第6話 さとり

カルト教団の集団心中の現場に踏み込んだ私達は、千人近い昏睡状態の信者を保護した。命に別状は無かったものの、自我を喪失していた彼らは、今も病室で寝たきりになっている。


徹夜で情報を整理していた私は、伸びをした拍子に肘をマグカップに当てて、パソコンにコーヒーをぶちまけてしまった。


画面が真っ黒になる。

慌ててコーヒーをふき取り、電源を入れ直すと、画面に見慣れない文字が並んだ。

どうやらクラッシュしたらしい。


っていうかクラッシュって何?


水銀騒ぎの一件以来、何かと連れまわしている彼に電話をかけることにした。


「起動プログラムが消えちゃったんだよ。」


「消えたって、どこへ?」


「パソコンが起動する度に思い出していた、君のパソコンとしての自意識が何かの拍子に分解したの。構成していた情報同士の縁が切れた。仏教的に言えば此縁性の破綻だな。」


「なによそれ?」


「此れがあるから彼がある。いかなる物事も単独では成立しない。無数の原因やなりゆきが絡み合って、たまさか今の形になっているのさ。赤いとか青いとか、丸いとか四角いとかは、周囲のそれ以外との比較から相対的に判断、認識される。モノ自体は変わらなくても、関係性が変わると色や形が違って見えたりする。惑わされる。」


「しがらみで見方が歪むってこと?」


「そう。で、しがらみが何かの拍子に消えたりすると、目の前のものが文脈や意味を消失する。ゲシュタルト崩壊みたいな。プログラムから解放された君のパソコンは、只の機械である自分に気づいちゃったわけだ。一種の悟りだね。」


「それじゃ使い物にならないわよ(汗。」


「起動ディスクを使えば、君のパソコンとしての自意識を『上書き』できるよ。ところでさ、眠っている人達にも同じことが言えそうだね。」


「・・・そういえば、先生だったわね。あなた。」


彼に言われた通りに操作を進めると、数時間で私のパソコンは戻って来た。


初期化、という言葉が妙に鮮明だった。


以上、本文800文字


ことわざ

※以下、wiktionary「烏合の衆」より転載です


烏合の衆(ウゴウのシュウ)

寄り集まっただけで、規律も統制もない群衆、軍勢。


語源

烏合とは烏(からす)の様に規律なく集まること。烏の群れのようにまとまりのない群衆ということから。


出典

『後漢書』耿弇伝


翻訳

英語: the mob has many heads but no brains (en)

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