第3話 添栗(そいぐり)村の鬼
人食い鬼伝説の祠を調査するため、添栗(そいぐり)村にいた俺と教授は、最終日に村長のもてなしを受けた後、懐中電灯片手に上機嫌で民宿への夜道を歩いていた。
特産品にするという肉は、口の中でサッと蕩ける絶品だった。余韻に浸っていると、道に立つ若い女を見つけた。
こちらを見るなり、女は低いうなり声をあげ、獣のように姿勢を低くして突進してきた。咄嗟に身をかわしたが間に合わず、あえなく懐中電灯の柄で殴り倒す。異様な気配を感じた俺達は、妙な手応えと共に倒れた女を気にする暇もなく村長の家へ引き返した。
同じく逃げて来た皆の話から、吸血鬼が現れたこと、そして、吸血鬼の力が思ったより弱いことが解った。
村長の判断は素早かった。
養蜂用スーツを着込んだ俺達は、人を見たら黒ひげ感覚でとりあえずぶっ叩くという暴挙に出たのである。
吸血鬼の打たれ弱さを突いた作戦は成功し、騒ぎは解決した。
映画と違い灰にならない死体の焼却処理を手伝っていた俺は、教授に呼ばれて祠へ向かった。
教授は壁画を見ていた。
飢饉の折りに生じた争いが、殺し合いに発展したらしい。争いの描写は凄まじく、人が人に噛み付き、肉を食い千切っていた。
「ドラキュラが辺境で、しかも少人数に退治されているのは何故だと思う?血を吸うだけの連中が、肉を喰う人間に腕力で敵うわけがなかったのさ。前提が違っていた。」
画の下にあった壺には、一つだけ、封が切られた跡があり、中にドロっとした黒い液体が入っていた。
「野生の獣からあんな肉は採れまい。何の肉かと不思議だったが、これで合点がいったよ。筋肉が弛緩した肉体は弱く、血を吸うことで肉の鮮度は保たれる。我々が祠を調べたとき、誰か、先にこの黒い薬の効能に気づいた者がいたようだ。」
突然、電話が鳴った。
肉が焼けたらしい。
「魅力的な申し出だが、早々に退散するとしよう。」
人の姿をした魔物には注意が必要だ。
教授はそう付け加えて、祠に火を掛けた。
以上、「添栗村の鬼」本文800文字
以下、成句、ことわざ
くわせもの(食わせ物)・・・①見かけはよいが、内容は悪質な物。②人がよさそうに装っているが、実は油断ならない者。②は多く「食わせ者」と書く。(明鏡国語辞典「くわせもの」参照)
人は人にとって狼である(Man is a wolf to man.)・・・「人を見たら泥棒と思え」の類義語(故事ことわざ辞典ttp://kotowaza-allguide.com/hi/hitomitaradorobou.html)。トマス・ホッブズが『市民論』の献辞で引いているラテン語のことわざ。『市民論』の献辞では、同じく、「人は人にとって神である。」と続く。
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