第95話『ダスク・ヴィバーチェ』




 個室のドアが並ぶ廊下を白猫少女の案内で進んでいく。

 ここにある部屋の一つ一つに湯船が搭載されているのだろう。

 完成した内装はまだ確認してないし、後で見て回らないと。


 社会科見学気分で地味にワクワクしてる俺がいた。



 107号室と書かれた部屋の前で白猫少女が立ち止まる。



「確かこの部屋だったにゃんね。おーい、てんちょー。お客様にゃーん」



 コンコンと、白猫娘がドアをノックすると、



『ふ、ふらちものぉーッ!』



 部屋の中から女性の大声が響いてきた。そして、



 ドゴォッ!



 扉が吹き飛び、フルチンの男が勢いよく転がり出てきた。

 ファッ!? 

 なんじゃ!?


 オープン前の新築物件がさっそく壊れた!



「うぐぐぐ……痛い……」



 苦しそうに呻くフルチン男。

 なんだこいつ!?

 あ、よく見たら店長をやる予定のおっさんじゃねーか。


 老舗店でボーイを務め、ようやく店舗を任せてもらえるようになった、そんなプロフィールを持つおっさんじゃねーか!


「おい、何があった?」


「ああ、領主様……面接を……実技指導をしようとしたら……彼女がいきなり……」


 朦朧としながら答えてくるおっさん。


 実技指導ってなんだよ。

 


「その男をこちらに渡してくださいです! 早くすり潰さないと!」



 ペタペタと足音がして、107号室から続いて誰かが出てきた。

 それは先日、宿の前で見かけたポニーテールの水色髪少女であった。

 そして、少女はなんか露出の多いスケスケのドレス着ていた。


 外を歩ける格好じゃないし、店側が貸し出したのかな。


「ヒョロイカ卿。あの小娘を知っているのですか?」


「ああ、一週間くらい前に宿の近くで見かけたんだよ。大聖国のほうから来たみたいでさ」


「ほう、大聖国から……」


 ジャードはジトッと水色髪少女を睨み付ける。


 服装がアレなんだからあんまジロジロ見てやるなよ。


「早く渡すのです! 庇うようならば同罪と見做し、裁きを下すのですよ!」


 少女は顔を真っ赤にして怒りの形相を浮かべていた。

 涙目にもなっている。

 なんなのだ、この状況は?


 フルチンの男、涙目の女性……。

 店長、もしかして面接にかこつけてヤラシイことしようとしたのにゃん?

 俺が訊くと、


「い、いえ! 手順の確認や技術指導は必要かと訊いたら、是非にと答えたので実践しようとしたまでであって……断じて私欲を満たすためでは……!」


「それで! なぜ! こうなるのです! 仕事の手順や必要な技術の教示は願いましたが、意味がわからないのです! 私がこんな煽情的な服を着たり、あなたが脱いだりする必然性がまるで理解できないのですよ!」


 店長の弁明で少女はさらにブチ切れた。


 ん? なんかおかしくね? どこか話が噛み合ってないような?


「お前もしかして、ここでどういう仕事するか知らないで面接に来たの?」


「え? ここは『浴室で善良な行ないをする仕事』ですよね?」


 …………。


 店長、ちゃんと説明したのかよ。


「私はそこの男に『お風呂でイイことするだけで大金が稼げる仕事があるよ』『天井のシミを数えている間に終わるタイプの仕事だよ』『君ならきっとナンバーワン嬢になれるよ』と町で誘われて面接を受けに来たのですが」


 こういう商売って本当にそんな感じでスカウトするんだ!


 じゃなくて。


「まさか、て、てっきり伝わっているとばかり……」


 ハッキリ言ってないクセに相手が理解してると思い込んでたのは店長の過失だが、その誘い文句で察しがつかないのも逆にすごい気がする。


 イイことが善良な行ないに変換されるとかピュアすぎんだろ……。

 もしかして彼女はそういうことに疎い上流階級の育ちなのか?

 戦士としての心得がありそうだったが、意外と箱入り娘のように育てられたのかもしれん。



【名前:ダスク・ヴィバーチェ】

【職業:聖騎士 伯爵家長女】

【ステータス:剣術LV4 体術LV2 槍術LV2 水魔法LV1 風魔法LV2】



 伯爵家。

 やはり貴族階級か。

 けど、なんだこれ。


 聖……騎士?



「(ジャード、聖騎士って何?)」


「(聖騎士は大聖国の騎士で、聖女を守護する特選隊に属する者にだけ与えられる称号です)」


 盗み見たステータスの疑問点をジャードに小声で訊いていると、


「何をコソコソしているのです? そもそもあなた方は何者なのです?」


 水色髪少女もといダスク・ヴィバーチェは介入してきた俺たちを疑わしそうに見てくる。


「俺はここの領主、ジロー・ヒョロイカだよ。こっちは内政官のジャード」


 存在を忘れかけていた貴族の紋章をチラ見せして身分を証明。


「領主様でしたか! なら、そこの男を処刑してください! 早くすり潰してください!」


 すり潰さねえよ!


「なぜですか! そこの男がやろうとしたのは強か……」


「お前、いくつだ?」


「19歳ですけど……」


 日本だとギリギリ未成年だが。


 こっちでは成人……だよな多分。


「あのな、ここの仕事はな……」


 ごにょごにょごにょ。


「ひぃっ、ホントなのですか!?」


 俺はできるだけ具体的なワードを使ってしっかりと説明をした。


 知り合いじゃないからどう思われようと構わないスタンスです。







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