第19話 昼休み
散らかったテーブルの上でスマートフォンが軽い電子音を立てる。テーブルに突っ伏して寝ていた聡子は薄く目を開けた。カーテンが開けっ放しになっている窓から差し込む光は明るく部屋を照らしている。
「んん……」
呻きながらスマートフォンを手に取ると、梓からLINEが届いていた。
『お姉ちゃんおはよう!打ち合わせよろしくね』
しかめ面でメッセージの横の送信時間に目を向ける。察するに三時間目が終わった後の休み時間に送って来たのだろう。
「あああああああああああ」聡子は大きな声を上げた後、最後に「くしょん」とくしゃみを付け、ぶるぶると身体を振るわせた。風邪かな?と思うが、今はそれよりも大事なことがある。
「遅刻だよ」
金髪の頭をがしがしと激しくかいてから、部屋を飛び出し、廊下を通ってクローゼット代わりにしている隣の部屋に飛び込む。部屋着を脱ぎ捨てると洗面台に飛び込んで顔を洗う。鏡を見ると、顔には思いっきり手の跡が付いているが直るのを待っている暇はない。若いぴちぴち肌の回復力に期待だ。
クローゼット部屋に戻ると、クリーニング店のビニールを勢いよく破り、取り出したスーツを着る。二年前、大学三年生の時に就職活動のために親に買ってもらった紺色の地味なリクルートスーツだ。本格的な就活を始める前にニートに突入してしまったため、本来の目的にはほとんど使われなかったが、ここのところ大活躍している。
部屋に戻ると、テーブルの上とその周辺に散らばっている書類を適当に鞄に突っ込む。
「判子と、名刺と……」
呟きながら鞄の中を確認すると、奇跡的にその二つがあるべき場所に鎮座していた。
「今日の私は絶好調!」
寝坊したことを忘れたかのように景気付けの声を上げると化粧ポーチを突っ込んで、鞄の口を閉じる時間も惜しんで家を飛び出る。
その途端に改めて身体を振るわせる。最近、気温が一気に下がってきた。
角にあるドーナツ店は、ハロウィンが終わったばかりだというのにすでにクリスマス風に飾り付けされている。朝食として買っていこうかと思ったが、ちょうどタクシーが通りかかったので勢いよく手を上げて止め、すきっ腹を抱えながら乗り込む。
『おはよう。行ってきます』
運転手に行先を告げた後、梓にチャットメッセージを返した。勘が良い彼女なら聡子が寝坊したことに気付いたかもしれないが、返ってきたのは応援旗を振るハムスターのスタンプだけだった。
行儀が悪いなと思いながらもコンパクトを開いて化粧を始める。濃い顔立ちは、薄化粧でもそれっぽく見えるから楽だなと最近気が付いた。
化粧をする手を止めずに昨夜から今朝にかけて作成していた書類の内容を思い出す。これから「あやパー姉さんのテーマソング」の二次使用に関する契約に行くのだ。梓がCDデビューしたのは喜ばしいことだが、それには金銭問題と契約問題が絡んでくる。音楽業界に強いコネのある吉本花月や、家にお抱え弁護士がいる奥多佳美に頼めば簡単に解決できたであろうが、梓達はできるだけそれらの力を使わず、自分達で解決することを選んだ。とはいえ現役女子高生である彼女達にはできることに限界があり、結局はニートとはいえ一応大人である聡子が走り回ることになっていた。
しかし聡子は押し付けられた仕事をやっている今の状況が嫌ではなかった。むしろ、社会復帰をするきっかけをくれたと感謝していた。一人で部屋に閉じこもっていた日々から引きずり出してもらったのだ。自分勝手でマイペースに見えて、変なところで気が回る梓がそれを意図していたかどうかは分からない。意図的であろうとなかろうと、やることがあるのは悪いことではないと思える。
「それじゃ気合い入れていきますか、弥生」
コンパクトをパチンと閉めて窓の外の空に呟く。
このスーツを着ると、就活と一緒にもう一つのことを思い出す。ニートになるきっかけ……
美章園弥生の綺麗な死に顔だ。
*
桃陰高校の昼休み。生徒が賑やかに行きかう廊下をお手洗いから一年A組の教室に戻ってきた和は、おやっと思った。窓際のいつもの場所では、花月が一人でお弁当箱を広げている。
「梓ちゃんとたっかみーはどうしたの?」
いつもは四人で昼食を取ることが多い。さぼり癖のある多佳美が学校に来ていればの話だが。
「平野さんが衣装ができたって言ってきたから、家庭科室に行ったわ」
「ああ」和は納得する。
「花月ちゃんは行かないの?」
「だってお腹が空いてるんだもん」と大きな卵焼きを頬張る。小学生女子並みの身長しかない花月であるが、その前にある弁当箱は男子のもの箱並みだ。それだけ食べるのに体は小さいままなのだから、非常に新陳代謝が高いと言える。
「休み時間にソイバーを食べてなかったっけ?」
「あんなんじゃ全然足らないよ」そう言いながらご飯をかき込む花月を微笑ましく見ながら、和は自分の弁当箱を開く。二段重ねの通常の女子サイズだ。
「おー、今日も豪華だね。頑張ってるー」
中身を覗き込んできた花月が褒めてくれる。
「ありがとう。でも、豪華ではないよ」
「自分で作ってるんでしょ。すごいよ。もう一ケ月は続いてるよね」
「そうだね」と答えながらつくねを口に運ぶ。甘いたれと絡み合って美味しい。心の中で自分に拍手を浴びせる。
和はしばらく前から自分で作ったお弁当を持って来ていた。ネットで見たキャラ弁を見て自分でも作ってみたくなり、実際に作ったのだが、まずは料理の腕を上げなければならないと痛感した、と説明していた。
「つくねを一つもらって良い?」
和は快く了解し、代わりにきんぴらごぼうをもらった。
「花月ちゃんのご飯もいつも美味しいよね」
「専属コックがいるからね」
花月はすまして答える。
母親が単身赴任をしている花月の家では、音楽プロデューサーである父親のスタッフの一人が料理を担当しており、他のスタッフの分も含めて、吉本家の食事の全てを作っている。本来は音楽関係のスタッフのはずなのだが、大体買い出しに行っているか、調理をしているか、後片付けをしているかなので、専属コック扱いされている。早起きして花月のお弁当も作ってくれている。
「一度教えて欲しいな」
「宏樹に?委員長十分に上手だし、そんな必要ないと思うけど」
「ううん。宏樹さんのは下ごしらえもしっかりしてあるし包丁の入れ方も上手だし。私なんかまだまだだよ」
「ふーん」料理をしない花月は納得のいかない表情で箸で掴んだきんぴらごぼうをあちこちの角度から眺めた後、やっぱり分かんないという感じで口に運んだ。
「だったらおいでよ。だいたい料理をしているけど、たまにパパの修羅場に付き合ってスタジオに入ったりしているから、一応事前確認は取ってね」
「本当に?ありがとう」
「どういたしましてごちそうさま」
お弁当を食べ終わった花月は手を合わせて蓋を閉め、廊下の方に目を向けた。
「梓ちゃん達帰ってこないね」
「そうね。また、たっかみーが細かい注文をつけているんじゃないかな」
「ありそー」
「私はもう少しかかるから、花月ちゃん行ってきても良いよ」
「え、うーん……止めとく」
花月は腕で頭を抱え込んで悩んだ後、そう結論を出した。
和が眼鏡の向こうからの理由を問う眼差しを送ると、ためらいがちに口を開く。
「平野さんて苦手なんだよね」
「そうなの?」
意外な理由に和は首を傾げる。
平野桐子は良い意味でも悪い意味でも地味で目立たない生徒だ。そんな彼女が存在感を示したのは、文化祭での劇の準備中だった。高鷺宇美が脚本を書いた劇のタイトル「十一人の白雪姫と七人のドワーフ」の意味するところは、少なくとも十八人分の衣装が必要だということだ。簡単に予想されるその膨大な作業量に、当初よりファッションセンターしまむらでそれっぽい服を買ってくることが主張されたが、桐子はどこからか安い生地を大量に仕入れてきて、クラスメイトからある程度の助けは借りつつも、ほとんど一人で縫い上げてしまった。
その圧倒的な洋裁技術に株が一気に上がったが、文化祭を境にその熱は冷め、桐子も大人しく元いた地味なポジションに戻っていった。
ハロウィン前には何人かが仮装衣装の制作を頼みに行ったが、先約があると断っていた。先約とは謝蘭華と梓(ARIA)のステージ衣装だったため、頼んできた者も大人しく諦めてくれた。
そして引き続き、クリスマスイベント用のステージ衣装の制作をお願いしていた。
和はハロウィンの衣装合わせの時を思い出し、言われてみれば花月と桐子が会話することはなかったのを思い出す。しかし和も桐子とは二言三言言葉を交わしただけだし、おかしなことではない。
「平野さんがどうってわけじゃないの」
もじもじしながら花月は説明する。
「目が隠れて見えないぐらい前髪を伸ばしてるでしょ。あれが、パパを思い出して嫌なの」
和は花月の父、吉本修二の顔を思い出しながら戸惑う。
「確かに前髪は長いけど、髪形も雰囲気も全然違うんじゃない?」
「全然違うけど、なんか思い出しちゃうの」
「そっか……。お父さんと仲良さそうに見えたけど」
「別に悪いわけじゃないよ」花月は机の上で組んだ腕の上に頭を乗せる。
和はそれ以上訊ねることはせず、お弁当の残りを食べた。食べ終わったタイミングで花月が再び口を開いた。
「今まではっきりとは言っていなかったけど、パパからは結構助けてもらってるの。機材を使わせてもらっているのはあるけど、音楽的な……助言とか、アドバイスとかをしてもらってるの」
和は黙って頷く。そうだろうな、とは薄々気が付いていた。花月は製作途中の曲を聞かせてくれるのだが、ある時突然がらりと良くなることが何度かあった。曲全体の雰囲気は変わらないが、ちょっとした変更で、その曲がとても聞きやすいものに変わる。
多佳美や聡子も気がついてはいただろうが、絵を描く和にはさらにそれが良く分かった。作品において、売れるための、皆に聞いてもらうためのポイントを抑えるのがプロのテクニックだ。それらはある程度体系立てて理論化されているので、誰でもそれに従って創作することができる。しかし、それに従うだけでは今度はありきたりのつまらない曲になってしまう。
日本のポップミュージック界で音楽プロデューサーとして何年も活躍している吉本修二はそのさじ加減が、バランス取りが抜群に上手い。
短期間で人気ランキング上位に入り込んだ歌い手 ARIAの作詞作曲を担当している作り手 フラワームーンの父が吉本修二だということを知ればコネだ七光りだと叩く者もいるだろうが、和はそうは思わない。
ちょっとした変更でこれだけの人気を得られるような曲を作ったのが花月であることを知っているからだ。花月がどれだけ苦しんで、悩んで、そして楽しんで曲を作っているかを知っているからだ。
「もちろんパパが凄い人だってのは分かってる。身内じゃなかったら、遠い存在で、アドバイスしてもらうなんてとんでもなくて、話もできない人なんだって分かってる」
和は話を聞きながら「花月ちゃんはまじめすぎるのよね」と思う。小学生男子みたいな外見のくせに、やんちゃさが足りないのだ。
でもそんなことは言わずに「凄い人だもんね」と同意する。
「運が良かったよね」と加える。
「運……なのかな?」
「子供は親を選べないって言うじゃない」
「親であることに不満があるわけじゃないの。いや、一般的な親としてはパパもママも失格なところが多いと思うんだけど、でもそれは良いの。二人のことは好きだし」
言ってから、恥ずかしそうに花月は首の後ろをかく。
「えーとね。アドバイスをしてもらえるのは、とても嬉しいの。でも、そのアドバイスの仕方が腹が立つの!」
「細かいことを何度も何度も指摘して、なのにどうすればいいのかを具体的には教えてくれないし、かと思ったら急に勝手に全部直しを入れちゃったり、口調は丁寧なんだけどいつになったら分かるんだみたいな感じだし!」
なんだ甘えか。と和は悟って急速に興味を失った。そしておそらく花月自身も甘えなのだと、もしかしたらそれが甘えなのだとはっきりとは分かってはいないかもしれないが似たような感情なのだと気が付いているのだろう。
そしてこれは気付いていないかもしれないが、花月が本当に腹を立てているのは父親ではなく、自分なのだ。
男子がそんな葛藤を抱えて苦しんでいるのであればそれは和の大好物だが、花月は外見は小学生男子でも中身は女子高生だ。となれば和の嗜好的にはおいしくない。
「そんな感じなんだ」
「そうなの。ひどいでしょ!」
「大変だね」
「そう。大変なの!」
「分かるよ。私もネットで良く叩かれるし」
「叩かれる」花月は目をつぶって腕組みをし、うんうんと頷く。
「気にしたら負けって分かってるんだけど、気になっちゃうよね」
「見なきゃいいんだって分かってるのに、ついつい見ちゃうんだよね」
「そっか、委員長も一緒か」
花月は少し嬉しそうに笑う。
「やっぱり気になっちゃうからね。そういう点では、梓ちゃんは凄いよね。全然、人の評価を気にしないんだもん」
「いやーでも梓ちゃんは……」和の梓評に花月は苦笑する。「野上さんしか見てないから」
「そうね」と和も苦笑を返した後で続ける。
「でも、梓ちゃんも変わったよね。ハロウィンイベントの後のこと、私びっくりしちゃった」
「うん、びっくりした」花月は目を大きく開けながら同意する。
*
ハロウィン近くの土曜日、ARIAはあやめ池パークのハロウィンイベントに参加し、ミニライブを行った。
あやめ池パーク自体の人気が上がっていることもあり、お客さんの入りは上々で、ライブも大いに盛り上がった。桐子に頼んで作ってもらい、一曲ごとに衣装を変えたことも、お客さんを喜ばせた。
ARIAはあやパー姉さんと並んで、すっかりあやパーの顔と言える存在になったように思えた。
しかし、
「お断りします」
多佳美のはっきりとした拒絶に、さっきまで軽い笑みを浮かべていたあやパーの担当者は顔を強張らせた。来慣れた感のある事務所兼楽屋に緊張感が走る。
「え、えーと、どういうことかな?」
訊き間違いであって欲しいと願うような軽い口調だが、多佳美は容赦なくはねつける。
「クリスマスイベントへの出演はお断りします」
「ど、どうして!」
「お答えする必要はありません」
「こ、困るよそんなの」
担当者は慌てて詰め寄ろうとするが、寸前で目の前の娘がこの遊園地のオーナーの娘であることを思いだして踏みとどまる。
「他のイベントへの出演が決まっているんですか?」
気安かった口調が丁寧なものになる。
「オファーはいくつかもらっているけど、まだ決めていません。ただ、あやパーさんへの参加はお断りします」
「今日、なにか失礼なことでもありましたか?」
必死になる担当者に、断る理由を聞かされていない花月達ははらはらした。動画担当の多佳美はARIAのプロデュース的なことも担当している。「歌い手になりたい」という漠然とした目的しか持っていない梓を、歌い手としてここまで人気が出るようにしたのは多佳美の手腕に寄るところが大きい。
だから梓は多佳美の方針には従っていたし、花月達もそれに反論することはあまりなかった。
「出ようよ」
張り詰めていた空気をあっさりと打ち壊したのは明るい声だった。
それまで衣装の片づけをしていた梓がニコニコと笑顔を見せている。
「出るの?」多佳美の確認に、梓は「うん」と笑顔で答える。
多佳美は表情を変えずに担当者に向き直る。
「では、そういうことで。細かいスケジュール案を早めにお願いします」
「あ、あ、あ、ありがとうございます」
展開の速さに戸惑いながらも頭を下げる担当者に軽く会釈をしながら多佳美が立ち上がる。
「お疲れ様でした。また、よろしくお願いします」
荷物を担いだ梓は満面の笑みで手を振って担当者に挨拶をし、多佳美に続いて事務所から出て行った。花月達も慌ててその後を追う。
あやめ池パークを出て、多佳美の家の車に乗ってすぐに、梓は明るい口調で言った。
「たっかみー、クリスマスはできるだけたくさんイベントを入れて」
「……いいの?」多佳美は少し考えてから訊ねた。
「うん。あとね、あやパーさんは大事にしてね」
梓のお願いに、多佳美は少し不満な顔をする。
「たっかみーはARIAにあやパーのイメージが付かないようにって考えてくれてるんでしょ」
ARIAは最初、歌ではなく花月と雨月のダンスで人気が出た。しかし多佳美の判断で、次の曲ではダンスではなく、和の絵をメインにした。和の絵も人気があったが、三曲続けた後は梓を撮影した動画に変えた。
ARIAを広めていくためには固定的なイメージをつけない方が良い、その方針はここまでのことを考えれば正しかったと言えるるだろう。それと同じように、多佳美はあやパーからも距離を置こうとしているのだということは花月達にも想像がついた。
そして一見ちゃらんぽらんに見える梓も、しっかりとそれが分かっていた。
「あやパーは私達にとって、ARIAにとって大事な場所だよ。でも、ARIAはあやパーのARIAにはならないよ。ARIAはARIAだから。皆で作ってきたARIAだから。だから大丈夫」
むんと顔の前で拳を見せる梓に多佳美は小さく笑顔を見せる。
「分かったわ。信じてる」
「ありがとう。それから、これからイベントにいっぱい出ようと思うけど、みんなは付き合ってくれなくても大丈夫だからね。準備は手伝ってもらっちゃうけど、イベントには一人で行ってくるから」
「そういうわけにはいかないでしょ」
聡子が難しい顔で告げる。
「お姉ちゃんはついてきてね。ニートで予定もないだろうし」との梓の言葉に聡子は怒って見せる。
「ニートにだって予定ぐらいあるわよ」
「日当出すから」
「それはありがたくいただくけれども!」
車内に笑い声が響く。
「パレードには間に合いそうですか?」
素早く話を切り替えて、梓が運転手に訊ねる。
これから街中で行われるコスプレパレードに皆で、ARIAではなく有村梓として参加するのだ。
「間に合わなければ首よ」と多佳美が運転手にプレッシャーをかける。
「あんたは鬼か!」
「いいえ、魔女よ」
つっこむ花月に多佳美は楽しそうな笑みを見せて答えた。
女子高生達四人は、世界的に人気のイギリスを舞台にした魔法学校の生徒のコスプレをしている。聡子は梓に「ニートは魔法学校に入学しちゃダメ」と言われてしまったので、女海賊の恰好をしている。
「じゃあ、魔法で車を会場まで連れて行ってよ」
「私は物を動かすタイプじゃなくて、人を操るタイプの魔女だから」
不敵に笑う多佳美に、車内の気温がすーっと下がった。
「シャレになってないよ」
花月がぼそっと皆の心を代弁した。
*
「梓ちゃんもやる気を出して来たってことかな。違うね、やる気は最初からあったもんね」
「やる気はあるけど意見は出さなかったですよね」
梓の変化に頭を悩ませていた花月は、ふと時計を見上げて悲鳴を上げた。
「あー、もう昼休み終わっちゃう!ジュースを買いに行こうと思ってたのに」
昼休み終了まで後五分だった。
「まだ大丈夫じゃない?」
「じゃあ行こう」
誘われて和は一瞬躊躇ったが、すぐに立ち上がった。
梓や多佳美ほどではないが、花月にも自分勝手なところがある。しかしそれは和も一緒だ。
出会ってからすでに半年以上経っている。お互いにそんなことは分かり合っている。分かっていて付き合っているのだ。
「奢るから」
そう笑う花月の後を追って、廊下へ向かう。
ジュースの自動販売機の周りにはすでに人影はなかった。花月は急いでコインを投入した後、和にどうぞ、とボタンを示した。
「ありがとう」和は大人しく奢られ、ホットミルクティーのボタンを押す。
花月がアップルジュースを買ったところで「やっほ」と梓が声をかけてきた。
「またお姉ちゃんが迷惑をかけちゃってごめんね」
梓からの突然の謝罪に、花月は頭を捻る。
「なにかあったの?」
「LINE見てない?お姉ちゃん、契約に行くのに財布を忘れたんだって。それなのにタクシーに乗っちゃって、降りる時に困ってたら、花月ちゃんのお父さんが偶然通りかかってお金を貸してくれたんだって」
「そうなんだ」花月がスカートのポケットからスマートフォンを取り出すと、着信を示す明かりが点滅していた。ここに来る間に着信したのだろう。
「この貸しは高くつくよって言われたらしいから、あの人はニートだから勘弁してあげてって、花月ちゃんからもお願いして」
「もう!またそんなことを言ってるんだから!」
ぷりぷりと怒る花月の横を多佳美が通り過ぎていく。
「あなた達、もう昼休みは終わりよ」
「さぼり魔のたっかみーにだけは言われたくない!」
花月は叫び、多佳美を追い抜くとそのまま教室へと走っていく。
「待ってよ」
笑いながら梓がそれに続き、熱い缶を上着の袖口で持つ和が続く。多佳美は急ぐことなく優雅に歩いていく。
冷たい風が吹くうす曇りの空の下に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
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