第4話

 翌日学校へ行くと、そわそわとして落ち着きのないAがいた。いつになく挙動不審であり、私とIの姿を見つけるとすぐに駆け寄ってきた。


「ちょっといいか?」


 何か重要な話があるようで、場所を変えたいとAは言った。私たちは昨日の事が早くも露見したのだと思った。宛名も何も書いてはいなかったものの、下らない悪戯をAにするのは私たちくらいだと、犯人の目論見が付いたのだろうと思った。

 Aは、思い直したようにいった。


「やっぱり、いいや。また放課後に話すから」


 Aから文句を言われると覚悟していた私とIは肩透かしにあったような気分がした。

 かくして、放課後になり私とIとAは一緒に帰ることになった。

 その道すがら、Aは言った。


「実はさ、昨日ポストにチョコが入ってたんだよね」


 その言い方には、違和感があったが、私とIは大げさに驚いた。


「ま、マジ? すげえジャン!」


「やったな! ついに春が来たのか! で、相手は?」


 Aは目を見開いて私とIを交互に見た後、眉を寄せた。


「ふうん。お前らじゃないのか」


 的を射ている言葉に、私は内心ぎくりとした。しかし、Iはなおもしらばっくれるつもりであるらしく、わざとらしい演技を続けた。


「何の話だよ」


「だからさ、おかしいだろ俺にチョコなんて。お前らのいたずらじゃないかと思ったんだけど」


 まさしくその通りだった。

 Iは言う。


「そんなわけないだろ。なんでわざわざ俺たちが、なあ」


「そうそう。昨日は一日中家にいたよ。誰がいつ訪ねてくるか分かんないしね」


 なおも疑いの視線を向けるAであったが、一人でしばらく黙り込んだあと納得したようにうなずいた。


「そうか。お前らじゃなかったのか」


 Iは言う。


「というかさ、なんでいたずらだと思ったわけ?」


「うん、実はさ、そのもらったチョコなんだけど市販の普通の板チョコなんだよね。俺、バレンタインチョコ何てもらったことないんだけど、そういうもんなの? それにさ、チョコ以上にこれが」


 Aはそう言って鞄から見覚えのある便箋を取り出した。そうして、手紙を開き私たちに渡した。


「この手紙の文字なんだけど、ちょっと、なんていうか汚くない?」


 Iの書いた文字であり、また昨日まじまじと見たものであるから新鮮なリアクションを取るのは難しかった。しかし、Iは調子よく受け答えた。


「そんなことねえって。というかさ、お前ちょっとそれは、ないとおもうけどなあ。この手紙だってほら、こんなに簡潔にさ、ストレートに気持ちを掻いてあんじゃん。疑うのは、なんか可哀そう」


 どの口がそんなことを言っているのか。つらつらと嘘を言うIは、楽しそうに笑っていた。私もIに同調し、最近の女子にもこういう奥ゆかしい子がいるだと思う、ともっともらしいことを言った。


 私とIに盛り立てられたAはにわかに表情を明るくし、三人の分かれ道である三叉路に差し掛かっては鼻の下を伸ばしてさえいた。

 Aは、言う。


「もしかして、Sから、とか。あ、あり得ないよなあ」


 まんざらでもない言い方に、私の良心がチクリと痛んだ。傍らのIを見ると、ガッツポーズをして高笑いをしていた。


「いや、あり得ないことはないと思うぞ。意外と、なあ? Sってさばさばしてるけどさあ、意外と女らしい所があると思うんだよなあ」


 嘘とはいずれ暴かれるものである。仮にも突き通すことのできる嘘ならば、経年の後に嘘もまことに変わるのだろうが、私たち二人がAに対してついた嘘というのは数日中に知られることは、自明だった。


 しかし、私とIは笑顔でAを見送った。

 三叉路の一方へ歩き出したAの背中を私たちは満足げに見つめた。

 Aの背中が次第に遠のくと、Iはこらえきれなくなったらしく、私の背中をたたいて興奮をあらわにした。私も声を殺して笑い、作戦の成功を喜んだ。


 しかし、突然Aが足を止めた。


 私たちの様子が聞こえたのだろうか。

 そうではなかった。

 あまりにも距離が離れているから、よほど声を貼らなければ会話など聞こえないはずだ。


 では、どうしたのか。


 私とIは耳を澄まして、Aをじっと見つめた。


「あ、そうそう」


 Aは、そう言って振り返った。


「実はもう一つ、チョコレートがポストに入ってたんだよな」


「え?」


 Aは、ゆっくりと私たちに歩み寄りながら、バックに手を突っ込んだ。そうして、一歩、二歩と近づき、ついに私たちの目の前に戻ってきたときに、Aはバックから手を出した。


「これは、お前たちのいたずらだろ?」


 そう言って、Aの手に握られていたのは、透明なプラスチックの容器に入ったチョコレートらしきものだった。


 私は、背筋が凍った。


 先ほどまで騒いでいたIさえ息をのんでいた。Aは、一人で続けた。


「いやあ、全く手が込んでるよな、ホントに。わざわざ手作りのチョコレートでいたずらするか? お前らも意外と豆だよなあ。てか、こんなことする暇があるならさ、もっとモテる努力しろっての。ははは」


 Aは、私たちのいたずらを看破したと言って笑う。しかし、私たちはただ茫然と立ちすくむことしか出来なかった。

 違う。何を言っているんだ。お前の手に持っているソレは、俺たちのいたずらじゃない。


 そう言いたかった。


 しかし、体が動かない。まるで金縛りにあった様に、私たちは指先一つ動かすことが出来ず、上機嫌に笑うAを見ていた。

 私の頭に一つの疑問が湧いた。


 それは、一体誰が私たち以外にAにチョコレートをプレゼントしたのか、ということではなく、どうしてAは、そのチョコレートを私たちのいたずらだと思ったのか、ということである。


 Aの持っているチョコレートは一見して手作りである。おそらく、もとは梱包されていたのだろうと思われた。手の込んだ造りであることは、Aの言う通りであった。


 それにも拘らず、Aは手抜きの板チョコの方を本当のバレンタインチョコであると錯誤した。


 どうして?

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