第21話
『レディベスティエ』の鼻っ面を飛び出して、俺はジャクソンめがけて飛び出す。
俺が離れたため、『レディベスティエ』の浮遊状態は解除された。
『レディベスティエ』が重力に引かれ、地球へと落ちていく。
俺も地球に落ちているのだが、俺がジャクソンに向かって飛び出したため、二人とも落下しながら徐々に距離が離れていく。
離れていく俺たち。ゆっくりと、ゆっくりと離れていく。
ジャクソンはそれを見て、慌てた様子で俺のほうに移動してくる。
そして俺の体を、空から落ちてきた生卵をつかむように優しく、ジャクソンは受け止めた。
両手で握られた俺は、ジャクソンの目を見つめる。
そして、獅子の瞳が揺れた。
『お、おお、おおぉぉぉぉおおお! まさか、まさか、こんな、センジン様が、こんな!』
信じられない。認めることは出来ないと、ジャクソンは嘆いた。
『シシ』の獅子としての姿に誇りを持っている『ギガク』のジャクソンからすれば、『ギガク』の英雄であるセンジンが獅子以外の姿、それも、こんなに小さく、矮小な存在になっているとは、到底認めることは出来ないのだろう。
だが、それでも。
それでも、ジャクソンには祈りが届いたのと、分かっているのだ。
『もう分かっただろ、ジャクソン。俺を『レディベスティエ』に、センジンの遺体に戻してくれ』
求めて止まなかった『ヒト』が、いや、『シシ』が、『ギガク』の英雄センジンと、もう一度会いたいという祈りが届いたことを。
だが、
『だが、だが認められないのである! こんな、『フウリュウ』に与えられた体など! お前がセンジン様だと、認められないのである!』
それでも、ジャクソンは俺を否定する。
『ジャクソン! もういいでしょ? 早くチヒロを戻してあげて! このままではチヒロが死んでしまうわ!』
ドクダメさんが俺たちの会話に割り込んできた。俺を心配しての行動だろう。
だが、それは逆にジャクソンの神経を逆なでする結果となった。
『うるさい! うるさいうるさい、うるさいのである! シブキが、貴様がすべて悪いのだ! 貴様さえいなければ、センジン様はっ!』
『分かったわ! ワタシのことはどうなってもいいから、早くチヒロを! 彼を解放してあげて!』
『ちょっとドクダメさん、何言ってるんですか! 俺がセンジンなのは、間違いのない事実でしょう!』
『ええい! チヒロもうるさいのである! ただ創られて、センジン様の記憶がないお前など! お前の『ナカ』には何もないのである!』
その言葉に、俺はいい加減キレた。
センジンだけじゃない。ドクダメさんに対してもだ。
こいつら、散々俺のことを哀れな創られし偽りの存在だとか、失敗作だとか、好き勝手言ったくせに、何を言っているんだ。
俺に絶望的な真実を認めろと言ったくせに、自分に都合のいい真実を俺に押し続けたくせに、今度は自分に真実が突き付けられたら、それを素直に認められねぇのかよ!
それに俺の中は、カラッポだと?
ふざけるな。ふざけるんじゃねぇ!
『テメェら、何勝手なこと言ってやがるんだ! ドクダメさんも、何勝手に諦めてるんですか! 生きるの諦めちゃってるんですか! ジャクソンも、俺の『ナカ』には何もない? おいおいふざけんなよ。ふざけんなよテメェら! 俺にはな、俺が『自我』を持ったその時から、俺が目覚めたその瞬間から、ドクダメさんへの想いが、愛が、俺の中に詰まってるんだよ!』
俺の絶叫を受けても、ジャクソンとドクダメさんは引き下がってくれない。
『それはシブキが都合のいいように貴様の『脳』にデータを注入たからである! その想いは、シブキへの想いは偽者なのである!』
『そうよチヒロ! それは愛とは呼べないわ! そんな想いじゃ、相手に伝わることはないわ!』
ドクダメさんは、『脳』の完全な複製は出来ないと言っていた。だが、『脳』へのデータの注入が出来ないとは言っていない。だから、俺のドクダメさんへの想いは、本当に創られたものなのかもしれない。だが、
『偽者だと? 愛とは呼べないだって? じゃあ、じゃあ愛ってなんなんだよ? 伝わることはないって、なんだよ。だったらこの想いは、伝えちゃいけないものなのかよ?』
高校三年間で、生まれてから今まで、俺はいろんな『愛』に触れてきた。でも、
『でも俺のこれが、俺の中のこの想いが、ドクダメさんの言っている『愛』と差があるとは思えない! これが伝えていいものじゃないなんて、思えないんだ!』
そうだ。この激情が、この熱い想いが、自分の命を賭けてドクダメさんを救いたいという俺の想いが、他のやつらの『愛』に負けてるなんて、思えない!
『そもそもどうすれば『愛』は伝えれるんだ? どうしたら受け入れてもらえるんだ? 自分のことを、ちゃんと好きな理由を伝えられればいいのか? 伝えられた側は、その理由に納得できればいいのか? だったら、納得できる台詞を言ってさえもらえれば、誰とも付き合うってことなのか?』
それで、いいのか?
『ならその順番は? 納得できる理由を、一番初めに伝えてくれた人だけ有効なのか? それとも、その納得できる台詞を言ってくれる人が次に現れれば、別の人に乗り換えるのか? 一番初めに伝えてくれた人の想いだけに応えるなら、あなたの心は早い者勝ちだってことなのか? 順に別の人を受け入れ続けるのなら、自分を納得させてくれる人なら、誰でもいいってことなのか?』
大体、伝えちゃいけない想いなんてあるのか?
『そんな機械みたいに、誰かを愛せないわ!』
『自分の体を機械化した『レオーネ』人が、『シシ』それを言うのかよ。地球人だって、『ヒト』だって電子信号で、ナトリウムとカリウムのイオンの流れで感情のやり取りをしてるじゃないか! それは『レオーネ』人だって変わらないんだろ?』
伝わらないと分かっていても、伝えなきゃいけないことだって、あるんじゃないのか?
『『シシ』も『ヒト』もロボットみたいに電気だけで動いていないのよ。ちゃんと感情をコントロールするために、神経伝達物質があるわ!』
『それの何が違うっていうんだ! いや、それがあるから、余計にややこしくなってるんじゃないのか? 〇と一が複雑に絡み合って、絡み合いすぎて、単純なことすら分からなくなっちまっているんじゃないのか? そもそも神経伝達物質で感情を抑止して理性を得るのが人間としての尊厳なら、神経伝達物質が減るような鬱病になる人は、『ヒト』じゃないのか? 『シシ』じゃなくなってしまうのか?』
伝えた結果、相手に届かなくて、自分が、俺が傷付いてもいいんだよ。
『単純に、あるなしの話しをしてるんじゃないのよ!』
『そうだ! あるなしの話をしてるんじゃねえ! あいまいな部分があってもいいんだ! 何でもかんでもはっきりさせる必要はない! だったら、恋愛だってあいまいでいいじゃねぇか!』
それでも、伝えたいんだよ! それなのに、
『何がいけないんだ? 何で、そこだけはっきりとさせたがるんだ?』
愛が、想いが偽者だとか。伝わる想いだとか、伝わらない想いだとか!
『何で明確な区切りを欲しがるんだ。伝えてもいいじゃないか。伝えられても、いいじゃねぇか! 想いをぶつけても、ぶつけられてもいいだろうが!』
それでも区別を付けたがるっていうことは、
『怖がってるだけじゃないのか? 伝えられた想いに、それを拒絶することに、その想いに応えた後に自分が傷付くのを、怖がっているだけじゃないのか? この人なら大丈夫だという、この人の想いに応えてもいいっていう安心感が欲しいだけだじゃないのか? この人はワタシのことを見てくれている、自分のことを支えてくれる、って。この人なら受け入れてくれるっていう、保証が欲しいだけなんじゃないのか?』
でも、そんなの、
『そんなの言い訳だろ! 自分が愛してもいいと思える『言い訳』をくれる人を求めているだけじゃないか!』
結局、言い訳なんだよ!
『自分が、誰かに想いを伝えたい言い訳だろそんなもん! その想いに応えた後、愛を貫けなかった時の言い訳に使いたいだけだろ! ダメだった時の、保険かけてるだけだろうが!』
だったら、
『だったら、そんな保険に、恋愛するのに傷付くことを恐れてるやつらの恋愛に、俺の想いが負けているわがない! 俺の『愛』の、どこが偽者だっていうんだよ!』
俺が今思い出しているのは、松井博士の言葉だった。
『初めに誰かに決められたその関係は、全員不幸になっちまうのか? 違うだろ。そうじゃねぇ。例えお見合いで結婚したって、子供を生んで幸せになってるやつだってちゃんといるだろうが! 何、恋愛至上主義に染まりきってるんだよ! テメェら宇宙人だろうが! 『レオーネ』では『強さ』を求めて生身の肉体すら捨てたんだろうがっ!』
なら、
『なら『愛』だって、スタートの形は何だっていいじゃねぇか! 求めてるものが最終的に手に入るのなら、『愛した人』と一緒に幸せになる未来をつかめるのなら、別に俺の想いが初めっから誰かに創られていたものだったとしても構いやしない! 俺の想いは、俺の創られた想いは、『愛』に至れる想いだ! 俺の想いで、俺は、俺の愛したドクダメさんを幸せにするんだ!』
例え創られた想いであっても、それを貫き通せれば、それは本物の想いになる。
誰かが俺の進む道路(恋愛)を創ったんだとしても、俺はその道の法廷速度を守って、ちんたら走ることなんてしない。
『俺は言い訳なんてしねぇ! 最短で、最速で、最強のこの想いを、今からぶつけてやる! 伝えてやる! 俺を愛してもいいのかなんて不安を抱かせる時間もやらねぇ! 本当にそれでいいのかと、想いをぶつけて相手を傷つけないのかと、相手から自分が傷つけられるかもしれないと、全部考えた上で全力でぶつける! 理性で一度押さえつけ、それでもぶつけたいと思えた想いをぶつけるんだ!』
ドクダメさんに寄りかかっていた時の弱い自分を思い出す。
何がドクダメさんのそばに置いてもらいたい、だ。
ドクダメさんが、お前が俺のそばにいろよ!
だって、俺の『ナカ』には、
『俺が生まれてから三年間、俺はドクダメさんしか見てこなかった。たった三年間かもしれないけど、俺にとっては、生まれてから生きてきたすべての時間だ! 一生分だ! 俺の一生は、ドクダメさんの想いでできてるんだ!』
だから。
『俺の『ナカ』は、ドクダメさんの想いで一杯なんだよ! 満たされてんだよ!』
だから。
『だから、受け止めろよ! 俺を惚れさせた責任を取れよ! 俺に恋させた責任を取れよ! 俺に、愛させた責任を取れよぉぉぉおおおおお!』
だから。
『俺を愛してくれ! 俺に恋してくれ! あなたが欲しいんだ! あなたしか要らないんだ! あなたの心が欲しいんだ! あなたが俺に振り向いてくれないのなら、それこそ俺は『世界』を敵に回してでもあなたを奪いにいく! 奪っていく! あなたの心を、奪いつくす!』
『ええい! さっきから、何をわけの分からないことを言っているのであるか!』
今まで蚊帳の外だったジャクソンが、ここにきて口を開いた。
ジャクソン。お前、
『お前、まだいたのか』
『な!』
『いつまで人握ってんだよ! さっき戻せって言っただろうが! 告白の邪魔してんじゃ ねぇよ!』
『こ、告白だと?』
『ああ、そうだ。さっき『想いをぶつける』って言っただろうが。それに、そろそろ俺の活動限界が近いんだ。早く俺を『レディベスティエ』に、センジンの遺体に戻してくれ』
『だ、だから我輩は貴様がセンジン様だと認めていないのである! それにお前の想いも偽りのものだと、』
『だからそれは気にしねぇっつってんだろうが、ドアホがっ!』
分かんねぇやつだなぁ!
『姿が変わろうが、名前が変わろうが、記憶がなくなろうが、この想いが創られたもんだろうが、俺が今ドクダメさんを愛していることに変わりはないし、俺がセンジンだという事実も動かない! バラにどんな名前をつけても、その香りが変わらないようにな!』
『……アナタはまた、そう言ってくれるの』
ドクダメさんは、また、と言った。きっとセンジンが生前、ドクダメさんに同じようなことを言ったことがあるのだろう。
俺のどの台詞が、ドクダメさんにとってどんな意味を持つ台詞だったのか、センジンの時の記憶がない俺にはさっぱり分からない。
それよりも、
『……泣いているんですか? ドクダメさん』
『……』
返事はない。だが、泣いている。その確信がある。
俺の愛した人が、俺の恋した人が、俺の想い人が、泣いている。
だから、止めないと。
『ジャクソン。テメェ、本当に邪魔だ。早く離せ!』
『何度も言うが、』
『うるせぇえ! ドクダメさんが泣いてんだろうが! だったら、止めないとダメだろうが!』
俺は、咥えていたマウスピースから『ローレンス』を少しだけ口に含んだ。
こんなところでちんたらしている訳にはいかないんだ!
何人の恋路を邪魔してんだよ! ムカつくな!
それに、ムカついてるのはジャクソンにだけじゃない。
おい。お前だよ。お前。
お前も俺なんだろ?
同じ女に惚れたんだろ?
だったら、何ダンマリしてふわふわふわふわ地球に落下してんだよ!
お前が。
俺が。
いや、お前と俺が。
俺と俺が。
俺たちが。
今何をしないといけないのか、分かってんだろ!
だったら、いい加減とっとと動きやがれ!
俺は口からマウスピースを抜き取り、そいつの名を叫びながら投げつけた。
そいつの名は。
今の俺の、もう一つの名前は!
『《百獣の王》(re di bestie)!』
そして、俺は俺に応える。
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