第10話 加速

『今年も残り二日となりました』

『あっという間の一年でした。光陰矢の如しですね』


「光陰矢…ライト&シャドウアローという訳か」

こたつでテレビを見ているミルフィーユを尻目に「光陰ってのは時間の流れのことだ」茜は台所に立った。

「時間の矢か…何それ超カッコ良いのじゃ!」

付き合いきれん、と云わんばかりに、水を入れたやかんがガスコンロに置かれた。その音を聞きつけたミルフィーユは体をよじって、戸棚からカップ麺と箸を取り出す。


『…昨晩のTheWAGEIでは新王者が誕生しました…』


『タイムマシンがあったら何します?』

『過去へ行って、悩んでいる人に結果を教えて回ります』

『嫌がらせですか?』

『悩む時間が消えた分、物事は早く進むでしょ?それだけ結果=未来が速く来るんですよ。実はもう計画は立ててあります』

『よく解りませんけど、まずタイムマシンですね』

『いつかタイムマシンが発明されたら、子孫が過去へ行きます』

『なるほどなーって、他力本願か!もういいよ!』

『『どうも、ありがとうございました~』』


お湯が沸騰したのを見計らってちょこちょこ歩いてきたミルフィーユは「この三分ほど悩ましい物はあるまい」カップ麺にお湯を注ぐと、何かを思い付いていそいそとこたつに引き返した。

カップ麺を置いたミルフィーユは「見るがいい」時計の意匠をあしらった弓矢がいい加減なタッチで描かれたメモ帳を差し出した。

「カップ麺の待ち時間を縮める弓矢、ライト&シャドウアローじゃ!」

「またバカなことを…」

「こうして図面を残せば、いつか発明されるかもしれんぞ?」

「それ図面なのか(汗。っていうか、もう一分近く経ってるぞ?」

「それはいかん。麺が伸びてしまうのじゃ」

ふーふーやりながら麺を啜り始めた吸血鬼を横目に、茜は弓を置いて、自分もこたつに入ってぼんやりとテレビを眺めた。


『…「光陰矢の如し」が流行語にもなった、話題の「ライト&シャドウアロー」。品薄状態が続いており…』



ことわざ小説:『加速』

以上、本文800文字


ことわざ(ウィクショナリー:「光陰矢の如し」より)

○光陰矢の如し(こういんやのごとし)

意味:月日が過ぎるのは矢のように早いことのたとえ。

維新の頃より今日に至るまで、諸藩の有様は現に今人の目撃するところにして、これを記すはほとんど無益なるに似たれども、光陰矢のごとく、今より五十年を過ぎ、顧て明治前後日本の藩情如何を詮索せんと欲するも、茫乎としてこれを求るに難きものあるべし。(福沢諭吉 『旧藩情』)


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1000文字短編集 @Nes

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