第14話 ライバル登場?
二学期の初日は残暑が一時的にやわらぎ、幾分過ごしやすい穏やかな日和だった。
しかし桃陰高校一年A組の教室には、一波乱起こりそうは不穏な空気が立ち込めてきていた。
「主題歌を歌って欲しいの」
今日は始業式とホームルームだけで授業はない。座間聡子の家に行こうと集まっていた梓達四人は高鷺(たかさぎ)宇美(うみ)に呼び止められた。
「主題歌?なんの?」大きな目をぱちくりさせながら梓は聞き返す。
あやパーでのサマーフェスティバル以降、歌って欲しいという依頼はいっぱい来ていたが、こんなにざっくりとしたお願いは初めてだった。
「そんなの決まってるじゃない」と宇美は腰に手を当ててどや顔をする。
宇美は背は低いが動作は大きい。声も大きく、クラスではムードメーカー的な役割を担っている。セルフレームのメガネをかけ、前髪を真ん中で分けている。
「うちのクラスは文化祭で劇をやるでしょ。その幕引きに主題歌を歌って欲しいの」
九月の末には文化祭がある。一学期の終わり頃にホームルームで一年A組は劇をすることが多数決で決まり、中心メンバーは夏休みの間も準備を進めていた。梓達は歌い手活動を頑張っていたため、ほとんど関わっていなかった。
「面白そうだね」
梓は目を輝かせる。
「ちなみに劇の題はなんだったっかしら?」
多香美が興味深そうに尋ねる。
クラスメイトの中には、このミステリアスな美人との間に壁を感じている者も若干いるが、宇美は臆することなく自信満々に答えた。
「『十一人の白雪姫』よ。十一人の白雪姫達が七人のドワーフを巡ってあらそ……」
「ごめんなさい」
梓は説明の途中で頭を下げた。
「そんなこと言わないでー、とりあえずシナリオだけでも読んでみてよ。けっこう自信あるんだ。歌も、凝ったのじゃなくて簡単なので良いから」
宇美はめげずに食い下がる。
「どう?」梓は作詞作曲担当の花月に話を振る。
「んー、梓ちゃんにじゃなくて、ARIAに歌わせたいんでしょ」
花月は童顔の眉間にしわを寄せて見せ、乗り気でないことを表す。
「ぶっちゃけ、ARIAの名前を利用したいって気持ちはある。あやパーのサマフェスでARIAの人気は校内はもちろん、街全体にも広がっているわ。主題歌をARIAに歌ってもらって、それでお客さんがたくさん来てくれれば、文化大勲章のゲットも夢じゃないと思うの」
「文化大勲章ってなに?」
力説する宇美に梓が説明を求める。
「文化祭の催し物の中でどれが一番面白かったかを競うの。生徒だけじゃなくて、一般の入場者からも投票してもらって決められるの。一番投票が多かった催し物に送られるのが、文化大勲章よ。受賞した団体は文化祭後の一ヶ月間、その栄誉を称える特別なバッチを付けることができるの」
「面白そう」梓は顔を輝かせる。
その反応に宇美は狙い通りといった感じで続ける。
「でしょでしょ?劇の内容にも自信はあるけど、票を取るためには、まずはたくさんの人に見てもらわなくちゃいけないわ。ARIAが主題歌を歌うって宣伝すれば、大勢の人が見に来てくれるのだろうし、そうなれば我らが一年A組が文化大勲章という栄冠をこの手に掴むことができる!」
「おお!」
「文化大勲章を我らの手に」
宇美はがっと拳を突き上げるが、梓はそれには応じなかった。
振り上げた拳の行き場所に困る宇美に、梓は笑顔で答えた。
「それは、花月ちゃんしだいかな」
「梓は歌っても良いってこと?」
話を向けられた花月はまだあまり乗り気でない。
「文化大勲章バッチ付けたいよ!」
「それはそうだけど……」
首の後ろをかきながらなおも言葉を濁す花月に代わって多佳美が訊ねる。
「ARIAが歌うことでお客さんを呼ぶってことなら、新曲じゃなくても良いってことよね。すでにある曲でも良いのかしら?」
「全然大丈夫よ!」
宇美は勢いよく頷く。
「じゃあ、とりあえずシナリオを見てからかな」
花月は宇美がすかさず差し出したシナリオをしぶしぶ受け取り、立ち上がった。
聡子の家への道中もやる気のないことを言っていた花月だったが、到着した途端に顔がぱあっと晴れた。
ごみ部屋の中に立つ聡子も笑顔で迎える。八月の半ばのサマーフェスティバルが終わってから、花月がこの家を訪れるのは初めてだった。その間僅か十日であるが、部屋の中は荒れまくっていた。
「お久しぶりです。これ、片づけても良いですか?」
「もちろんよ」
整理整頓が大好きな花月が嬉々として掃除を始めたのを見て、梓と多佳美と和の三人はそっと外に出た。
三十分程して三人が戻ってくると、掃除は完璧に終了していた。聡子の部屋はもちろん、廊下や、普段は使用されていない部屋も隅々まで綺麗になっている。さきほどまで家中に漂っていたどんよりとした空気も、新鮮なものに入れ替えられている。台所のシンクに積み上げられていた洗い物も消え、代わりにパンパンに詰まったゴミ袋が五つ床の上に積み上げられていた。
洗濯機が低い音を立てて回っている。
さっぱりした顔で部屋でくつろいでいた聡子は笑いながら言った。
「学校が始まるって良いわね」
三人は何を言っているんだと思ったが、花月が思う存分掃除ができて満足そうだったので、つっこみはしなかった。
「お疲れさま。駅前のケーキ屋さんで焼き菓子を買ってきたわ」
多佳美が紙袋をテーブルの上に置く。ケーキにしなかったのは、お皿などの洗い物を出さないためだ。飲み物は同様の理由でペットボトルである。
「ありがとう。マドレーヌある?」
花月が嬉々として焼き菓子を取り出す。
「ええ。それとシナリオのコピーを取ってきたわ」
「ん」
花月はマドレーヌを咥えたまま、右手を出して多佳美から紙の束を受け取る。
「シナリオってなに?」
聡子が尋ねる。
「文化祭で私達のクラスが劇をするんだよ。その最後で主題歌を歌ってってお願いされたんだ」
「へぇ、歌うの?」
「それを今から花月ちゃんが決めるの」
「私に責任を押し付けるの?」
掃除とマドレーヌでご機嫌になっていた花月だったが、一転不満な声を上げる。
「ざっと読んだけど、今までの曲でぴったりなのはないわね。高鷺さん的にはARIAが歌えば、劇の内容に合っているかどうかは問題じゃないんだろうけど」
多佳美が長い指でコピーをはじきながら説明すると、花月の眉間に再び皺が生まれた。
「ところで、委員長はさっきから何を熱心に描いてるの?」
聡子に訊かれて、会話に加わっていなかった比与森和は顔を上げるが、スケッチブックの上で走らせている手は止めない。
「シナリオを読んだら、小人Cと小人Eの関係がすっごい良かったんですよ!創作意欲が掻き立てられちゃって、ちょっと短編を描いてたんです」
短編と言ってはいるが、枚数はすでに十枚を超えている。
「そ、そう……」
聡子はちょっと引きつつ、花月に提案する。
「花月ちゃんもこんな感じで引き受けてみたら良いんじゃない?たまにはいつもと違う切り口で作ってみるのも新たな発見があって良いかもしれないわよ。もちろん、次から次へと新作ができて困っているならそんな必要ないだろうけど」
「うう、それは……」
痛いところを突かれて花月は口ごもる。サマーフェスティバルに向けて短期間で三曲作った花月であったが、その次の新作は影も形もなかった。多方面からのお誘いがあって忙しかったのも確かだが、スランプ気味なのも確かだった。
「そうね。目先を変えてみるのは良いかもしれない」
多佳美も同調する。
「目先を変えるのは良いけど、これはちょっと変わり過ぎじゃない?」
花月は納得していない顔でシナリオをひらひらと振る。
「無理に内容を合わせる必要はないんじゃない?読んでないけど白雪姫で小人が出てくるんでしょ?歌詞にハイホーハイホーとか入れておけば良いんじゃない?」
「ハイホー頂きました!」
聡子の気軽な提案に大きな声で飛びついたのは和だった。
じゅるりとよだれをすすりながら更に手を加速させる絵師を四人は微妙な面持ちで眺めた。
*
翌日、梓が主題歌の件を引き受けると告げると宇美は両手を握ってお礼を言い、絶対に文化大勲章を取るぞとクラスメイト達を煽った。その一方で、和が徹夜で仕上げた小人CとEの漫画本が一部生徒の中で回されて、怪しいブームが発生し始めていた。
引き受けた以上は頑張って半月で曲を仕上げようと花月は自分を奮い立たせたが、思ってもいなかった事態が更に降りかかってくることになった。
*
「ARIAを呼んで来いって校門で騒いでいる人達がいるらしいよ」
放課後、主題歌について頭を悩ませている花月に梓と多佳美が思いついたアイデアを無責任に投げかけていると、クラスメイトの一人が廊下からそう教えてくれた。ちなみに和は小人本の新作に取り掛かっていて忙しい。
「誰かな?」
「校門に?学校の人じゃないの?」
「石津川高校の制服を着てるんだって」
「誰だろう?」と梓は頭を捻る。
石津川高校はここから二キロ程北にある女子高だ。セーラー服の襟が水色なのが特徴である。
「中学校の友達も行ってるけど、友達だったら私の名前で呼ぶよね」
頭を捻っていると、別のクラスメイトが走って来て報告してくれた。
「3Bが来てるわよ!」
「……だれ?」
梓は再び頭を捻るが、花月と多佳美は顔を見合わせて立ち上がった。
梓達が校門に行くと、すでに辺りには人だかりができていた。
校門のラインからギリギリ外側には確かに石津川高校の制服を着た少女が三人立っており、その横で守衛が困った顔を見せていた。
「ふ、やっと現れたわねARIA!あまりにも遅いから私達を恐れて逃げ出したのかと思ったわ」
中央の少女は梓を見ると、少しほっとした表情を見せながらも高圧的に言い放った。黒髪を腰まで伸ばしており、目鼻立ちがはっきりしていてけっこうかわいい。
「ごめんなさい。どなたか分からないですけど、学校なんでARIAは止めて下さい。私は有村梓です」
「どなたか分からないですって!」
少女は激高する。
「阿倍野市が生んだ至宝、3Bの湊(みなと)千晶(ちあき)を知らないって言うの!」
「ごめんなさい」梓は丁寧に頭を下げて謝った後、隣に立つ多佳美に「知ってる?」と尋ねた。
「えっとね。ご当地アイドルっているでしょう。東京でテレビに出たりしている全国区のアイドルではなくて、地元に密着して地元で活動しているアイドル達のことね。そこから派生した形で、ご当地歌い手って言うジャンルがあるの。言葉通り、それぞれの地元に密着した活動をする歌い手のこと。3Bは、阿倍野市を中心に活動しているアイドル系の三人組歌い手ユニットだよ。市内の町内会や商店街のイベントに小まめに出演するっていう地道な活動を続けていて、市内にはけっこうファンがいるし、ごきビデでもアクセス数を稼いでるよ」
「丁寧なご説明をありがとう。ちなみにこの二人がメンバーの堺(さかい)紫信(しのぶ)と七道(しちどう)美珠(みすず)よ」
右に立つ紫信は背は低いが気が強そうな顔をしている。頭の左右にお団子を作り、そこから細いツインテールを垂らしている。小顔でかなりかわいい。左の美珠はメタルフレームのメガネをかけ、少しおどおどしている。髪型はセミロングだ。
「でも、ごきビデはネットだから地方は関係ないでしょ?」
梓は自己紹介には構わず疑問を訊ねる。
「そうだけど、アクセス数を稼ぐためにみんな色々と考えているのよ」
「アクセス数乞食みたいに言うなー」
紫信が甲高い声で抗議する。
「そうよ。私達は純粋に阿倍野市を盛り上げるためにこれまでずっと頑張ってきたの。観光スポットとか、イベント情報とか、隠れた名店とかを紹介したりして、地元密着で頑張ってきたの!それなのに後から出てきてあやパーのマーチングバンドと一緒に演奏するわ、サマフェスに出るわ、どういうことよ!」
千晶が詰め寄ろうとしてくるが、守衛が黙って校門のラインを指で示すと、律儀に謝りながら元の立ち位置に戻る。
「でも、私はご当地歌い手を目指しているわけじゃないよ。あやパーさんも、縁があって歌わせてもらってるだけだし」
「結果として私達のテリトリーを荒らしているのよ!ご当地歌い手としての私達のアイデンティティが揺らいでいるのよ!」
未だに自体が呑み込めておらず、のんびりとした口調の梓に、千晶が食ってかかる。
「それで、結局あなた達はどうしたいの?」
梓と千晶でやりあっているといつまでも話が進まないと判断した花月が呆れ顔で訊ねる。
「あなたはだれ?」と千晶は怪訝な顔で訊き返す。
「花月ちゃんだよ。私の曲を作ってくれているの」
梓がにこやかに紹介するが、今度は千晶がすぐには呑み込めない。
「???あなたの作り手はフラワームーンさんでしょ。あの素敵な曲が、こんな小学生に作れるわけないじゃない」
「私は小学生じゃない!」
「こんな子供まで連れ出して私達を煙に巻こうだなんて、本当に卑劣な手を使う人達ね」
千晶は大仰に梓を指差して非難する。
「人の話を聞け!」
「千晶……」
花月のつっこみは無視されたが、それまで黙っていた美珠にセーラー服の裾を引っ張られて千晶はそちらに目を向ける。
「なに?今、大事な話をしているの」
「フフフフフラワームーンを日本語に訳してみて」美珠は小さな声でぼそぼそと言う。
「なによそれ。花と月でしょ」
「連続して言ったら」
「はなつき……かげつ?」
千晶はようやく気が付いた。そして飛び上がった。
「申し訳ありませんでしたーーー」
千晶はそのまま額を地面に押し付け、土下座をした。
「フライング土下座。初めて見た」
その場にいる全員が思いっきり引いている中、和のぼそっと放った言葉が響いた。
「そんなことしなくて良いですから。分かってくれたなら良いですから顔を上げて下さい」
花月は焦りながら声をかける。
「そ、それで、あなた達は何がしたいんですか?」
「対決よ」千晶が不敵に笑いながら顔を上げる。額には土がついている。
「対決?」梓が訊き返す。
「ええ、阿倍野市ナンバーワンご当地歌い手の称号をかけての対決」
千晶がゆらりと立ち上がる。そんな称号に興味がないなどとはとても言えない雰囲気だった。
「でも、阿倍野市の名をかけるのに、相手は私だけで良いの?」
梓からの意外な質問に千晶は顔をしかめる。
「どういうこと?」
「だって、歌い手で競い合うなら、リングを忘れたら駄目でしょ」
千晶は目をぱちくりさせる。
「リングって……、もしかしてAgOg(アグオグ)の?彼女も阿倍野市にいるの?」
「うちの学校だよ。ね、わこちゃん」
その場にいた皆の目が振り返った梓の視線の先に一斉に向けられた。人垣の後ろをそっと通り抜けようとしていたポニーテールの少女、野上(のがみ)わこは仕方がなく足を止め、溜息交じりに呟く。
「あいかわらず、どこに目をつけているのよ」
千晶と相対していた梓は、人垣の後ろを歩くわこを見ることは出来なかったはずだ。
なのに梓はわこを呼び止めた。
整った顔に美しい笑みを湛えながら、わこは人波を割るように前に歩み出で、梓の前に立った。
その光景に周囲はざわつく。桃陰高生にとっても、この二人の歌い手のツーショットは珍しいのだ。
「確かに。化粧は薄いけどAgOgのリングだわ」
「どういう意味よ」
千晶の発言にわこはむっとする。
「あ、違うの。動画では化粧で誤魔化しているんだろうなって思ってたけど、化粧をしていなくても美人だなって思ったの」
「まぁ、動画は演出とかあるから」
慌ててフォローした千晶の言葉に、わこはまんざらでもない顔で答える。
「ということで」嬉しそうに梓が口を挟む。
「三組の歌い手が揃ったよ」
「ちょっと待って。私達はARIAに勝負を挑みに来たの。リングがいるなんて知らなかったんだから!」
「それはあなた達の調査不足でしょう」
多佳美の冷ややかな指摘を、千晶は大仰に受け止める。
「くっ、卑怯な手を使う。良いわ、受けてあげる。二人まとめて私達が叩き潰してあげるわ!今月末に石津川高校で文化祭がある。そこで勝負よ!」
宣言に合わせて美珠と紫信も腕組みをして鼻息を荒くする。特撮番組なら、背後にカラフルな爆発でも起こりそうな場面だ。
「私はパス」
盛り上がる3Bを前に、わこは不機嫌な顔で右手を上げながら告げる。
「天下のAgOgともあろうものが逃げるの!」
千晶の言葉に、わこの片方の眉がぴくりと上がる。
「逃げるんじゃないわ。自分で言うのもあれだけど、あなたが言った通り、私は天下を、ネットの中でトップを取ることを目指しているの。地方系歌い手を否定するわけではないけど、私の目指しているものではないわ」
「阿倍野市は、自分が生まれ育った町はどうでも良いって言うのね」
千晶は勝ち誇った顔で煽る。
「そんなこと言ってないでしょ!」
「言ってるわよ。東京ではライブをやってるけど、こっちではやってないものね」
「仕方がないでしょ。瘡乃刃(カサノヴァ)さんも、他のメンバーも東京にいるんだから。そもそも、瘡乃刃さんの許可なしに、勝手なことは決められないわ」
「ふーん、リングは瘡乃刃の操り人形だって噂は本当みたいね」
千晶はにやりと笑い、美珠は操り人形を操作しているような真似をする。
「そんなんじゃないわよ」
わこは反論するがその声は、先ほどよりは少し勢いが削がれている。
「そうよ!操り人形があんな歌を歌えるはずがないでしょ!」
そう叫んで前に出たのは梓だった。千晶以上の自信満々さに溢れている。
「やってあげる!私達二人で、私達の歌の力を見せつけてあげるよ。ね、わこちゃん」
「う、うん」
わこは梓の勢いに思わず頷いてしまうが、その瞬間に「しまった」という顔を見せる。
「そっちから対決を挑んできたのにそちらのホームで行うのはおかしな話よね。会場はこちらにしてもらうわ。どっちにしろ同じ日にうちも文化祭なの。そちらの高校に行くのは無理だわ」
わこが前言を撤回する前に、多佳美がすかさず話を進める。
「同じ日なの?それは仕方がないわね」
千晶は悔し気な表情を見せながら条件を飲む。
「でも、今からそんなことできるのかな?参加申請は夏休み前に締め切ってるでしょ。それに他校生の参加って認められてたっけ?」
「心配無用です」
花月の疑問に力強い声が答えた。その声は人垣の後ろから響いてきた。声に押されるように人垣が真っ二つに割れる。その先には縦巻きツインテールの小柄な少女、そしてその斜め後方にメガネの少女が立っていた。
「だ、誰?」
只ならぬ雰囲気に千晶達が怯む。
「桃陰高校生徒会会長、光陣はるか!」
はるかはゆっくりと歩き始め、名乗りを上げた副会長の東村流星はそれに従う。二人は人垣の前に出てきて、立ち止った。
「話は聞かせてもらったわ」
流星が言い、はるかが一同を見回す。その眼光の威圧感に、石津川高生三人はなぜはるかがしゃべらないのかを聞くこともできない。
「生徒会会長の名を持って、あなた達の参加を許可します」
はるかの英断に、その場に集まっていた生徒達はどよめき、その後に拍手をする。三人の歌い手の生歌を聞けるチャンスが来たのだ。
「ちょっと待ってよ」
叫びながら走りこんできたのは宇美だった。
「そんなことしたら、文化大勲章取られちゃうじゃない!」
「あ」
「確かに」
宇美はARIAが出演するだけで、一年A組の劇が文化大勲章を獲得できると考えていた。それなのに、ARIAに加えてリングと3Bが出演する催し物が出てくれば、そちらに票が集まることは容易に想像できた。
「でも、そもそもこのイベントは誰が実行するの?」
またしても花月が問う。歌い手だけを集めてもステージは動かない。会場設営に音響、ライティング、観客も大勢集まるだろうから誘導や整理の係も必要になる。しかも3Bは学外の人間なのでステージに上げるには手続きが必要になってくる。
顔を見合わせる一同の前に、はるかがずいと進み出る。
「心配ありません。生徒会が許可したことなのですから、生徒会が実行します、って会長!」
自分の仕事が増えることを察知した流星が代弁した後に非難の声を上げるが、はるかは構わず自分の右胸を示しながら不敵に笑った。
「考えたら、一年生の時から生徒会の仕事が忙しくて私は文化大勲章を付けたことがないのに気が付いたの」
流星は嫌々ながらもしっかりと代弁する。
「最後の年ですもの。取りに行っても悪くはないでしょう」
「ずるーい」と宇美がすぐに抗議する。
「梓ちゃんはそれで良いの?」と助けを求めるが、
「私はどっちにしろもらえそうだから」
と梓はあっけらかんとした答えが返した。
「このうらぎりものー」
悲痛な声が上がるが、最早状況は動かしがたいものになっていた。
こうして、生徒会主催による歌い手三人の共演が決定された。
*
「どうするのよ!主題歌も作らなくちゃいけないのに」
「別に新曲である必要はないんじゃないかしら?」
「それはそうだけど、でも……、もし私達だけが新曲じゃなかったら悔しいじゃない」
「主題歌は新曲じゃない。それを歌えばいいでしょう」
「それはそうなんだけど……」
花月と多佳美の歩きながらの議論には加わらず、梓は朗らかにドアを開ける。
「こんにちはお姉ちゃん」
「遅かったじゃない」
一同を迎えた座間聡子は明るい顔を見せる。3Bが現れる前にこれから行くと連絡していたのだが、ごたごたしている間に到着が遅れてしまったのだ。
しかし聡子は遅れたことを怒っているのではなく、待ちきれなかったという感じだった。
「すっごく良い話が来たわよ」
「お姉ちゃん、就職するの?」
「それはないわ」
聡子は急に真面目な顔になって答える。
「あやパーがまたイベントに呼んでくれたんですか?」
「残念だけどちょっと違うわ」
「月間ランキングは一位じゃないわよね」
「でも二曲もトップテン入りしたからまた頑張ろう」
「ロールパン食べ放題とか」
「なんでよ」
皆の想像が外れたところで聡子は高らかに告げる。
「CDデビューよ」
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