第19話
『何を、何を言っておるのだチヒロ……!』
『違うわ!』
ドクダメさんが俺の発言を即座に否定する。
『違う? 何が違うっていうんです?』
『全部チヒロの思い込みよ! 妄想よ!』
『思い込み? 妄想?』
俺は、ドクダメさんの部屋で見つけた付箋の貼られた本のことを思い出していた。
『じゃあ何であんなに『名前大辞典』に付箋が貼ってあったんですか? 読みましたよ。千尋の項目も。あの本には他にもことわざや花言葉についても書かれていて、そこも付箋が貼ってありましたよね』
大辞典というだけあって、名前の由来や、その名前に基づくことわざや花言葉についても書かれていた。
付箋の貼ってあったことわざは、『獅子の子落とし』。
『獅子は子を産んで三日経つと、その子を千仞の谷に蹴落とし、生き残った子を育てるという言い伝えから、『獅子の子落とし』ということわざが出来たそうですね。そして、千仞はセンジンと読んで、千仞は千尋とも書きます。『千尋』にも付箋が貼ってあって、千尋がセンジンとしても読めることが書いてありましたよ。ここから、俺の名前をチヒロにしたんじゃないんですか? センジンの脳を使った、俺の名前に』
『違う!』
ドクダメさんは否定する。でも、俺は喋るのを止めたりなんてしない。
『『ドクダミ』にも付箋がされてました。ドクダミの別名には『ドクダメ』がありました。俺は初め、旦那さんの仇を討つために、毒を溜め込むために背負った名前だと思っていました。でも、違いますよね? ドクダミの名称はむしろ逆の毒矯みで、毒を抑えることからきています。さらにドクダミの花言葉は、白い追憶。白といえばウェディングドレスなんですよね? センジンに着せてもらったウェディングドレスの思い出を忘れたくないから、センジンとの時間を忘れたくないから、それでもその思い出は幸せすぎて自分の毒になってしまうから、その毒を抑えるためにドクダメさんは『ドクダメ』さんになったんじゃないんですか?』
『……違うわ』
『ドクダミにはもう一つ花言葉あります。それは自己犠牲。自分のパーツを俺の脳波と電子信号で使えるように加工して俺に分け与えてくれた以外にも、ドクダメさんが地球人の大きさになる際、自分の体で実験したんじゃないんですか?』
『……違うの』
どこまでいっても否定するドクダメさんに、俺は思わず声を荒げる。
いい加減、もう認めてくれよ!
『じゃあ何で俺のこの体じゃ脳波と電子信号が弱くて『レディベスティエ』を操作できないって知っていたんだ! さっきドクダメさん、自分のパーツを使って地球人の形に、脳も含めて自分を加工したって言ってたじゃないか! ドクダメさんが地球人の大きさになる時、自分の体で実験したから、先に自分の体を加工したから知っていたんでしょ? だから、いや、だからこそ俺にセンジンの脳だけ使って、体にドクダメさんのパーツを使ったんですよね? この体だけじゃ自由に『レオーネ』だった時のセンジンの体を操作できないから、何かあった時に俺がセンジンの体を使えるように支援ツールまで作って、センジンの体だけは残しておいてくれたんでしょ?』
『……やめて』
『なら、何で俺の予備パーツが、脳を量産できなかったかちゃんと説明してくださいよ! ないんじゃなくて、増やさない理由があったんでしょ? 増やせない理由があったんでしょ? 俺の脳を作る材料が、センジンの『脳』が一人分しかなかったからじゃないんですか!』
『……なんで』
『元々死んでいたセンジンの脳を使ったからかどうかは、俺には分かりません。でも、俺が目覚めた時、あの時俺の記憶がないことに驚いたのは、俺がセンジンの記憶を持っていなかったからじゃないんですか?』
『……なんで、気づいてしまったの、チヒロ。ワタシの罪なのに。アナタにこんな過酷な運命を背負わせてしまった、ワタシの、ワタシが罰せられるべき罪なのに!』
松井博士の言っていた、俺がロミオじゃないという意味も今なら理解できる。
そう、俺はロミオじゃない。ジュリエットなのだ。
俺が目覚めた時、先陣の記憶をなくした俺を見て、ドクダメさんはどう思ったのだろうか?
俺が、センジンが死んだと思ったんじゃないだろうか。
だからドクダメさんは、わざと辛らつな言葉を俺に吐きかけ、自分をジャクソンに引き渡そうと、殺させようとしたんじゃないだろうか。
ジュリエットが死んだと勘違いしたロミオは、自殺する。
そして、それを追ってジュリエットも死ぬのだ。
アホか! 死ねるか! 死んでたまるかよ!
俺もドクダメさんも、今生きているんだぞ? 今ここに、生きてるんだぞ!
だったら、だったらなんで死のうとなんてするんだよ!
俺たちはまだ生きていて。これからも生きていけて。
まだ愛し合えるじゃないか!
ありきたりな挫折と成長は、もう高校生活を通してすませてきたと思っていた。
ロボットアニメやマンガに出てくる主人公のように、苦悩して、成長して、強くなって、それでハッピーエンドを終えれると思っていた。
でも、違ったんだ。
この『世界』は、挫折することで溢れている。
起き上がっても起き上がっても、その度にまた『別の何か』に邪魔をされる。
立ち上がったら、終わりじゃないんだ。ここを勘違いしていたから、俺は今までドクダメさんに寄りかかっていたんだ。
愛する人を守るために戦うんだと。自分が戦う理由を、ドクダメさんに押し付けていたんだ。
依存していたんだ。だから揺らいだんだ。
嘘を付かれたことに動揺して一人じゃ立てなくなったから、その嘘を寄りかかった相手にまた求めてしまったんだ!
だから、もう止めよう。
これからは他の誰でもない、俺自身の、自分の意思で、戦うんだ!
俺が決めて戦うんだ。俺が戦いたいから戦うんだ!
俺が、俺の愛した人のために戦うんだ!
俺が恋した人のために、俺の命を賭けるんだ!
俺が命を賭けても守りたいと思った人がいるから、戦うんだ!
この想いを、誰かの所為になんて、もうさせやしない!
ハッピーエンドで終わりじゃないなら、戦い続けよう。
戦い続けて、幸せな結末を見続けてやる。
俺が一緒に幸せになりたいと想った人のために、戦い続けて、ハッピーエンドを見続けてやる!
『黙れ! 黙るのである! 何なのであるかこれは。一体何なのであるかこれは! 全部、全部シブキにとって都合のいい推論なのである! こんなものは、認められないのである!』
ジャクソンが憤慨し、激昂する。
ジャクソンの言いたいことも分かる。
今まで俺が話した内容は、地球で起こったことと、ドクダメさんとの会話の矛盾点をついただけだ。
地球でこの会話を聞いていないジャクソンには、今の俺とドクダメさんのやり取りだけでは、到底俺がセンジンだとは認められないだろう。
『そうか。俺がセンジンだと、ジャクソンは認めてくれないか』
『認めれるわけ、ないのである!』
だったら、もう最後の手段しか残されていない。
俺がセンジンだという証明を話すためには、ジャクソンと本格的な戦闘状態になる前でなければならなかった。
これは『レオーネ』の拡張パーツの扱いについての知識と、センジンとドクダメさんがどういう関係だったのか、正確な情報を手に入れるために必要だったことだ。
ドクダメさんに『レオーネ』のことを聞くのが一番手早く簡単だったのだが、今まで俺に嘘を突き通してきて、さらには死にたいと思っているドクダメさんが素直に話してくれるとは思えなかった。
だからこれは、ジャクソンに確認する必要があったのだ。それも戦闘に入る前の、敵同士になる前に。
さらにもう一つ。俺はジャクソンには確認したいことがある。
『証拠の提示を要求するのである! もっと正確で、明確な証拠を! それがないのなら、お前をセンジン様だとは認めれないのである!』
さぁここからだ。ここからが本番だ。
『残念ながら、明確な証拠はない』
もし一歩でも俺が間違えれば、地球は滅亡する。
『だから』
何故なら俺は、今から自分の愛のために命を賭けるからだ!
『だから、お前が確かめてくれよ。ジャクソン』
そう言って、俺はコックピットから『レディベスティエ』の外に出た。
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