第17話 Time goes by

 桃陰高校では文化祭が終わった一週間後に、慌ただしく生徒会役員選挙が行われる。

 文化祭の熱気を引きずったままの後夜祭的なノリで盛り上がる年もあるのだが、今年は大きな盛り上がりを見せることはなかった。

 前生徒会長、光陣はるかの存在が大きすぎたために、その全生徒会長からの推薦を受けた生徒会役員に対抗しようと考える気概のある生徒がいなかったからだ。ほぼ信任投票で選挙は終わった。

 新しい生徒会役員が発表された後、壇上に立ったはるかは、副会長である東村流星の声を借りて、教師達、生徒会役員達、生徒達、そして副会長に礼を述べた後、新しい生徒会役員達に「生徒の為の生徒会であること」を半ば命令口調でお願いして自らの幕を下ろし、生徒達は万雷の拍手で見送った。

 生徒達は皆、この声を発せぬ少女が、理事長の娘で生徒会長という特権階級でありながら、常に生徒のことを考えて運営していたことを知っていたからだ。

 はるかはその感謝の拍手を、惜しみない賞賛を、小さな身体で堂々と受けていた。


「今までありがとうございました」

 はるかに駆け寄った梓は礼を言った。一緒に来た花月と和も礼を言い、ねぎらいの言葉をかける。多佳美はその後ろで、はるかをじっと見つめていた。

「気にしないでえぇ、当たり前のごとをしてきた、だけよおぉ」

 はるかはいつもと同じように凛とした表情だが、スピーカー代わりの流星が泣きじゃくっている。

「でも、私がここまで歌い手としてやってくることができたのは、会長さんや副会長さんのおかげです」

 その感謝の言葉に流星はさらに泣き出してしまい何を言っているのか分からなくなったので、はるかは「しかたないわね」と首のチョーカー型スピーカーに手を伸ばした。

『私も思いがけず、楽しい思いをさせてもらったわ。ただ心残りは……』

 はるかは梓の襟を恨みがましい目で見る。

 ブラウスの襟には、文化祭で獲得した文化大勲章が光っている。

『文化大勲章を取れなかったことね。私が頑張ってデザインしたのに』

 梓は襟に手を伸ばしながら訊ねる。

「あげましょうか?」

『あなたも、本当に困った人ね』

 はるかは梓を手で制しながら、その背後に立つ多佳美に目を向けた。

多佳美は薄く笑いながら目を逸らす。

『これからも、あなた達の活躍を期待しているわ』

「はい、頑張ります」

 まだ泣いている流星を引きずりながら歩き始めたはるかの背中に、梓達は頭を下げた。


       *


 週末、梓達は繁華街で集まっていた。文化祭と、あやパー姉さんのテーマソング作成でめちゃくちゃ忙しかった九月の打ち上げを行うためだ。

 あやパー姉さんのプロモーションビデオはあやめ池パークが作成するとのことなので、動画作成は必要ない。

 その為なのか、多佳美はいつも持っているデジカムを今日は持っていなかった。パン食べ放題のブラッスリーでランチを楽しんでいる時、聡子がそれに気が付いた。

「今日はデジカムを持ってきてないのね」

「先日気が付いたの」

 多佳美は上品にナプキンで口を拭いてから答える。

「私が動画を撮り始めたのは、お兄様を撮影するのが目的だったはずなのに、最近は梓ばかりを撮っていたの。計算してみたら、容量にして十二倍、梓が上回っていたわ」

「それはそうでしょうね」

 聡子はミートパイを齧りながら頷く。

「お兄様は家でしか会わないでしょうし、家で一緒になることも少ないんでしょ?それに比べて梓は学校に来れば会えるし、放課後も一緒にいるし、動画用に撮影もしてる」

「梓を撮るのが嫌になったと言っているのではないのよ。でも、初心を忘れている気がして、とりあえず今日は持ってくるのを止めたの」

「うんうん。色々と進んでいた活動も一通り終わったことだし、今日は撮影のことは忘れて楽しもう」

 多佳美は梓の明るい声に笑顔を返した後で、和にいじわるな目を向ける。

「でも、委員長が子豚になっていく姿は残しておきたかったわ」

「んん?」

 和は多佳美の嫌味を気にすることなく、十一個目のロールパンを幸せそうにほおばった。


 五人はブラッスリーを出た後、ゲームセンターに行き、プリクラを撮りまくった。

 クレーンゲームは和が得意で、リズムゲームは花月と聡子が得意だった。

 花月と聡子が太鼓の達人で勝負をしていると、その超絶技巧にギャラリーが集まってくる。金髪の女子大生(実際はニート)と、(小学生男子にしか見えない)女子高生という異色の対決も受けていた。

「坊主、上手だな」と花月はどこかのおっさんに褒められている。

「坊主じゃありません!」

 花月はバチを振りながら反論する。

「そうなのか?寒くなってきたのにまだ短パンを履いているからてっきり小学生かと思った」

「短パンじゃなくてホットパンツです。そもそも小学生男子が短パンの下にカラータイツ履くわけがないでしょ」

「え?女の子なのか?」

「女子高生です」

 とうとう花月は失礼なことを言うおっさんにバチを投げつけた。ギャラリーは大受けし、店員が慌てて仲裁に入ってくる。

 梓は手を叩いてその光景をはやし立てた後、隣に立つ多佳美に話しかける。

「たっかみーもゲーム好きだと思ってたけど、あんまりやらないんだね」

「この手のゲームも嫌いではないけど、私はロープレで延々とレベル上げとかアイテム集めをするのが好きなの」

「そうなんだ」

「一人でいても、何も考えなくて良いから……」

 多佳美は途中で口を閉ざしたが、その言葉の意味を梓は深くは受け取らなかった。

「うちはお兄ちゃんが占領しているから、長時間一人でゲームできないんだよね」

「でも、今は受験生なんでしょ」

「ママが受験生がいるからってゲームやらせてくれないの。去年私が受験生だった時は、お兄ちゃんもレイチェルもやりまくってたのに。あ、次私がやる」

 口をとんがらせていた梓だったが、台が開いたのを見て明るく飛び出していき、多佳美も負けじとそれに続いた。

「梓、勝負よ」


 次に行った本屋のCD売り場で花月がそれを見つけた。

「あ、もう貼ってあるよ」

 それは『あやパー姉さんのテーマソング』の告知ポスターだった。写真はあやパー姉さんのグラマラスな身体を最大限に使用したセクシーポーズの写真だが、歌:ARIA、作詞作曲:フラワームーンと大きく書かれている。

『阿倍野市が生んだ歌姫ARIAが歌う元気ソング』と書かれたポップも付けられている。

 本当にCDが出るのだ!

 感慨深くポスターを見上げる五人であったが、和がふとあることに気が付いた。

「でも、これだけ話題になってきたら、さすがに梓ちゃんのお母さんも気が付くんじゃないですか?」

 梓の母親はネット関係に疎いため、なんだか恐ろしいことに巻き込まれそうなものという認識で、娘にSNS系全般を禁止している。ごきビデは動画投稿サイトだからSNSではないという理屈で今まで内緒で活動してきたが、ばれれば怒られるのは確実である。

「ほんとだ!でも、あやパー姉さんでは顔出ししてないから大丈夫かな?」と花月がフォローをするが、すでに顔を暗くしていた梓が低い声で報告する。

「……実はもうばれました」

「ええっ!」

 花月と和、多佳美が驚きの声を上げる。

「ママ、文化祭に来てたの。来ないって言ってたのに……」

 その時のことを思い出し、梓は増々顔を暗くする。

「え、で、どうなったの?お姉ちゃんが説得してくれたの?」

「私の言うことなんか聞いてくれるわけないじゃない。めちゃくちゃ怒られたわ」

 聡子は梓以上に暗い顔をし、身体を小刻みに震わせている。

「じゃあ、どうなったんですか?」

 せっかくCDが出るのに、母親の許可がなければ梓の歌い手活動は続けられない。

 和の問いに、聡子は多佳美をちらりと見た後、口を開いた。

「梓のお父さんの会社にね、たっかみーのお父さんから電話がかかってきたんだって」

「父から?」

 意外な話に、多佳美が表情を険しくする。

「詳しい内容は聞いてないけど、娘をよろしくとかそんな話だったらしいわ。で、それを聞いたら伯母さんも許してくれたんだって」

 多佳美は「勝手なことを」と毒づくが、花月と和は「はー」と納得する。

 地方の中小企業のサラリーマンのところに、日本を代表する大財閥の会長から電話がかかってくるのがとんでもない話であることは、女子高生にでも分かった。

「ま、まあでも、認めてもらえたんなら良かったね」

「私の中では、梓ちゃんのお母さんのキャラがブレブレです」

 微妙な顔をする花月と和に、梓も微妙な笑顔を見せながら頭を下げる。

「色々あったけど、歌い手を続けられることになったので、今後ともよろしくお願いします」

 微妙な雰囲気に、四人も頭を下げた。

 傍から見ると、あやパー姉さんのポスターに向かって頭を下げている人達になっていたのだが、五人は最後まで気が付かなかった。


 繁華街にはいくつかの複合ビルが建っている。そのうちの一棟の一階は店頭に少し大きめの空間が取られており、休日にはイベントスペースとして使用されている。

 そのイベントスペースの方から聞こえてきた曲は、聞き覚えのあるものだった。

「3Bだ!」

 ステージ上では、先日の文化祭をきっかけに知り合った、大津川高校三年生の湊千晶、堺紫信、七道美珠からなる歌い手ユニット「3B」がパフォーマンスの真っ最中だった。

 大勢の人が集まっており、イベントスペースは満員で通路にまで観客がはみ出してきており、係員が必死に整理をしている。前方にいるのは男性が多いようだが、それ以外は老若男女が入り乱れており、幅広いファン層を持っていることが分かる。

 三人の一挙手一投足に合わせて、観客が動いたり、掛け声をかけたりしてかなり盛り上がっている。

「凄い人気だね」

 3Bのライブを生で見るのが初めての梓が素直に感心しながら、うきうきと体を動かす。

「文化祭で人気が上がったみたいだしね」と多佳美は少し悔しそうにいうが、

「そうなんだ。やっぱり一緒にやって良かった」と梓は嬉しそうに笑う。

「また一緒にやりたいな」

「梓ちゃん駄目だよ。飛び入りとかしたら」

 花月がすかさず止める。

「なんで分かったの!」

「駄目だからね」

「分かってるよ」

 梓は楽しそうに拍手しながら、三人を見つめていた。


 ステージが終わった後、梓達は楽屋に行った。

 楽屋は十畳位の部屋だが、雑多に物が置かれており、五人が入っていくとかなり狭く感じられた。

「こんにちは」

「えーうわーどうしたの?もしかして見てたの?」

 化粧を落としていた千晶が驚いた顔を見せる。

「偶然通りかかったんだよ。ライブがあるなら教えてくれれば良かったのに。最後の曲しか見られなかったけどとっても良かったよ。盛り上がってて楽しかった」

「本当に?ありがとう。嬉しいな」

「私のライブとは全然違う盛り上がり方で、面白かったよ」

「一応、固定ファンみたいな人達がついてくれているからね。定番のエールとか振りとかがあるし」

「オタ芸だ!」

 梓は知っている単語を言って、得意気な顔をする。

「うーん、まぁ、そういう奴ね。ところで、そちらはどなたかしら」

「私のお姉ちゃんだよ」

 梓の大ざっぱすぎる説明に苦笑しながら、聡子は千晶の前に出る。

「初めまして、梓の従姉の座間聡子です。この子の歌い手活動の裏方的な仕事をしているの。よろしくね」

「ニートだよ」

「こら。初対面の人にそんなこと言いふらさないで」

「ニ、ニ、ニートなんですか?」

 梓を注意する聡子の前に、美珠がにじり寄ってきた。

「え、ええ、まぁそうね」

 その怪しげな雰囲気に、聡子は少し身を引く。

「私、ニートに、あ、憧れてるんです。どうやったらなれますかかか」

「私もなりたくてなったわけじゃないから、なり方を聞かれても……。あなたが美珠さん?ステージに出ている時と、ずいぶん印象が違うのね」

「いつもはウィッグをつけてますからね。ひひひ」

「……外見もそうだけど、話し方とかも違うみたい」

 歌い手活動をしている時の美珠は赤いウィッグを被り、かなり濃いギャルメイクをし、衣装も三人の中では露出度が高めでかなりきわどい。パフォーマンスも外見に合わせて激しく、ステージ上を所狭しと駆けまわったり、早口のラップパートを担当したりしている。

 一転、普段の美珠は黒縁のセルフレーム眼鏡をかけ、ぼさぼさの髪に化粧気のない顔、地味な服を着てどもり気味と、歌い手の時とはかけ離れた姿だ。

「ほ、本当の私の姿は誰も知らないのです。知られちゃいけないのです」

「そ、そうなんだ。頑張って」

 聡子は相変わらず身を引きつつも、応援した。


「ね、この後は用事あるの?良かったら一緒に遊ばない?」と梓が提案する。

「良いわね。二人とも大丈夫よね」

 千晶が確認すると、美珠と紫信は嬉しそうに首を縦に振る。

「どこに行く?」

「この人数ならカラオケボックスとか良いんじゃないかな?」

 花月が候補を上げる。

「でも、すぐに入れるかな?」と紫信が心配する。

「そうですね。この時間だと混んでいる可能性が高いですね」

「だったら、私の家に行く?」

「良いの?じゃあ、そうしよう」

 多佳美の申し出に、梓は両手を挙げて賛成する。

「良いわね。私も一度行ってみたかったのよね」

 これまでにも何度か多佳美の家で打ち合わせや練習が行われていたが、それらは聡子の家が使用できない、すなわち聡子が不在の時だったため、聡子は話に聞いているだけで、多佳美の家に行ったことはなかった。

 千晶達も反対する理由はない。

「それじゃ、私達はお菓子や食べ物を買ってるから、準備ができたら連絡してね」


「この車はどこから出てきたの?」

「私が呼んだのよ」

 突然現れた大きな黒塗りのバンに千晶は驚きの声を上げるが、多佳美は何事もないかのように答え、乗るように促す。

「なんでお抱えの運転手とかいるの?」

「お金持ちだからだよ」

 再びの質問に、梓があっけらかんと答える。

 思わぬ展開に3Bメンバーの緊張が解けぬ間に、車は多佳美が使っている一軒家の前に止まり、皆を下ろすと走り去っていった。

「へーここか。素敵な古民家ね」

 多佳美の家についてある程度の話を聞いている聡子はそう言って褒めるが、千晶達は先ほどの『お金持ち』という説明とのギャップに頭を捻る。

 多佳美が玄関のドアを開けると、そこには灰褐色の猫が主人の帰りを待ち構えていた。

「イカルス!」と梓が抱きに行こうとすると、猫はぴょんと廊下の奥に引っ込み、にゃーんと泣いた。

「私には全然懐いてくれないのよね」

 梓は残念そうに言いながらも猫を追いかけたりすることはなく、「お邪魔します」と靴を脱いで上がると目の前にある階段を上る。

 続いて入ってきた和の姿を見ると、猫は自ら駆け寄ってきて抱き上げられる。

「椿子様には懐いているんですね」

 美珠がハアハア言いながら顔を寄せると、猫はその鼻の頭をぺろりと舐めた。

「ひゃあああ」

 悲鳴を上げて倒れる美珠に笑い声が起こるが、梓だけが階段の上で不満な顔をしていた。


 多佳美の部屋は二階全体を繋げた広い部屋となっている。外見は古民家だったが、床はフローリングでモダンな内装になっている。3Bの三人はそのギャップに驚きながら部屋の中を見回す。

 部屋の奥の壁は一面がモニター群で埋め尽くされており、その横にはアイドルが着るようなひらひらした衣装がかけられていた。梓が文化祭で着るはずだった衣装である。

「これってここにあったんだ。結局着られなかったから、どうなったか気になってたんだよ」

「今度の動画に使おうと思って、預かってきたの」

 本棚は、以前はラノベや漫画、アニメのブルーレイディスクが並んでいたが、今は洋楽邦楽、様々な種類のミュージッククリップ集のディスクに、動画の作り方、演出論といった本が並んでいる。千晶はそれらのラインアップを見て感心する。

「ARIAの動画って凄いと思ってたけど、こんなところに秘密があったのね」

「たっかみーはねー、すっごい頑張ってくれてるんだよ」

「頼まれた以上、適当な仕事はしたくないだけよ」

 多佳美は長い髪をかき上げながら、当たり前のことをしているだけだという風に答えるが、照れているのは明白だった。

 多佳美以外はひそひそと「ツンデレだ」「ツンデレだ」と言い合った。


「そこにあるものは一通り目を通したから、良かったら貸すわよ」

「ありがとう。あーでもいいわ」

 多佳美の申し出を、千晶は少し考えた後に、困った顔をしながら断った。

「たっかみー、ゲームをしても良い?」

「良いわよ」

 和、それに美珠と紫信がテレビゲームを始める。『華の影忍』の格闘ゲームだ。

 千晶は優しい視線でその様子を見た後、先ほどの困った顔の理由を説明し始めた。

「私達はもうすぐ卒業だからさ。しばらくは活動を自粛しようかなって思ってるの。今日も言うかどうか迷ってて結局言えなかったんだけど、さっきのステージを最後に、ステージ活動はしばらくお休みしようって思ってるの。だからスケジュールには何も入れてない。これから秋祭りのシーズンだから、出演依頼はいっぱい来てるんだけどね」

「そっか。受験するの?」

「それを悩んでいるの。3Bを続けるとなったら阿倍野市に残らないといけないし、残っても同じ大学に行けるとは限らない。活動を続けるなら大学に行くより、就職した方が良いのかなって思ったりもしているの」

「まだそんな段階なの?」

 聡子が心配そうな顔をする。高校三年生の十月で、進路を決めかねているようではかなり遅い。

「お、ニートがなんか言ってます」と梓がからかう。

「私は一応大学生なんだからね」

「いやーでも、お姉さんの言う通り、今頃こんなこと言っているのは遅すぎるの。先生にも怒られているっていうか、もう諦められてるし。歌い手活動が忙しかったからって言い訳してたけど、進路をどうするかから目を逸らしたくて、歌い手活動を頑張ってたっていうのもあるんだよねー」

 千晶は頭をかきながら力なく笑う。

「歌い手活動を続けることは決まってるの?」

「今のところ三人ともそう言ってる。でも、先のことは分かんないよね。紫信なんて成績良いから東京の大学とかでも推薦で行けるの。残るって言ってくれてるけど、行きたくなったら引き止められないよね」

 千晶がしんみりと答える横で、紫信と美珠はゲームで盛り上がりながら笑い声を上げている。


「そういえば、3Bってどういう意味なんです」

 少し空気を変えようと、花月が訊ねる。

「鉛筆の硬さでしょ」

「そんなわけないでしょ!」

 多佳美の言葉に、千晶は激しくつっこむ。

「2Bより少し柔らかい。違いの分かる私達、でもHではないんだからね、的な意味だと思ってたわ」

「考えすぎよ」

「じゃあ、バカ、アホ、マヌケ?」

「Bは最初だけじゃない!」

 千晶と多佳美の掛け合いに、梓が笑う。

「アハハハハ、今度は二人で漫才をやってみたら」

「やりません」「やらないわよ」

 仲良くハモったところで、花月が聞き直す。

「えっと、本当はどういう意味なんですか?」

「……Benefit billion beautyよ」

 千晶は言いにくそうに答える。

「え?」

「どういう意味?」

「十億の美しさの為に?」

 多佳美が無理やり訳してみるがピンとこない。

「なんかイメージと違うよ」

「仕方がないでしょ。中学生の時に考えたんだから」

 梓の指摘に、千晶は恥ずかしそうに答えた。

「中学生の時っていうことは、もしかして三人は三年B組だったんですか?」

「う……、そうよ」

 花月に当てられて、千晶はしぶしぶ認める。

「知ってる。金八先生だ」

「そんないいもんじゃなかったわ」

 頭を振りながら千晶は遠い目をした。

「特別悪いクラスだったわけでもないけどね。あくまでも普通のクラスだった。いけてるグループがあれば、いけてないグループもあるし、チャラい奴もいれば地味な奴もいる。仲良くつるんでいる連中もいるし、仲間外れや、いじめにあっている奴もいる」

 千晶はちらっとゲームに熱中している美珠に目を向ける。

「美珠はあんな感じだから、いじめにあっていて……。私達は前から友達だったけど、かばったりするの、なかなかうまくいかなかったりして。今なら、あの頃は色々あったねって言えるけど、当時は結構大変だったんだ。で、高校に入ったら生まれ変わったように頑張るぞって決めて、つらかった日々のことを忘れないために、ユニット名を3Bにしたの」

 千晶は重くなった空気を自ら打ち壊そうと、腕を大きく広げてぱっと明るい顔をする。

「それで、頑張って頑張って、高校三年間頑張って、そのかいあって、阿倍野市ご当地歌い手の座を手にすることができたの」

 千晶はぐっと拳を作り、梓は「凄い!」と拍手する。

「じゃあ私も頑張って、ご当地歌い手の座を奪い取らなきゃ」

「なんでそうなるのよ。おかしいでしょ!」

「おかしいかな?」

 本気で分かっていない様子の梓に、聡子と花月と多佳美は苦笑した。

「しばらくお休みするかもしれないけど、解散したりはしないってことですよね?」

 花月の問いに千晶は大きく頷く。

「そのつもりよ」

「だったら良かった。せっかく作った曲が無駄になっちゃうかと思いました」

「曲って……。私達のための曲を作ってくれたの?」

「聞いてないわよ」多佳美が不満を表す。

「文化祭が終わった後、歌詞を渡されたの」

「歌詞って……誰が渡したの?」

 知らなかったらしく、千晶が紫信と美珠の方を見ながら訊ねる。

「美珠さんです」

「美珠ですって!」

「はい。この歌詞がエキセントリックっていうか、すっごい面白くって、すぐに曲ができました。最近、曲はともかく、歌詞を考えるのが大変なんですよね」

「せっかくフラワームーンに曲を作ってもらえたのに、美珠の歌詞だなんて……」

 本気で嘆きながら崩れ落ちる千晶に、紫信がゲームをしながら声をかける。

「それもまた私達らしくて良いじゃない。花月ちゃん、ありがとね。私達もなにかお礼ができれば良いんだけど」

「そんな、お礼なんて良いですよ」

「では私が、椿子様の本を朗読します」

「止めて下さい」

 勢いよく立ち上がった美珠を、それ以上の勢いで和がゲームコントローラーでぶん殴った。


「母が、晩御飯を一緒にって言っているけど、どうする?」

 多佳美の質問に、断る者はいなかった。

 地下通路は使わず、いつの間にか家の前に横付けされていた黒塗りのバンに乗って移動する。3Bの三人と聡子にとっては、夕食を食べるのに移動が必要という事実だけでも驚きであったが、現れた巨大な洋館に驚き、大きなダイニングテーブルに並べられた贅沢な料理の数々にまた驚いた。

 多佳美の母の早苗は女子高生とニート達の食べっぷりを嬉しそうに眺め、楽しい夕食の時間が過ぎていった。


「やぁ、なんだか賑やかだと思ったら、大勢のお客さんだったんだね」

 梓達が帰ろうと、ロビーで車を待っている時に姿を現したのは多佳美の兄の健太郎だった。千晶達は突然のイケメンの登場に盛り上がっている中、健太郎の後ろからもう一人姿を見せる。

「お兄ちゃん。なんでここにいるの?」

 それは梓の兄の徹也だった。

「健太郎さんに勉強を教わっていたんだ。お前こそなんでいるんだ」

「私はたっかみーのところに遊びに来てたんだよ」

 兄妹がやり取りをしている横で、和と紫信と美珠はボーイズラブ的な妄想を膨らませて声を潜ませながら盛り上がる。

「皆さんは今から帰るのかな?だったらちょうど良い。徹也君も梓さんと一緒に帰ると良い」

「……はい」

 健太郎の名残惜しそうな仕草に、三人はまた盛り上がり、多佳美は恨めしそうな目をする。

 帰りの車では、徹也への質問攻めが始まったが、徹也は寝たふりをしてやり過ごそうとする。それを許さない女子高生達で大いに盛り上がる。

 助手席に座る聡子は、その賑やかな声を聴きながら、流れゆく街の明かりをぼんやりと眺めていた。

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