第94話『特殊銭湯』





 一週間が経った。



 俺は執務室でジャードと二人、領地に新しく開く予定の施設について話していた。



「そういえばヒョロイカ卿、先日販売を開始した屋敷ですが、早速一軒売れたらしいですよ」


 議題が一段落すると、ジャードがおもむろに報告してきた。


「マジで? 早くね? 一昨日くらいに売り出したばっかだろ?」


「ジゼル殿も驚いていました。彼女も今のニコルコで即売却になるとは想定していなかったみたいです」


「誰が買ったんだ? 領民? それとも移住希望者?」


「移住者です。女性とのことですが、現金一括払いで済ませたそうです」


 はえ~。

 マイホームをニコニコ現金一括払いとか豪気だな……。

 憧れるわぁ。


 俺も機会があればいつかやってみたい。


 キャッシュで! って言えたらカッコいいよな。



「平民が簡単に出せる額ではないんですがね……」

 


 ジャードが何かを考察するように目を鋭くさせていた。





 二人だけの会議が終わった後、俺たちは議題の施設を視察するために執務室を出た。


 屋敷の廊下を歩いていると、エレンが向こう側からやってきた。


「お、ヒロオカ殿! ジャードと二人で会議をしていると聞いたのだが。もう終わったのか? 何か決まったことはあっただろうか?」


「いや、それほどの進展はなかったかな……」


「む……そうなのか?」


 首を傾げて少しばかり逡巡したものの、エレンは了解したと頷いて通り過ぎて行く。


 彼女の姿がすっかり見えなくなってから、


「どうしてエレオノール嬢に隠したのですか……?」


 ジャードが訝しそうに視線を送ってきた。


「別に……あえて言わなくてもいいだろ?」


「他の女性陣にはともかく、町の治安維持を担当するエレオノール嬢に今回の件を伝えないのはありえないと思いますが」


「でも、なんかセクハラみたいになりそうでさぁ……」


「彼女は領主の娘です。それくらいの清濁は併せ持ってますよ」


「そうかぁ? なんか気まずくならないか?」


「は? そんなこと気に……いえ、ヒョロイカ卿に抵抗があるなら私の方から伝えますけど」


 …………。


 俺が言うよ。


 任せるのはちょっとダサい気がするから。







「着いたな」


「はい」


 町の外れ、魔境の緑に紛れ込むようにしてその新しい施設はあった。

 建物の高さは3階建て。

 西洋の城を安っぽく縮小したような外観。


 まあ、日本の高速道路の脇に見かける宿泊施設みたいなのを想像してくれ。


 軒先の看板には施設の利用料金が書かれている。



『50分20000ゴールド 80分30000ゴールド 100分38000ゴールド』


『指名料:5000ゴールド 延長:20分8000ゴールド』



 そうです。


 俺がエレンに言い出しにくかった案件……。


 それは『個室で二人きりになった男性客と女性従業員が、どういうわけか刹那的な自由恋愛に陥ってしまう大人向けの特殊銭湯』をニコルコに作ることだった。


 まあ、あれなのよ。

 冒険者ギルドができたり商人や旅人の行き来も増えたりしてきてね。

 そういう施設もそろそろ必要かなって話になったわけですよ。


 ちなみに異世界のそういうお店には風呂がセットという概念がなかったので(それは法律の違いで銭湯の形式にする必要がなかったり、風呂が一般的でないことが原因だったりする)、俺が口を出して現代と同じ湯船付きの形式を取り入れさせた。


 店で使用する湯はもちろん聖水である。


 不衛生な環境で営業してお土産を町中に配布されてはたまらんからな。







 俺とジャードはオープン前の店内に足を踏み入れる。

 店内は窓が少なく照明が弱かった。

 イケナイ雰囲気を醸し出すためにあえて暗くしてるのかな?


「ちぃーっす。あなたの町の領主が視察に来ましたよ!」


 …………。


 …………。


 声をかけたが、誰も出てくる気配はない。


「留守なのでしょうか……? 不用心ですね」


 ジャードが目を細めながら呟く。


 受付のカウンターは空っぽで、客もまだ入っていないため店内は静まり返っていた。


「あ、呼び鈴があるぜ。これで誰か来るだろ」


 俺はカウンターの台に置いてあったベルをチリンチリンと鳴らした。


 すると、


「はいはーい」


 パジャマ姿の少女が受付奥にある扉からダルそうに出てきた。

 猫獣人の少女かな?

 少女には白い尻尾と猫耳っぽいものがついていた。


「あれぇ? 黒い髪のお兄さん、ひょっとして奴隷商で会ったお兄さんにゃーん?」


 猫獣人の少女は俺のことを知っているような口振りであった。

 誰だ? 奴隷商……? うーん……? あ、そっか。あれじゃん。

 ウレアの奴隷商でベルナデットと一緒に紹介された寝技が得意な子だわ。


「どうして君がここに?」


「どうしてって、そんなのここで娼……げふんげふん、お客様の入浴を介助する従業員として働くことになったからに決まっているのにゃん」


 なんと、あそこにいた少女がニコルコで働くことになるとは。

 バルバトスといい、知った顔が続けてやってくる。

 あと、ちゃんと言い直したのはポイント高い。

 教育が行き届いてるな。

 ニコルコにあるのはあくまで特殊な銭湯だからね。


「よかったらよろしくにゃーん、うっふーん」


 白猫娘は投げキッスを飛ばしてきた。

 お、おう……。

 こういうアピールをしてくる異性は俺の周りにはいないからある意味新鮮であった。


「お兄さんたち、せっかく来てくれたけどオープンはもうちょっと先にゃーよ?」


「いや、俺たちは客じゃなくてさ。ここの店長はいるかな?」


「店長にゃーん? なんでまた?」


「領主のヒョロイカが視察に来たって言えばわかるよ」


「えー? お兄さん貴族様だったにゃんか? すごいにゃんねー! 御贔屓にしてくれると嬉しいにゃーん」


「ははは……」


 俺はジャパニーズの民族奥義『考えておく』『行けたら行く』を用いて曖昧にぼかす。


 で、店長は?


「店長なら面接にきた女の子の相手をしてるにゃん」


「面接?」


 営業に必要なキャストはすでに揃えてあると聞いていたが?

 いや、随時募集をするとも言ってたっけ。

 だったら別に普通か。


「面接はどこでやってるんだ?」


「えーと、こっちにゃーん。うっふーん」


「…………」


 なあ、思ったんだけど。


 その、うっふーんていうの、口癖なのにゃん?






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