第三章
第三章
杉三たちは、籠原の車を降りた。場所は大学から数分の距離であった。
杉三「この家?なんか人が住んでいないように見える。」
籠池「でも、彼の入学書類には、ここに住んでいると書かれていたんですがね。」
蘭「でも、表札がありませんね。」
籠池「おかしいですな。」
杉三は、隣の家に近づいていき、大きな飼い犬に吠えられているのも気にせずに、
杉三「すみません。」
と、チャイムを押してしまう。と、クマのような体をした男性が、出てくる。
男性「なんだよ、今日は夜勤明けなんだから、あんまり起こさないでくれよ。」
杉三「そうなんですけどね、このお宅に住んでいた、柏原秀龍という方を探してるんです。」
男性「柏原?」
杉三「はい。だって、大学にある名簿を見ると、ここに住んでいたそうじゃないですか。」
男性「大学?やっと関係者が来たのか!でももう遅すぎるよ。」
籠原「どういうことですか?」
男性「失礼ですけどあなたたち、、、、。」
杉三「ああ、僕は影山杉三です。」
籠原「籠原大学の理事長の籠原です。」
男性「理事長さん?もう遅いよ!すぐに謝罪に来てくれればよかったのに!今になって謝罪するなんて。ああ、あとニ、三年早かったら柏原君は助かったかもしれないね。本当に惜しいことをしたなあ。柏原君なら、引っ越していったよ。病気の症状が進行するのを食い止めるには、大学から離れたほうがいいと、お母さんが言っていたからね。もう、お母さんの実家に帰ったよ。そのほうが彼にとってもよかっだろうからね。」
杉三「その実家はどこにありますか?」
男性「知らないよそんなこと。教える気にもならねえ。」
籠原「そうですか、わかりました。」
杉三「まって、教える気にならないというのなら知っているんだね!」
男性「は?」
杉三「知っているんだ。そうなんでしょう?だったら教えてほしいんだ。今、大学が大変なことに、」
男性「だったら意味がないじゃないか。柏原に大学が大変といってもいい気味だと言ってわらうだけじゃないか。」
杉三「そうじゃなくて、古筝科がなくなりそうになっているんだよ。きっと、古筝科に残っている、生徒さんたちは、本当に苦しいとおもうよ。だってさ、今、学校が苦しいせいで一番大切なものを手放す生徒が本当に多いよね。それを完遂し柏原君の存在というのは本当に大きいと思う。そうすれば、また、やる気を取り戻してくれると思う。そのために、柏原君の協力が必要なの。だから教えてくれないかな。」
男性「それ、本来なら理事長が言うべきじゃないのかい?」
杉三「僕は、代理人でしゃべっているだけで、これを発案したのは理事長だよ。」
男性「はあ、そうなの?じゃあ、そういうことならいうけどね、柏原は、龍山に住んでるよ。」
籠原「あ、あんな遠いところに?」
男性「そうだよ。当り前じゃないか、真剣に勉強したいから、母親と二人でこっちまで来たんだよ。古筝を持ってこなければいけないから、一戸建ての家を借りてね。出ていくとき、本当に悲しそうだったあの顔は忘れられないなあ、、、。」
杉三「わかった、僕らが行って、説得してくる。大学がもっと良くなるように。じゃあ龍山まで行ってくるよ!」
蘭「杉ちゃん今から遠いところに?」
杉三「うん。新幹線使えばすぐじゃない。」
蘭「そういってみればそうだけど、新幹線は、、、。」
籠原「いや、今はまだ12時です。日帰りで行けますよ。交通費なら私が出します。行ってみましょう。ここまで来たら、何とかしなければいけません。」
蘭「しかし、、、。」
籠原「いえ、新幹線であれば、40分くらいです。」
杉三「わかりました。僕たちも一緒に行きます!」
籠原「じゃあ、行きましょう。ご親切にどうもありがとうございました。」
と、急いで杉三たちを乗せて、車を走らせていく。
新幹線を降りると杉三たちは交番に行って、柏原の住所を聞き出す。巡査がくれた地図の通りにいってみると、茶畑の広がる、山の中である。
蘭「こんなところに、住んでいたのか。土砂崩れでもあったら大変じゃないか。」
三人は、狭い道路を歩き、坂道を登り切った。
杉三「はあ、疲れたよ。」
蘭「杉ちゃん、あれ見て。」
と、目の前に、一軒の小さな家が建っている。
籠原「柏原、、、。よし、行ってみよう!」
と、ドアに近づき、呼び鈴を鳴らす。
声「どなたですか?」
籠原「籠原大学理事長の籠原です。柏原秀龍君にお会いしたく、伺いました。」
声「いえ、うちの息子にはお会いさせません。御用なら私が。」
と、玄関のドアが開いて、中年の女性が出てくる。
籠原「あ、お母様ですか?理事長の籠原薫です。あの、柏原君にお話ししたいことがございまして、」
女性「結構です!今更何ができると思っているんですか!」
と言って、籠原に殴りかかる。
蘭「お、落ち着いてください!いきなり来て何を!」
しかし彼女は思いっきり籠原のほほを平手打ちする。
蘭「いったいなにがあったんです?まず話してみてはいかがですか?」
女性「私は、柏原秀龍の母の柏原智子です。どうして秀龍があんな姿になって帰ってきたのか、全くわかりませんでした。秀龍から話を聞いたとき、私は、あなたたち大学にまんまとだまされて、結局何もできないまま十年たってしまいました。どうしてすぐに謝罪してくれなかったのですか!あの恐ろしい、大石とかっていう女をいつまでも働かせているんですか?もう、今更謝りに来たって、このうちの敷居はまたがせませんよ。あなたたちが、うちの秀龍をめちゃくちゃにして!教育と言いながら、あなたたちは私たちをだまして、たぶらかして、結局、結果として何もかも得られなかったわけですね!」
蘭「お母様、取り乱すのはやめてください。確かにひどい目にあったのかもしれないけど、具体的に何があったのか、感情をぶつけるだけではわかりませんよ。僕が間に入りますから、ゆっくり話してみてください。」
智子「そうですよね。私も取り乱してしまいました。申し訳ありません。大学を卒業して十年間、秀龍はいつも死にたいと口にして、親として情けなかったのです。秀龍は、大学にいったのは自分であって、お母さんは関係ないといいますが、あの子を最終的にお宅の大学へ行かせたのは私ですから、、、。」
蘭「具体的に何があったんですか?何が大きな事件でもあったんですか?ただ、感情的になっても何も伝わりません。」
智子「ごめんなさい、私、本当に、、、。」
蘭「だから、自分を責めるのはよしなさいってば。そうじゃなくて、何があったかを話してくださいよ。」
智子「ごめんなさい、私、、、。」
玄関先で問答しているあいだ、杉三は、車いすを動かし、庭に行ってしまう。そこに、一人の青年が縁側の上に座っている。彼は浴衣を着てげっそりと痩せている。
杉三「こんにちは。」
青年は、杉三のほうを見る。
杉三「君が、柏原秀龍君だね。」
青年「そうですけど、、、。」
杉三「お体のほうはどう?」
秀龍「それよりも、どちら様でしょうか?」
杉三「僕は、影山杉三。杉ちゃんと呼んでね。籠原大学の理事長の友達なんだ。籠原って君の母校だよね。いいなあ、あんなすごい大学が母校なんて。僕、毎年、卒業演奏会も聞きに行ってるんだ。」
秀龍「そうですか。音大のことはもう、忘れないと。」
と、言いながら目に涙をこぼす。
杉三「忘れられないんでしょ?そうだよね。傷ついていれば、忘れるなんてなかなか難しいものだよね。」
秀龍「ええ、、、。それではいけないんですけど。でも、体もいうこと聞いてくれなくて。」
杉三「それなら、空っぽになるまで言ったほうがいいんじゃないの?君も、黙っているとつらいだろう。君のお母さんだってそうだろ。」
秀龍「もう十年たっているから、悲しんではいけないと思っているけど、ほかの同級生とか見かけると悲しくなりますよ。ご覧のとおり、僕は、何もできない体になってしまいました。
ここは、のんびりとはしてるけど、偏見の強いところです。大学なんて行くよりも早く働いて家に尽くすのが美意識だとさんざん言われてきましたからね。母もそれに対抗したかったから、僕が大学にいくといったとき、一緒に来てくれたと思いますが、その結果、こういう病気しかもらってこれなかった。」
杉三「そうかあ。それはつらい体験だったなあ。どうしてそんな病気にかかったの?大学で何かあった?」
秀龍「話すと長くなりますけど、、、。」
杉三「いいよ、どうせ僕は馬鹿だから、いつまでも聞いていられますよ。」
秀龍「僕は、古筝科を早くから受験するつもりでした。でも、この地域はインターネットさえも偏見が強く、PCを持つことだけであっても、年寄りたちが全否定をするところですから。だから、情報を集めることができなかったんです。たまたま、入った古筝教室で、音大受験のために、大石という先生を紹介されて、僕はそこへ通うことになったのですが、、、。」
杉三「ああ、あのカッコつけて弾いている女ね。僕、演奏会で見たことあるよ。確かに変だよね。」
秀龍「ああ、ご存知でしたか。僕はその先生に師事をし続けていました。でも、はじめの古筝教室を主宰していた先生が、大石には内緒で野口先生を紹介してくれたんです。野口先生は大変優しい方で、僕は野口先生の優しさを分けてもらいたくて野口先生の古筝教室にも通いました。本当はルール違反であることは確かでした。でも、野口先生のもとを離れたくなかったし、みんなそういうことはしているといわれていたので、そのまま続けました。で、入学式の翌日だったんですが、僕が入学のあいさつに大石のもとを訪れた時に、大石がものすごい形相で怒鳴りつけたのです。私が一生懸命育てたのに、野口のもとに行くのはどういうことだと。聞けば、野口先生は、大石から僕を引き離して、自身の門下生にしてくれることを考えていたそうなんです。しかし、大石が強引に僕を自分の門下にしようとしたらしいのです。その時のことを大石は、まるで僕がすごく悪人であるかのように語りました。」
杉三「なるほど、本来は野口先生のもとへ行きたかったの?」
秀龍「まあ、無理だとは思っていましたから、大石のもとに残るつもりでした。野口先生は、善意でやってくれたわけですから、それはとてもうれしかったですけどね。いずれにしても僕は、大石のもとで四年間師事し続けましたが、僕に対して鬼のようにつらく当たりました。
本当に、あの4年間は地獄のようなありさまだった。」
杉三「まさしく、虐待そのものだったんだ。」
秀龍「ええ。ミスタッチをすれば、持っていた割りばしで手をたたかれますし、練習が不足していれば、頭上からバケツに入った水をかぶせられ、その片付けもしました。そしてレッスンの後、よくこう口にしていたものです。『お前は裏切り者だ。お前を愛して指導をしているのはこの私だけだ。覚えておけ!』と。」
秀龍の息が荒くなってくる。
杉三「無理して話さなくてもいいよ。苦しいのなら。顛末は大体わかったから。周りの人に相談しても、何も答えは帰ってこなかった。そうでしょ?それで、その鬼教師の下で、耐えるしかなかったんだ。」
秀龍「よくわかりますね。まさしくその通り。卒業するまでそれは続きましたよ。卒業演奏会にも出演しましたが、もう、僕の演奏ではなくて、大石の演奏を再現していなければ、百叩きが待っているような気分でしたよ。その数日後に僕は昏倒してしまって、、、。気が付けば、もう、こんな体でした。」
杉三「そうだよね。体がだめになって動けないのなら、忘れられなくて当たり前だ。でも、何も悪くいなんかないよ。それを忘れないでいてね。悪いのはその大石っていう、女のほうがいけないんだ。僕は馬鹿だけど、そのくらいわかるからさ。つらかったよね。四年間が一番楽しいときなのに。それをみんな盗られたわけだからね。それは確かにつらいところでもあるよね。」
秀龍「一番つらいのは、母がこれに責任を感じて、臥せってしまったことでした。母は僕以上に責任を感じて、時々感情が不安定になるんです。でも、僕もご覧の通り働けない体ですから、この実家に戻ってきたのです。幸い祖父母もいるので、経済面では困っていないのですけど、、、。」
杉三「それがさらに悲しみを助長させちゃうんだよね。わかるよ。それ。」
秀龍「わかりませんね。人間の運命って。僕は古筝が好きで単に専門的に習いたくて大学を目指しましたが、全く得たものはありませんでした。だからもう、なんのために生きているのかって感じですよ。できることなら、このまま死んでしまいたいくらい。」
杉三「それはいけないよ。自殺なんて。なあ、お母さん、少し休ませてあげることも兼ねてさ、いいところへ行ってみない?富士というところにあるんだ。」
秀龍「富士?遠すぎますよ。僕は、ここから100メートルある店に行くこともできないんです。」
杉三「わかってるよ。全寮制だから大丈夫。」
秀龍「でも、母が心配するんじゃないですか?」
杉三「いや、君が笑顔になればお母さんも安心するよ。それに、安心して任せられれば、お母さんも休まると思うよ。」
秀龍「何をするところなんですか?」
杉三「たたら製鉄。」
秀龍「製鉄?鉄工所で働けと?」
杉三「いや、働くというより居場所のない人が、自分を見つめなおすために来るんだ。」
秀龍「でも、製鉄はできないです。そんな体力が、、、。」
杉三「全員鉄づくりにかかわる必要はないよ。それよりも自分を見つめなおす場所だから。みんな何かしらのことで傷ついてるし、みんな悩んで苦しんでいる人たちだから。それを考えれば何も怖いところじゃない。それに、音楽とか美術とか、すごく親しんでる人たちだよ。だからここにいるよりずっと楽しいと思う。来てくれないかな?」
秀龍「そうですか、、、。ありがとうございます。」
玄関先
智子「だから、あんな鬼みたいな教師に、うちの息子を引き渡したのは理事長でしょ!その責任はきっちりとってもらうわ!」
蘭「鬼みたいな教師。つまり、息子さんの担任教師がすごく悪い人だったことは理解できます。でも、具体的に何をされたのかがつかめない。」
智子「そんなの話している暇なんかないわよ!」
籠原「申し訳ありません!」
と、両手をついて詫びる。
籠原「私の責任です。大石がそんな悪女であったとは、私は気が付きませんでした。お金は何円でも払いますから!本当に、申し訳ございません!」
智子「理事長が謝っても困ります。私たちが、過ごしてきた10年という地獄の時間を返してもらいたいわ!」
籠原「申し訳ありません!」
智子「大学ともども呪われるがいい!」
蘭「お母様そんなこと、、、あれ、杉ちゃんは?」
と、蘭が周りを見渡すと、
杉三「こっちだよ!」
と、庭から戻ってくる。
蘭「どこに行ってた?」
杉三「彼を連れて帰ろう。」
蘭「何わからないこと言ってるの!」
と、同時に、秀龍がやってくる。
智子「秀龍、寝てなきゃダメって、言ったじゃない!」
秀龍「お母さん、僕、杉三さんの言うとおりにしてみるよ。ここにいてもらちがあかないもの。それなら、環境を変えたほうがいい。お母さんは、ゆっくり休んでくれればいいから。」
籠原「ああ、柏原君!」
その豹変ぶりに、籠原は声も出なかった。大学に在籍していたころの柏原とは、全く風貌が違っていたからだ。
籠原「柏原君、本当にすまなかった!理事長である私が間違っていた!お金は何円でも出すし、いい病院も探そう!どうか許してくれ!この通りだ!」
秀龍「理事長、もう気にしないでください。過去は過去です。戻ることはできません。」
籠原「本当に申し訳なかった!私を殴ってくれてもいい!」
秀龍「そんなことはしませんよ。お母さん、僕は、この人たちと富士へ行ってみます。杉三さんから聞きました、製鉄所の手伝いをして、少し自分のことを見つめなおしてきます。必ず帰るから心配しないで。」
智子「秀龍、でも体が、、、。」
秀龍「無理はしないようにしますから。行かせてください。」
智子は、息子の美しい目にしばらく何も言えなかった。一つ涙が出たが、すぐにそれを拭きとって、
智子「わかったわ。行ってらっしゃい。」
といった。
蘭「杉ちゃん、紹介したの?青柳教授のところ。」
杉三「うん、だって、誰かがどこかで変化しなければ変わらないしね。」
蘭「杉ちゃんは偉いのか馬鹿なのか、、、。」
どこかでカラスが鳴き始めた。気が付くとあたりはもう夕方に近かった。
杉三「籠原理事長、彼も仲間に入れてやって、一緒に行きましょう。」
まもなく、蘭が手配したジャンボタクシーがやってきた。タクシーは、智子だけを残して、ほかの者を全部積み込み、名残惜しそうに走っていった。
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