雨の音色いろいろ

 雨の日には基本的に散歩はしない。

 やっぱり散歩というものは、晴れた日のほうが楽しい。

 粗忽だから滑って転ばないように足元が気になるし、外でお茶することもできないし。

 でも、雨だから外出しなくていいという程に優雅な生活はしていない。

 雨の日に歩くことに楽しみを見出すとしたら、まずは音ではないかと思う。

 店先のテントに雨が落ちる音は低い。

 自転車置き場の屋根は結構個性があって面白い。

 厚手の葉に落ちる雨は、パラパラと軽快なリズムを持っている。

 こんな風に雨の音を意識するようになったのは、「となりのトトロ」の本を読んでからだ。有名なバス停のシーンのトトロは、雨の音を聞きに出てきているというのだ。だから傘の役に立ちそうもない、葉っぱを頭に乗せているらしい。それがサツキから受け取った傘を広げて、その音に感動したというのだ。

 なるほど、確かに傘に降る雨の音は面白い。

 当然だけど、しっかりと張ってある傘であるほど、いい音がする。

 私が手持ちの傘の中で一番気に入っているのは、十六本骨のものだ。この傘に雨が落ちるとぽんぽんと気持ちの良い音がする。まるで小さな太鼓を叩いているみたいだ。

 ビニール傘の安いのは音が鈍い。張りが甘くてちょっとたるんでいたりするとなおさらだ。こんな傘をトトロに貸しても喜んではもらえなかったろう。そもそもトトロの使用方では、あっという間に壊れそうな気もする。

 池の水面を叩く音は、かなり降っていないと聞こえにくい。小さな容器に溜まった水に降る雨は、時に驚くほど澄んだ音をたてる。水琴窟というものはこういうところから発想されたのかもしれない。

 私が知るとっておきの雨の音は、河原の砂利に降る雨だ。

 嵐山の河原、というと誰でも同じ景色が浮かぶと思う。渡月橋のかかっているあの河原だ。

 嵐山の夜は早い。

 観光地としての嵐山は、日の出ている間が全てだ。料理店や宿には別なのだろうが、土産物屋などは夜になると大方閉まってしまう。

 だから私が雨の夜に河原を歩いたのは観光のためではなかった。用事があって亀岡の方まで出かけた帰り道だったと思う。

 その日は一日しつこい雨で、夕方からさらにひどく降り出していた。当然観光客は少ない。雨の日の行楽地として、嵐山はそれほど優れてはいない。

 深夜というわけでもないのに河原に他の人影はなかった。

 幽かな音に気がついたのはそんな時だ。

 「ち」と「り」の間くらいかと思える幽かな、本当に幽かな音がしていた。雨のざわめきの隙間を埋めるように。

 最初はなんだろうと思ったけれど、そのうちにそれが河原に敷き詰められた細かな砕石に雨が降る音なのだと気づいた。

 こういうものも雨に音をたてるのかととても驚いた覚えがある。町中の喧騒の中では鳴っていても気づくことのできない音だった。

 本当は雨の散歩にも結構楽しみはあるのかもしれない。

 ただ、実際に降る雨を室内から見ていると、横着心が頭をもたげ、室内でのんびりお茶でも飲んでいたくなってしまう。

 あんな印象的な音が何処かで鳴っているのではないかと思いながら。

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