第20話

体中が圧迫される感覚。いや、これは膨張しているのか?

戦闘スーツと『ローレンス』が満タンになったマウスピースを咥えて、俺は自分の肉眼で成層圏の藍色を捉えた。

『レディベスティエ』から見た時と同じで、そこはただただ、藍かった。美しい。

昨日基地に付いた時、『レディベスティエ』の口に拘束具が付いた状態で無理やり外に這い出れることは俺自身で証明している。今回、俺はそれを成層圏で実施しただけだ。

這い出した後、俺は『レディベスティエ』の顔の鼻の上辺りに立っていた。拘束具がされているため、ここが鼻の位置なのか正確な情報が分からない。

『ローレンス』が満タンになっているマウスピースを咥えているおかげか、はたまた『レディベスティエ』の顔に俺が立ってるからか、『レディベスティエ』の浮遊状態は維持できていた。

……このおしゃぶりをしているだけで、本当に俺は成層圏でも死なないんだな。

成層圏から宇宙服を着てダイビングに成功したという事例はあるが、流石に身一つで成層圏に立ったのは俺が人類史上初めてだろう。いや、俺は地球人ではないのだから、その言い方は間違っているのかもしれない。

既に地球人ではないと、ドクダメさんの拡張パーツで創られている体だと分かっているのに、実際に地球人では出来ないことをするというのは、中々ショックなことだった。

『センジン様のご遺体から這い出して、一体何をやっているのであるかチヒロ? それで我輩に、何を確認しろというのだ!』

『外に出た? チヒロ、アナタ何を考えているの!』

ドクダメさんが気遣ってくれるのはうれしいが、それに答えている余裕が俺にはない。

松井博士に聞いた制限時間は一〇分間。成層圏で俺が『レディベスティエ』の外に出ていられる時間だ。この時間を過ぎれば、俺は死ぬ。

俺が死ぬということは、『レディベスティエ』が動かせなくなるということだ。

そしてそれは、ジャクソンに対抗できる手段が地球になくなるということを意味する。

俺が死ねば、邪魔者がいなくなったジャクソンは地球に攻め込める。

そう。俺が『レディベスティエ』の外に出ている時間だけ、俺の命を賭けた時間だけ、俺は地球を危機にさらしているのだ!

だがこの方法しか、俺が命を賭けるしか、ジャクソンを納得させる方法がない!

『ジャクソン。お前言っていたよな? 俺の『通信』パターンがセンジンの『通信』パターンとほぼ同じだった、って』

 そう。ジャクソンは昨日確かにそう言った。だが、

『本当に『ほぼ同じ』なのか? 『まったく同じ』の間違いなんじゃないのか?』

『な、何を言っておるのだチヒロ! お前は何を言いたいのであるか? お前は我輩に何をさせたいのであるか!』

『お前言っていたじゃないか。『いくらなんでも似すぎだ』、『まさかこのパターンで再び『通信』出来るとは思わなかった』って。だから、もう一度よく確認してくれよ』

ジャクソンにもう一つ確認したかったのは、このことだ。

ドクダメさんは嘘を付いていた。だが、それは全部が全部嘘ではなかった。

昨日の会話の中で、ドクダメさんとセンジンは脳からの『応答』を誤認させることに成功させていたと言った。だから、『通信』と『応答』の話は嘘ではない。だとしたら一つの疑問が浮かび上がる。

センジンは死んでいるはずなのに、どうやってジャクソンはセンジンからの『応答』をたどってきたんだ?

松井博士は、ある特定の『通信』を受けると『自分』が存在していることをその『通信』を送った相手に『応答』すると言っていた。

『俺は『応答』は無線LANのアクセスポイントのようなもので、『通信』出来ない相手でも取り合えず存在だけは教えると聞いている。だとしたらそのアクセスポイントは、『応答』を返す体の箇所は『脳』なんじゃないか? 死んでいる死体の脳からも、その『応答』は返るのか?』

『『応答』は、『脳』から返るのである。例え死んでいても……。それは『レオーネ』で、センジン様がお亡くなりになった時に確認済みなのである!』

『だったら死んでいても、『脳』があれば一意に誰の『応答』と『通信』なのかが分かるはずだよな? 同じ『通信』パターンは同じ『脳』からしか発せられないんだから!』

そう。ドクダメさんは、完全に同じ『脳』の複製は出来ないと言っていた。

俺の予備パーツを創っていないことから、これは事実だといえる。

だからセンジンの『脳』の『通信』パターンは、センジンの『脳』からしかしか発せられないことになる。


『さぁジャクソン、俺の『脳』の『通信』パターンが、『応答』の結果が、センジンのものと一致することを確認しろ!』


それは、逆のいい方をすれば、センジンと同じ『通信』パターンを持つ『脳』は、センジンの『脳』と同一だといえる!

ジャクソンに俺の『脳』の『通信』パターンを調べてもらうため、俺は外に出たのだ。ジャクソンと戦闘になる前でなければ、こんな確認を行っていられる余裕はない。

そして、その結果は、

『そんな。まさか、嘘なのである……』

ジャクソンのその反応が、結果がどうだったかを教えてくれた。

『ジャクソン、お前言ってたよな? 一意に決められる脳波と電子信号は、個々の『魂』だって。だったら、センジンの体を動かせる俺の『脳』はセンジンの脳波と電子信号と同じもので、センジンと同じ『通信』と『応答』のパターンが一致する俺は、センジンの『魂』が入ってるってことだろ?』

『レオーネ』では、体はただの強さを求めるための手段に過ぎない。

肉体を捨て去った『レオーネ』人にとって、自分を自分たらしめる『自我』は、『魂』そのものだ。

だったら、

『俺は、センジンだ』

『嘘である!』

ジャクソンは、槍槌を振るい、否定する。

『認めないのである! そうである。貴様がセンジン様の近くにいるから、それで一致しているだけなのである!』

『だったら、直接触って確かめてみろよ』

俺は、『レディベスティエ』から身を躍らせた。

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