め」と書かれている。もちろん私が歩いてきた道の通行を禁じているのだ。

 いまさらそんな事を言われても。

 ここにたどり着く頃には遠に昼を過ぎていた。本当に歩き辛かったのだ。

 ここのベンチは、めったに使用している人は見かけないものの、男性用トイレのそばにあり、あまりお弁当向きとは言えない。いつもなら絶対に避けるところだが、この日はとても疲れていた。仕方がない。

 せめてトイレと逆の方を向いてお弁当を食べた。そちらの道にも通行止めの表示があった。

 お弁当を食べ終えてお茶を飲んでいると、軽トラに荷物を載せた人たちが滝道の方から現れた。本格的に道を塞ごうということらしい。一人が親切に教えてくれた。

 「この先は倒木がひどくて行けませんよ。」

 もちろんそんな事は知っている。今通って来たところなのだ。

 ここからは滝道だからと思って外したゲイターはびしょびしょだった。倒木や枝に擦れて濡れたのだろう。

 滝道はさすがにいつもの通りに歩きやすかったが最後にオチがついた。かなり下の方にある弁天さんのところで道が塞がれていたのだ。そこにもはっきりと、通行止めと書かれていた。どうやら私が歩いた場所のほとんどが、通行止めの地域だったらしい。

 私は誓って散歩がしたかったのだ。

 冒険をするつもりではなかったのだが。

 

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