第6話

 遠い日の思い出の蓋を開けたのは、他でもなく、今日がバレンタインデーだったからだ。

 昼前に起床した私は、することもなくベランダでタバコを吹かして、情報番組を流し聞いていた。そうすると、今日が二月十四日だというので、ああそう言えばと思いだしたのだ。


 今思い出しても、私にとっては身の毛のよだつ話だった。

 チョコレート大作戦。私にとっては非常に忌まわしい記憶に他ならない。なぜなら、あの悪ふざけの記憶と親友であるAの死は色濃く結びついてしまっているのだ。

 しかし、それもおかしな話ではあるのだろう。


 つまり、私はどうしてAの死とチョコレート大作戦を、ひいてはチョコレートを結び付けて考えているのか。


 Aの死因は心臓まひだった。仮に、Aがあのチョコレートに含まれていた毒によって心臓まひを起こして死亡したとすると、それが警察の目に留まらないわけはないであろう。健康な若年者の突然の死は、明らかに不自然であるし、Aの母親の様子からも当事者が、やれ事故死ですという説明で納得して大人しく引き下がるとは思えない。


 もしもチョコレートとAの死に因果関係があるのならば、それは明らかになっているはずだ。しかし、六年が経過した今になってもなお、Aは事故死として処理されたままであるのだ。


 それにも拘らず、私の脳裏にはどうしてもチョコレートと同時にAの死が過る。

 

 それは、やはり。

 私は思考を止めた。

 にわかに、記憶の中のIが叫んだ。


 それはだめだ。


 私は、ふうっと煙を噴き出した。

 そして考えた。


 どうして、Aはあのチョコレートを私たちのいたずらだと思ったのだろう。

 それだけが、いつまで経っても分からなかった。


「ん?」


 玄関の方から物音が聞こえたような気がして振り向くと、ドアポストに何かが投函されていた。

 私は、タバコをもみ消した。


 郵便物ならば、印鑑を催促されるであろうし、ただの贈り物ではあるまいと思った。

 私は、ベランダから部屋に入って、玄関へと向かう。一歩、二歩と近づくうちに、それが青いラッピング袋であることが分かった。


 そうして、ドアポストに投函された袋を手に取った。リボンをほどいて中を確認すると、可愛らしい便箋とチョコレートケーキが入っていた。

 便箋を改める。


「ハッピーバレンタイン。さみしいあなたにプレゼント。よかったら食べてね」


 丸文字でそう書かれていた。

 私は、誰がこれを投函したのかすぐに思い到った。


 きっと、Sに違いない。


 同じ中学を卒業したSと私は、そののち同じ高校へと進学し、今では同じキャンパスに通っていた。同郷出身であるということもあって、私とSはよく取り留めのない話に花を咲かせていた。

 

そうしているうちに、私はSに対して好意を抱くようになっていた。そしてまた、Sも私に対して何らかの気持ちを寄せているであろうと思われた。

 

 しかし、さばさばしていて素直になれないSのことだから、きっとバレンタインデーだからと言って素直にチョコレートを渡すこともしないだろう。こうして、匿名で送り付けるに決まっているのだ。


 私は、青いラッピング袋を手に持って微笑んだ。


「あれ?」


 そうして、私は気が付いた。


 ドアポストには、もう一つチョコレートが投函されていた。

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チョコレート大作戦 ひょもと @hyomoto

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