島ではない方の淡路

 大阪市の南に在住している恩師に聞いた話だ。

 恩師が学生のころ、部活の試合で「淡路に行く」と言われて驚いたことがあったそうで、てっきり淡路島だと思いこんだらしい。それは結局同じ大阪市の北側の淡路という町の話だったのだが、その島ではない方の淡路を歩いてきた。

 淡路の名前と淡路島には実は関係がないでもない。

 今は昔、菅原道真公が都から太宰府に流される時に、(島じゃない方の)淡路の辺りを淡路島と間違えたのだそうだ。

 初めて聞いた時は何故かと思った。

 現在の淡路周辺に島要素はない。そもそも船での通行が難しい。一応淀川はあるけれどどう見たって海じゃない。

 随分古い話だし、調べてみると昔は船で通行する地域だったようなので、今の景色で思うよりは荒唐無稽な間違いでもなかったのだろうけど、それにしてもかなりの間違いなのは確かだ。しかもその間違いが地名の由来になって残るなんて、有名人というのも大変だなあと思う。

 もしかしたらかなりの間違いだから残ってしまったということもありうる。

 「官公が淡路と間違えなさったとこ。」とか呼ばれているうちに「淡路」になったのかとか想像するとちょっと愉快だ。

 さて、名前は空想を広げてくれる淡路だがこれという突出した特徴はない

 阪急淡路駅自体は大阪市営地下鉄堺筋線の乗り入れ駅だし、阪急の千里線もここから分岐する。通勤特急以外の全ての電車が停まる駅でもある。

 物価も安いし梅田も近い。結構便利な場所だ。

 だけど目玉になるものがない。

 前にあった総合病院は建て増しを重ねてダンジョンのようになっていたこともあり、堺筋線側の隣駅である柴島に建て直して移ってしまった。

 駅前の再開発の進まない間は、来訪者が必ず迷うと評判の路地を彷徨う楽しみもあったが、新しい真っ直ぐな道路ができたことで、それも難しくなってしまった。

 こんがらがった紐をできるだけ広げて、とにかく真っ直ぐ切るところを想像してみて欲しい。場所を動かさなければそれなりにごちゃついたままには見えるだろうけど、短い切れっ端になった紐は絡まずすっと解けるだろう。道だって同じようなもので、どの道もすぐに真っ直ぐな道に出てしまうので、もはや迷いも彷徨いも出来ない。

 そういえば東淀川区の図書館は淡路にある。同じ建物にプールやジムも併設されていて、休日も平日もそれなりに賑わっている。これがささやかながら最大の目玉といえる物件のような気がする。

 図書館は淡路駅の東口から出て、十五分ほど歩いたところにある。

 なので今度は駅の西口の方に行ってみよう。東口側は現在再開発の真っ最中で、真新しいアーケードの商店街がまだ作りかけな感じだ。駅の東口もいかにも仮設という見た目をしている。それに比べると西側には昔ながらの商店街が広がっている。

 この商店街の半ばを越えた辺りに映画館がある。

 ここは知る人ぞ知る穴場映画館で、どんな人気作品でも貸し切りに近いような状態でゆったり鑑賞することができる。人があまりに少ないせいで夏は冷房が寒いので、上着を持つことを推奨したい。この映画館の経営がどうなっているのかは、もう謎としか言いようがない。

 商店街はスーパーで終わりを告げ、アーケードの端から真っ直ぐ行った場所には新幹線の高架が見えている。

 実は淡路は新大阪から近い。頑張れば歩ける距離だ。しかし新大阪駅を使うに特に便利ということはない。

 頑張れば歩ける距離ということは、大荷物を引っ張って歩くには遠すぎる距離だということだ。そして電車で新大阪を目指す場合、そこは突然遠くなる。

 まず阪急で梅田側に二つ進んだ南方まで乗り、そこで降りて大阪市営地下鉄御堂筋線に乗り換える。千里中央側に一駅で新大阪だ。乗り換えもあるので三十分くらいかかるしめんどくさい。実質で言えば梅田の方がずっと近い。

 以上、島ではないほうの淡路を歩いた話だ。ところで淡路のすぐそばに菅原という地名もある。どうやらこの地域はよほど道真公が好きらしい。有名な学問の神様も失敗をこんな形で後世に伝えられて、泉下で苦笑いしておられるかもしれない。


追記 原稿を書いたあとになって上記の穴場映画館がついに閉まるという噂を聞いた。大変に残念な話だと思う。

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