第20話 チケット

 十二月に入ってすぐ、有村家に少し早いクリスマスプレゼントが届いた。

 バーンと勢いよくドアが開かれると、レイチェルがすぐに「ノック!」と叫ぶ。

 入ってきたサンタクロース、ではなく徹也は、妹からの抗議などどこ吹く感じで得意気な笑みを浮かべている。

 勉強の邪魔をされたレイチェルが不機嫌に「なによっ?」と聞く。

「俺はやったぜ!」

 徹也は叫ぶと両の手を突き上げ、天を仰ぐ。

「えっ?お兄ちゃんどうしたの?」

 ヘッドホンを付けてパソコンに向かっていた梓が、ようやく兄の乱入に気が付いた。ちなみに、パソコンは最近入ったギャラで買ったもので、謝蘭華が考えてくれたイベント用のダンスの振り付けをチェックしているところだった。

「聞いて驚け」

 もったいぶった口調に妹達は「心底うざい」と思うが、黙って続きを待ってやる。

「合格しました!」

 天に向けていた両手を、親指を立てて突き出して来たのは最大級でうざかったが、そのうざさが飛んで行ってしまうほどの報告だった。

「ええっ!」「本当に?」

「慶愛大学の推薦入試で合格しました!」

「やったね!」

 レイチェルは勢いよく立ち上がり、徹也に駆け寄るとハイタッチする。梓も負けじとハイタッチする。

「おめでとう」

「俺はやったぜ!」

 騒々しく、足を踏み鳴らしながら三人でハイタッチをしまくった。

 喜びの時間は「ずるい!」というレイチェルの唐突な叫びで打ち破られた。

「私はまだ終わってないのに!」

 レイチェルは愕然とした表情で続ける。高校入試はまだまだ先であることを思い出したのだ。

「悪いが俺は一足お先に苦難の日々から解放された!後残り四ヶ月の高校生活を満喫させてもらう。お前は後三ヶ月、一生懸命に勉強を続けるがいい。俺も通って来た道だ」

 得意満面な徹也の足もとに、レイチェルはがっくりと膝をつく。

「私も推薦受ければ良かった……」

「さっさと志望校を決めないからそういうことになるんだ」

 レイチェルは志望校を決めかねている間に、推薦の募集期間が過ぎてしまったのだ。もっとも、推薦してもらえるだけの成績があったのかは不明である。

「なによ。お兄ちゃんだって一芸入試かなんかでしょう。鼻毛でチョウチョ結びでもしたの?私はそこまでして受かりたくない。たかが入試でそこまで自分を捨てられない!」

「俺がそんなことしてるの見たことあるのかよ!ちゃんと小論文と面接受かったんだよ!」

「どうぜ全部ケンタロさんに教えてもらったんでしょ」

 妹の鋭い一言に兄は胸をぐさっと刺されるが、すぐにその胸を張って言い返す。

「確かに、健太郎さんのおかげであることは否定できない」

 健太郎神を見上げるかのように、何もない斜め上に向けられた目は清々しい。

「尊敬するあの人と同じ学び舎に通いたい。その一心で頑張っている俺を、あの人は、忙しいのに、俺なんかの為に時間を割いて色々と教えてくれたんだ。だからこの合格は健太郎さんのおかげであることは間違いない!いや、健太郎さんが合格したと言っても良い!俺はこの合格を健太郎さんに捧げる」

 兄のぶっ飛んだ演説を妹達が唖然と見ていると、廊下からゆっくりとした拍手が聞こえてきた。

「光栄だけど、この合格は君の力で掴んだものだ。徹也くん」

「健太郎さん!」「イケメンだ!」

 健太郎は開け放たれているドアをさわやかにノックする。

「上がらせてもらっているよ」

「どうしてここに?」

「君が合格したという話を聞いてね、一秒でも早く喜びを分かち合いたかったんだ。家族でお祝いをしているところに来てしまって、もしかしてお邪魔だったかな?」

「とんでもありません。こいつらなんか気にしなくて良いんですよ」

 妹達は、合格した喜びを誰かに伝えたくて、自分達の部屋に飛び込んできた兄を冷たい目で見る。

「それじゃ未来の後輩に、お祝いをしたいんだけど、今から出られるかな?」

「もちろんです。ちょっと待っていて下さい」

 部屋から飛び出して行った徹也を見送った健太郎は、残された二人にさわやかな笑みを向ける。

「お兄さんを少し貸して貰うね」

「私が合格した時も、お祝いしてくれますか?」

「もちろん。喜んで」

 健太郎がレイチェルのお願いににこやかに応じていると、廊下の向こうから「お待たせしました」という慌ただしい声が聞こえてくる。

「それじゃ、勉強頑張って」

「ありがとうございます」レイチェルはニコニコと手を振り、梓は軽く会釈をして見送った。

 急かす徹也と宥める健太郎の声が聞こえてくる。一階の玄関のドアが閉まる音がした後、静寂が戻ってきた。

 レイチェルは眼鏡を両手で少し押し上げた後、パッと離して鼻に落とす。

「勉強しようっと」

「ガンバレ」

 梓は立ち上がり、開け放たれたドアを閉めた。廊下は少し肌寒かった。

 机に戻り、ヘッドホンをかけようとしたところでレイチェルがぼそっと呟いた。

「私が後輩になったら嬉しい?」

 悩みに悩んだ末に、レイチェルは第一志望を桃陰高校にした。

「うん。いっぱいお祝いしてあげる」

「約束だよ」

 レイチェルは参考書に目を向けたまま呟き、梓は小さく「うん」と頷いた後ヘッドホンをかけ、停まっていた動画を最初から再生した。


       *


「掃除終わりました」

「ありがと~~~助かる~~~」

 部屋に戻ってきた花月に聡子が手を合わせる。

「今日はやりがいがありましたね」と花月は小鼻をふくらませながら言う。頬も少し赤くなっている。皮肉ではなく、思う存分掃除ができて満足しているのだ。

「本当にありがとう」

「一時期はちょっとましになったけど、また元に戻っちゃったよね。むしろ今日はかなり酷かったんじゃない?」

「仕方がないでしょ。最近、本当に忙しいんだから」

 梓の指摘に、聡子は強く訴える。

「ニートが忙しいとか!」と言われて、聡子は怒った顔をする。

「誰のせいだと思っているの!梓がいっぱいイベントに参加するから、その事務手続きを全部私がやってるんじゃない。人に全部押し付けているから知らないだろうけど、事務手続きも結構面倒くさいの。イベントによって条件も、必要な書類も違うし、セッティングのやり取りも面倒だし。訳の分からない怪しい事務局もあるし」

「怪しい事務所があった?その辺、結構気を使って調べたんだけど」

 ベッドに座り、自分のノートパソコンを開いて動画編集作業をしていた多佳美が口を挟んだ。

 ちなみに部屋の真ん中に置かれたローテーブルには梓と聡子が向かい合って座っており、梓の前にはタブレット端末、聡子の前にはノートパソコンがある。聡子はイベント事務局宛てのメール作成中であり、梓はペイントソフトで和の絵にベタ塗りやトーン張りを行っている。そして和は机で一心不乱に紙に鉛筆を走らせていた。梓はクリスマスイベントで忙しいが、和も冬コミ用の原稿で非常に忙しく過ごしていた。

 和は下書きまでは紙と鉛筆で行い、それをスキャナで取り込んだ後、ペン入れと仕上げはペイントソフトで行っている。最初から全てを電子媒体で行わない理由は、授業中に液晶タブレットで絵を描くわけにはいかないからだ。

「いや、結局は担当者がよく分かってなかっただけで、代表の人に代わってもらったらすぐに通じたから、大丈夫だったんだけど」

「そう。良かったわ」多佳美はほっとした後、きっと顔を引き締める。「でも、本当に怪しい人達だったり、実際に危害を加えられそうになったら言って。なんとかするから」

「たっかみーのなんとかするからは、本気そうで怖いなー」

 たははと笑う花月に、日本を代表する財閥の会長を父に持つ多佳美は真面目な顔で答える。

「大事な友達を守る為ならなんだってやるわ」

 多佳美の重たい回答に重たい空気が漂いそうになったところを「うん、ありがとう」と梓が明るくやわらげた。

 慌てた感じで聡子が続く。

「そ、そうね。その時にはお願いね。それで、それはともかくとして、私も色々と大変だって分かって欲しいの!」

「うん。いつもありがとう」

 梓にあっけらかんと返されて、聡子は気を削がれてしまう。

「ちゃんとお給料は払ってるでしょ」

 多佳美に言われ、すねた感じで返事をする。

「ありがたくいただいているけどね。それには感謝しているけど、雇用者には従業員を労わる義務があると思うの」

「でもニートだし」と梓がすかさずつっこむ。

「だからっ!こんなに仕事してたらもうニートじゃないってことよ!」

「ニートでなくなったんなら良いんじゃないの?」

 花月が素朴に訊ねる。

「いや、ほら、ちょっと良いように聞こえるかもしれないけど、ニートとしてのアイデンティティが失われるような感じがしない?」

「ニートとしてのアイデンティティって何?」

「何?って訊かれても困るんだけど」

「やることができたならいいじゃない」

「やることはできたかもしれないけど、やりたいことではないんです!」

「やりたいことをやって」

 梓はきっぱりと言い切った。

 聡子は真剣な笑顔を正面から受け止めて、目を真ん丸に広げる。花月と多佳美も梓を見、和の手の動きも止まった。

 朗らかに梓は言う。

「やりたいことができたなら、そのやりたいことをやって。いつでも言って。あのね、やりたいことをやるのが一番だと思うの。今はお姉ちゃんの助けが無くなったら困るけど、でも本当にやりたいことができた時は、そんなことを気にしないでやりたいことをやって」

「え、えーとじゃあ……」

 聡子は梓の真面目な言葉に動揺しながら希望を述べた。

「カラオケに行きたい」

「却下!」梓は一刀両断する。

「やりたいことをやれって言ったじゃない!」

「だって今は委員長が行けないもん」

「……そっか」

 唐突に友達想いなところを見せられて、釈然としない気持ちになったが、そう言われれば引き下がるしかない。

 ギギギギギと音がするので何かと思ったら、和が凝り固まった首を回してこちらを見ていた。眼鏡のレンズに光が反射して白く見える。

「私のことは気にしないで、行って来てください」

 恨んでいるのではなく疲れているだけだと思うが、おどろおどろしい口調に聡子は慌てて手を振る。

「言ってみただけだから。大丈夫」

「そうですか」そう言って和はまたギギギギギと首を回し、猛然と鉛筆を走らせ始めた。

 こうなると聡子はもう何も言えなくなり、泣く泣く仕事へと戻った。


       *


 十二月二十三日、梓と花月と聡子はクリスマスイベントに参加するために東京にいた。主な出演者はテレビによく出ている人気者ではなく、地下アイドルやご当地アイドル、マイナーバンド、そしてネットを中心に活動する歌い手やボーカリストを使う作り手達だ。ごきげんビデオの公式イベントではないが協賛しており、有志によってネット配信もされている。

 気の早いところでは十一月の終わりからクリスマスイベントは開催されており、この一ヶ月間ARIAはそれらのイベントに出まくってきた。地元の阿倍野市だけではそんなにイベントは開催されていないため、隣の市や県へも遠征してきた。娘の歌い手活動を認めた梓の母親は最初、娘が遠くまで出かけていくことに反対していたが、多佳美の誠意ある説得によって、日帰りなら、という条件付きで認めてくれた。

 東京でのイベントは今回だけであったが、残念ながら多佳美はどうしても抜けられない家の用事で欠席だった。和は冬コミ準備のラストスパート中である。


「でも、たっかみーは来られなくて良かったかもね」

 花月は辺りの惨状を見回しながら呟く。

 非常に多くのアイドル、アーティストが参加するイベントのため、それぞれの楽屋などもちろんなく、全員が大部屋に押し込められている。メンバーが十人以上いるアイドルグループも珍しくなく、楽屋はギュウギュウ詰めで、しかも若い女の子達が気ままにしゃべり、歌の練習をし、気合いをいれ、言い争いをしていたりするので非常に騒々しい。

 さらにその間をマネージャーや事務所関係者、イベントスタッフにごきビデのスタッフ、各種マスコミ関係が蠢いている。一応関係者パスが発行されているのだが、人の出入りも激しく、不審者が紛れ込んでいたとしても発見するのは困難であろう。

「悪目立ちしたでしょうね」と聡子が同意する。

 こんな状況であっても、モデル並みの美貌とプロポーションを持つ多佳美は目を引いたことだろう。スカウトが殺到して、更なる混乱を生み出したに違いない。

 花月と聡子は座る場所を確保できず、梓が座るパイプ椅子の前に身を寄せ合って立っている。桐子が作ってくれた赤いドレスに身を包んだ梓は目を閉じてヘッドホンでこれから歌う曲を聞き、ご機嫌そうに体を揺らしながら小さな声で歌っている。

「クロマニヨンベイビーさーん、よろしくお願いしまーす」

 スタッフが入口で声をかけると、先ほどまで口汚くののしり合っていた三十人ほどのグループが声を揃えて「ウッホー」と明るく返事をし、部屋の一番奥から入り口に向かって民族大移動を始めた。大人数が抜けたので少しはスペースができるかと思いきや、すぐに場所取りが始まり、更には新たなグループが部屋に入ってくる。

「あっ」

 後ろからぶつかられて、小柄な花月は体勢を崩して梓の方に倒れた。

「ご、ごめん」

 謝る花月を、ヘッドホンを外した梓は「大丈夫?」と気遣う。

「大丈夫だよ。ありがとう」

「なら良かった。……後どれぐらいかな?」

「さっきクロマニヨンベイビーが呼ばれたから……」

 聡子は上着のポケットからスケジュールシートを取り出して確認する。

「後五組、三十分ぐらいね」と言い、時計を見てから少し顔を顰める。

「けっこう押してるわね」

「混乱してますもんね」

 梓と聡子は、花月の視線の先にある天井からぶら下げられているモニターを見る。そのモニターでは固定カメラで撮影しているステージの様子が音を消して流されていた。

 各出演者の持ち時間は七分であり、入れ替え時間には一分取られている。音源は事前提出制のため、歌で時間オーバーすることはないのだが、マイクパフォーマンスは長くなりがちであった。

 司会者は早く退場するように促すのだが、素直に応じる者は少なく、無理に退場させようとすると怒ったファンがステージに上がり込んでスタッフと喧嘩を始めることもあった。

 モニター内では十五人のグループが退場しようとしていたところに、クロマニヨンベイビーが早めに入ってきてしまい、ステージ上で交通渋滞が発生していた。

「大変だ」

 聡子はうんざりとした表情を浮かべる。

「皆、自分の歌を聞いて欲しいんだよ」

 ざわめきの中で、梓の静かな言葉はすっと花月と聡子の耳まで届いた。

 歌を聞いて欲しい?そんなことは当たり前ではないか。

 なぜ急にそんな当たり前のことを言ったのか。

 聡子がそれを訪ねようとした時、「アリアさーん、よろしくお願いしまーす」というスタッフの声が聞こえてきた。

「はい!」

 梓は立ち上がって手を上げる。

「早くない?準備できてる」聡子が時間を確認しながら言う。

「うん、行ってくる」

 梓は笑顔で答えた。

「ここから先は私だけで大丈夫だから、二人は席で聞いてて」

「分かった」「頑張って」

 二人に送り出されて、梓は笑顔でスタッフの元に向かった。

「梓ちゃんて、本当に緊張とは無縁ですよね」

「あの強心臓っぷりは羨ましいわ」

「聡子さんもけっこう強そうですけど」

「とんでもない。ただの臆病者よ」

 ふっと聡子は鼻で笑う。

「さてと」荷物を持ち上げて出口を見る。

「ここからが大変ね」

「そうですね」

 会場には関係者席も用意されているが、そこでも席の争奪戦が繰り広げられているし、そこに辿り着くのも一苦労である。

 二人は気合いを入れて、一歩を踏み出した。


       *


 会場の外に出ると、暗い空に雪が舞っていた。

「ホワイトクリスマスだ!」

「のんきなこと言ってるんじゃない!急いで!」

 梓を叱咤して先を急いだ聡子は、すぐに目の前の光景に唖然とした。

「なによこれ」

 タクシー乗り場には長蛇の列ができていた。待機している車もいない状態だった

「これはちょっと時間がかかりそうですね」

 横に並んだ花月も表情を曇らせる。

「流しは捕まえられないわよね」

 道路を見回してみるが、空車で走っているタクシーは無い。

「無理っぽいですね。駅まで走りますか?」

「ううん……」

 この会場は電車の駅からは少し離れた位置にあった。荷物を担いで雪の中を走るのは大仕事だ。しかしあまり悩んでいる時間もない。ステージが押しまくったおかげで終了の時間がかなり遅くなってしまい、最終の新幹線の時間にはギリギリだった。

「仕方がない。走るか」聡子は荷物を担ぎなおす。

「ごめんね、付き合ってもらっちゃって」

 今夜、花月は東京の母親の家に泊まる予定のため、梓達に付き合って走る必要はないが、小さな体にはとても大きく見える荷物を背負って、走る気満々の顔を見せている。

「当り前じゃないですか。行こう、梓ちゃん」

「うん」と走り出そうとした三人の目の前に、銀色の大型SUVが急停車した。

 助手席の窓が開き、見知った顔が出てきた。

「何をしてるんだい?」

「パパ!どうしてここに!」

 現れたのは花月の父であり、有名音楽プロデューサーの吉本修二だった。

「僕が関係している子がここのイベントに出ていてね。それで?急いでいるように見えたけど」

 修二は落ち着いた口調で訊ねてくる。

 聡子がずいと一歩前に出て、早口でお願いした。

「すみません。最終の新幹線に乗りたいので、駅まで送って下さい」

「もちろんだ。早く乗って」

「ありがとうございます」三人が急いで乗り込むと、車はすぐに発進した。

「品川で良いかな?」修二が助手席から後部座席を覗き込んでくる。

「はい」

 聡子の返事に、修二は運転席に座る大柄な黒人に急ぐよう指示する。

「デニスさんこんばんは」

 花月が運転手に声をかけると、チッチッチッと指を振られる。

「ノーノー。私はジェイコブです」

「あれ?また間違えちゃった。ごめんね」

「ノープロブレムです。デニスは胸にリザードのタトゥーがいます。俺はドラゴンです」

「服着てたら見えないじゃん」

 花月はそう言って、ジェイコブと一緒に大きな声を上げて笑った。

「これがアメリカンジョークなの?」と頭を捻っている梓に、修二が声をかける。

「梓ちゃん。今日のステージ良かったよ」

「ありがとうございます」後部座席の真ん中に座る梓は頭を下げてお礼を言う。

「アウェイであれだけのステージができれば大したもんだ」

 地元の阿倍野市とは違い、東京にはARIAの固定ファンはそれほど多くない。しかも今日のイベントの観客はどちらかというとアイドル系のファンが多かった。

 そんなアウェイ感が強い中、ARIAはステージを大いに盛り上げて見せた。

「うちの子達は全く歯が立たなかったよ」

「うちの子って誰だったの?」

 修二は娘の疑問には答えずに話題を変える。

「梓ちゃんも大したものだが、君の友達はもっと凄い。AgOgが紅白歌合戦に出ることが決まったよ」

 突然のビッグニュースに三人は驚く。

「ミニコーナーでの出演だけどね。とは言っても大偉業だよ。瘡乃刃くんは大したものだ」

「わこちゃんが紅白……」

 梓はその言葉をかみしめる。

「彼は大したものだが、それに感心してばかりもいられない。ところで聡子さん」

「は、はい」突然名前を呼ばれて、声を上ずらせながら答えた。

「僕は君に一つ貸しがあったよね。今回のも合わせれば二つか」

 修二は一本立ててた指を、ぱっと二本にする。

「はい……」

 借りたお金は花月を通じて返却済みだが、貸しが残っているのは確かだ。勿論返すこと自体はやぶさかではないが、この流れでどんな要求をされるのかと身構える。

「うちの子達じゃAgOgには勝てないことが分かったからね、代わりにちょっとやっつけてきて欲しいんだ」

 そう行って修二は一枚の紙片を差し出してきた。梓が受け取って三人で内容を見る。

 それはごきビデが主催する一番大きなイベント『ごきげん大図鑑』への出演依頼チケットだった。

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