大川散歩

 地図で大阪城を見てみると、すぐそばを川が流れているのがわかる。

 日本一長い天神橋筋商店街のそばから大阪城を掠め、中之島を懐に抱いてUSJの傍らから海に注ぎ込む、中々に観光感の強い川だ。

 川沿いの道は整備されて歩きやすい。

 管理された木立が影を落とし、時々風が吹き抜ける。淀川とはえらい違いだ。

 その淀川との分岐点から大阪城までを歩いた。

 実は大川こそが本来の淀川の川筋なのだそうだ。淀川は昔からなんども改修工事がされているが、その最新の結果として現在の川筋があり、旧淀川が大川と呼ばれるにいたったらしい。付け替えた淀川と大川の分岐点は毛馬と呼ばれる地域で、ここには大きな閘門がある。

 閘門というのは淀川と大川の水位を調節するための施設らしいのだが、意味はともかく近隣の小学生にその名を知らない者はいない。

 けまのこうもん。

 いかにも男子小学生が喜びそうな、実に魅惑的な響きではないか。

 その名の魅惑はともかく、周辺は毛馬桜ノ宮公園として整備され、お花見の名所となっている。

 大川を航行する水上バスも春にはお花見クルーズを企画する。大川の一番華やかな季節だ。

 だがしかし、今回の狙いは桜ではない。

 季節はそろそろ初夏も過ぎ、夏本場を迎えようという七月。

 目指すは藤田邸跡公園の目の前にある蓮池だ。

 藤田邸跡公園というのは毛馬桜ノ宮公園の端にある。その辺りで川沿いを離れてしばらく行くと、大阪城の京橋口だ。

つまり今回歩くその道筋は、ほとんどが毛馬桜ノ宮公園に属している。

 淀川の河川敷を見慣れた目からすると、大川の堤防は低く、川が街から近い。実際、帝国ホテルの一階のティールームからは大川を眺めることができる。淀川ではありえない話だ。

 淀川に近い建物といえば例えば大阪工業大学などが挙げられるだろう。大工大のキャンパスは堤防に直接つながっている。

 それでも堤防の向こうに広がる道やグラウンドを隔て、背の高い雑草越しでないと川面を見る事はできない。淀川の場合、堤防から川までが遠いのだ。絶対に決壊などさせないという強い決意の滲んだ構造といっていいと思う。

 前述したように大阪の中心部を流れる大川において、そのあたりの問題がどう処理されているのかはわからないが、大川の堤防は淀川ほど高くないし、堤防から川までの距離も近い。淀川ががっつりと体育会系の川だとすれば、大川には文化系の趣がある。

 淀川沿いを走るのがマラソンなら、大川沿いはジョギング。淀川沿いを歩くのがウォーキングなら、大川沿いは散歩。

 イメージでいうとそのぐらいのちがいだろうか。

 もちろん淀川にはジョギングをしている人がいっぱいいるし、大川沿いでウォーキングをする人も多い。あくまでイメージの話である。

 そうは言っても河川敷は河川敷、そこには様々なドラマもある。

 橋の下を抜ける道には明らかに居住者がいるし、河川敷は外れるけれども拘置所への差し入れの品を売っているらしい店も見える。

 面白いところでは砂浜などもある。

 人工的に作られたこの砂浜は、ガッチリとフェンスで囲われて、開放されている時間には安全のための監視員が常駐している。

 川の水なので遊泳は禁止だが、砂遊びも川遊びも日光浴もたっぷり楽しむことができる。平日はご近所の保育園だか幼稚園だかのお散歩コースになっているようで、可愛い園児さんと遭遇することも多い。

 貼ってあるポスターによるとビーチバレーの試合なども行われているらしい。

 貸しグラウンドで汗を流す人も見かける。

 それやこれやでいつでも適度な人通りがあるのもいい。

 淀川の河川敷との大きな違いとして、ベビーカーを押したお母さんが多いことも挙げられる。

 淀川はベビーカーに向かない。

 そもそも赤ん坊に向いているのかも疑問だ。

 道は悪いし、案外自転車は多いし、堤防を越えるのは大変だし、木陰もベンチもほとんどないし。

 その点大川の堤防はすぐ上の道からスロープで降りられるようになっているし、道は広くて自転車でもなんでも悠々とすれ違えるし、木陰もベンチも多い。

 私がその立場でもベビーカーを押して歩くなら大川の方を選ぶと思う。

 それでもどちらの河川敷にも共通することもあって、自動販売機がないことは中でも筆頭に挙げておきたいと思う。

 夏の散歩は暑い。

 どうしたって喉が乾く。

 念のためにカバンの中には五百ミリペットボトルを二本は入れておきたい。

 一本では念のためにならない。絶対に飲むからだ。

 汗ふきは必須。帽子もある方が望ましい。日傘は長距離だと疲れるので私は使わない。

 服装は悩ましい。

 行き帰り全て歩くなら、とにかく楽な服でいいと思う。

 ただ、そこまでの根性はなく、帰りは公共交通機関の使用を目論んでいる場合は考えどころだ。

 目的地は大阪城。

 大阪市の真ん中だ。

 官公庁も会社もお店も、たっぷりと集まっていて、道行くひとはそこそこおしゃれだ。

 もちろん世間にはいろんな人がいる。全く服装に構わない人もいるし、かまってる場合じゃないこともある。私だってハイキングの帰りなら服装になんか悩まない。

 でも散歩だ。

 たかだか数キロの散歩。

 買い物でだって複数の店舗をはしごすれば、このぐらい歩くことはざらにある。

 しかもこの大阪城までのコースだと、帰りに素敵なランチなんかを楽しむこともできるのだ。

 散歩におけるテーマやスタンスを問われる問題であると言っていいと思う。

 私はカバンに汗ふきシートも入れておいた。

 もっとも、大川の場合河川敷を出るのはそれほど大変ではないし、近くに店も多い。途中にはドン・キホーテだってある。買えるものに関してはそれほど神経質になる必要はない。

 目指す蓮池は簡単に見つかる。

 むしろ花の季節なら見逃すほうが難しい。

 するりと伸びた茎と大きな葉の上に、かなり大きな白い花が浮かんでいる。

 いや、睡蓮ではないのだから浮いてはない。しっかりした茎にもちろん支えられているのだけど、一面の緑に映える白い花は、どうしても浮かんでると形容したくなる。

 人の頭ほどとまでは言わないけれど、拳よりは確実に大きい。頭に載せたらちょうど冠のように見えそうなサイズだ。

 そんな花が無数に咲いている。

 色は白一色なので華やぎには幾分欠けるが、清楚で清らかで、しかも力強いという稀有な景色を作っている。

 一見の価値は十分にある光景だ。

 もちろん写真をとりに来ている人も多いが、あまり極端には混まない。池はそれほど大きくないし、観光名所というわけでもないからだ。

 ゆっくりお茶など飲みながら花を堪能しても、誰の迷惑にもならない。

 この蓮池から大阪城の京橋口はすぐだ。

 それなら大阪城から人が流れてきても良さそうに思うかもしれないが、そんなことはまずない。

 大阪城は広いのだ。

 大抵は大阪城だけで歩き疲れてしまうことになる。城内にだって花の名所はあるし、わざわざ城を出てまで蓮池には来ない。

 私も大川から大阪城に行くことはあっても、反対をやったことはない。

 大阪城までの道でぜひおすすめしたいルートがある。

 自転車対応の歩道橋だ。

 この歩道橋からは、あたりを見下ろすことができる。下の道とは違い視界が開けるのがポイントだ。

 最後は大阪城を散歩して、その名も大阪城公園駅という駅まで歩く。そこが散歩の終着点だ。

 以上、七月の大川散歩の話である。

 このコースのいいところはしんどくなったらいつでもやめられるところだ。

 川沿いには駅やバス停がいくつもある。

 ものは試しで歩いてみても、いいのではないかと思う。

 

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