最後に残すもの

 三題噺としては反則かもしれませんが、お題の言葉を直接入れずに試してみました。


* * * *


 私は小さくい金色のメダルを握っている。

 過去の栄光、身の回りのものは引き払い、財産と呼べるものはもうこれしか残っていない。

 公園のベンチに座り、瓶に入った酒を飲む。

 背中は丸く肘を両足につけ、うつろな表情をしている。目を開けていると否応なしに前にある光景が入ってくる。

 子供たちが遊んでいる姿が見える。輝く笑顔と無邪気にはしゃぐ姿は誰もが微笑ましく思える光景だろう。互いに競い合い、認め合い、高め合っている。

 だが、私にその光景を愛でる資格はない。そう思い、一度静かに目を閉じた。


 少ししてから立ち上がり、その少年たちの元へ行く。

 少年たちは足を止めて、こちらを見て警戒している。「それでいい」私に向けられる視線はそれで十分だ。


「君は足が速いみたいだな、これを上げよう」

「わっ! すげぇ! 金メダルだ。おじさんいいの?」

「私にはもう必要ないものだ……。君が大人になっても頑張り続けていればメダルをもっと集められるよ」


 私は過去の栄光を誰かに引き継ぎたかったのだろうか?

 カネにするわけでもなく、子供に渡すなんて。

 私は少年に手を振り公園を出ていく。

 少年は無邪気に手を振り見送っている。

 私はその姿に振り向くことなく足取りを進めていった。


 どれだけ歩いただろうか?

 街並みからは外れた場所に来ている。雲行きが怪しい。酒は無くなってしまったな。どこかで、買ってこようか。

 ポケットの中身をまさぐってみるが、小銭が少し音を立てるだけでろくに残っていなかった。

「ははっ、こんなならあのメダルをさっさと売っぱらっちまった方が良かったな」

 乾いた笑いが込み上げる。

 廃墟の床に大の字に寝転がり天を仰ぐ、何も無くった自分を憐れむ。これでいい。これを望んでいたんじゃないか。妙に満足げな気分に浸る。

 肌寒い空気が冬を教えてくれる。窓の外を見ると雪がチラついていた。


 窓の外、遠くの方で光が見える。何故か気になり私は立ち上がり外へ出た。

 行く手には森を閉鎖するためのフェンスがあった。入り口のようなものを探し、開くために手をかけると音もなく崩れた。道を閉ざしていたフェンスは朽ち果て、既に行く手を阻む効果は薄れていた。入ろうと思えばどこからでも入れたのだろうか。見た目だけで勝手に枷をかけてしまっていたようだ。


 もつれる足で歩きながら考える。あの光は俺をあの世へ連れて行ってくれる光なんじゃないか、手を伸ばして掴もうと、そう思った。

 雪を踏み固めて歩く音が響く。

 寒さが手に染みる。吐く息は白く、顔も冷たい。酒が切れてきたのだろうか、私は胸ポケットのフラスコからかすかに残っているウィスキーを口へ運ぶ。

 喉から熱くなる感覚が通り過ぎていく。

 腕て唇をぬぐい、光の方を見つめる。雲の合間からたまに見える太陽の陽を浴びて大きな木がキラキラと光っている。


「天使か?」


 酔った頭で考えてみる。そんなわけはない。

 私は冷静になってその光の正体を見つめ直す。

 これは氷だ。木の葉が先端の方まで凍り付いている。つららが葉の先端から垂れ下がっている。

 私は何気なくつららの一本を折った。


 すると周囲の景色が急に変わり、春の景色が目の前に浮かび上がる。鳥が鳴く声、草がなびきざわざわと重なる音がする。

 しばらくすると景色は消えて元の雪化粧へと戻った。


 私は酒のせいでおかしくなったと思った。

 確認するように、もう1本、つららを折った。


 オリンピックの会場。

 マラソンの選手が走っている姿が見える。

 汗を流して、苦しい胸も、足を踏ん張って前へ進んでいく。何人もの選手が街並みを駆け抜けていく。街道で応援している人々、手を組んで祈るように見ている女性の姿が見える。横断幕を持って声を張り上げている人がいる。彼は答えたいのを我慢して前を向いて走り抜けていく。

 一人、また一人とかわして前へ出る。後もう一人。そこまで行った時はもう、会場のトラックの中に入っていた。彼は最後の力を振り絞り、目の前の人影を追っていく。あと少し、もう少し、一歩、ほんの数センチで構わない。は全身を使ってゴールに飛び込んでいた。

 その瞬間に目の前が真っ白になって周りの景色が暗くなっていく。


 光が戻ると、目の前には大きな木が葉の先まで凍り付き佇んでいた。


「走馬灯ってやつか? それならこんな景色を見せずに、さっさとくだばらしてくれればいい。もういいんだ」


 宙を仰ぎ、目を手で隠す。

 心の中にあるむしゃくしゃした気持ちが収まらずにもう一度つららを折った。


 すると再び周囲の景色が変わり、子供が走っている様子が見えた。

 親が子供を追いかけて歩いている。親を置いてどんどん進んでいく子供。どこまでも早く、誰よりも早く駆け抜けていきそうなほどに彼は元気だった。


 走っていた少年は自分だった。父親、母親、昔見た景色。

 ただ無邪気に走ることが好きだったころの自分がそこにいた。

 違う、違うんだ。今はそんなものを見てはいけない。

 私は景色を振り払うように目を閉じて首を横に振る。

 再び目を開けるとそこは白銀の世界が再び現れる。


「はは、ついに焼きが回ったか。勘弁してくれ、こんなのを見せたって……。もう終わったんだ」


 私は雪の上に大事にになり空を仰ぐ、酒のせいか眠気が体を襲う。

 金メダルをあげた少年の事を思い出す。

 勝手な思いを渡したものだ。申し訳なかったな。

 それでいい。これでいい。そう自分に納得させるように呟く。

 ゆっくりと瞼を閉じていった。


* * * *


樹氷:葉の先まで凍りついた木(そのまんま)

幻想:樹氷のつららを折ると見える過去の記憶

鍵 :必要のないもの。見た目だけで勝手にかけている枷。

   それを取り払うためのきっかけ


木は年輪を刻んでいく。毎年毎年成長する度に記録していく。

地中の栄養を吸ってくる時に、枝にとまる鳥、洞に住む動物、太陽から降り注ぐ光と周りの空気から、様々な記憶を蓄積していく。

そんな木々が見てきた過去の記憶が樹氷となる時に結晶として表に出てきて、つららを折ることで垣間見ることが出来る。

なんてあったら幻想的かも。しかも昔自分が来た頃のある場所だったら……

という発想ですね。作中で触れているかは別ですが。


ん~、今回は難しい(><

ちなみにこのオッサン。ウィスキーの瓶と、フラスコ2つもってる仕様です。

飲み干したはずなのに? 足りない足りない。

話は終わりです。


これだけだと救いが無い気がするので続きとしても読める話を10話に追加

10話は10話で単品でも読めるはず……。

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