第16話

今月で三度目の成層圏。だが、ここの景色はいつ見ても美しい。

地球が球体だと確認できるこの高さからの眺めは、何度見ても見飽きることはないだろう。ここで見える空は青より藍色で、この色は絶対に地球では見ることは出来ない色だ。

一度目は、ただ『ギガク』のロボットを倒すためにと、がむしゃらに上ってきて。

二度目も、次こそは『ギガク』のロボットを倒してやるんだと気負い、周りの景色を楽しむ余裕はなかった。

そして三度目の今。ようやく俺は自分が背にした、背負った地球を、空を、十二分に愛でることが出来きていた。

自分のすべきことが明確になった今、俺の心は、この空のように澄み渡っていた。

耳が痛いほどの静寂の中、一筋の流れ星が落ちてきた。ジャクソンだ。

銀色の流れ星は太陽の光を反射しながら、すぐに互いの間合いギリギリのところまでやってくる。願い事をする暇なんて、なかった。

その手には今までと違い、ジャクソンは得物を手にしている。握っているのは、巨大な槍だった。いや、これを果たして槍と呼んでいいのか疑問がある。

ほぼジャクソンと全長が変わらないそれは、両鎌槍のようにも見える。だが、明らかに穂の部分が、普通の槍とは異なっていた。

赤銅色をしたそれは、もはや穂の部分がバールトンカチになっているとしか思えない。槍というよりも、槌が槍の形をしているようにも見える。ルツェルンハンマーと呼ばれる、槍槌だった。

射程も長く、あれで殴り斬られれば、例え『レディベスティエ』の装甲であっても、スイカが二トントラックに轢かれたような状態になるだろう。

俺は、『クリニエーラディレ』の感触を再度確かめる。何とか切り抜けられるか?

『チヒロよ。答えを聞きたいのである』

ジャクソンからの『通信』が聞こえてくる。

『見たところ、シブキの姿が見えないようであるが』

直接声を聞いていないにもかかわらず、重低音の声が俺の脳に響く不思議な感覚。

目覚めた時から当たり前のように使っていたが、この『通信』というのもよく分からない。テレパシーみたいなものなのだろうか?

『自分でドクダメさんに『通信』して確認できないのか?』

『ドクダメ? ああ、シブキの地球での名であるな。アヤツめ、どうやら体の大きさを変えた影響か、『通信』を行うのに制限があるようなのである。ここからでは、位置は特定できても、我輩一人であの下衆と『通信』することは出来ないのである。昨日もチヒロを介してシブキとは『通信』していたのである』

『そうなのか。でも、それだと俺もドクダメさんと『通信』できないんじゃないのか? 今まで普通に『通信』出来ていたけど』

俺とジャクソンは今成層圏にいる。俺たちとドクダメさんとの距離は変わらない。ジャクソンがドクダメさんと『通信』出来ないのなら、俺がドクダメさんと『通信』できるのはおかしい。

といっても、現在ドクダメさんは『通信』出来るような状態ではないので、今ドクダメさんと通信することは出来ないのだが。

『それは、我輩にもよく分からないのである。恐らくシブキがチヒロを創ったことに関係があるかもしれないのである。二人には、何かしらの共通点がありそうなのである』

共通点、ね。それは、かなり有力な情報だ。

『それで。シブキはどこにいるのであるか?』

『……悪いが、ドクダメさんは渡せない』

俺ははっきりと、ジャクソンに自分の意思を伝えた。

俺は友を、地球を危険にさらす道を選んだ。

『……そうであるか』

残念そうに一つうなずいた後、銀色の獅子は槍槌を構えた。

『であれば、我輩としても押し通るしかないのである!』

『待て! 早まるな!』

槍槌で襲い掛かってこようとしたジャクソンを、俺は手で制した。

『チヒロ、この期に及んで見苦しいのである! もはや我輩たちの間に争う以外の道はないのである! さぁ、尋常に勝負するのである!』

ジャクソンが振り下ろした槍槌を『クリニエーラディレ』で受ける。

受けるまではよかったのだが、スラスターを全力でふかせているにもかかわらず、その場での踏ん張りが利かない。

その斬撃、いや、圧撃はまるで巻き込んだ木の葉を粉みじんにする滝のような威力だった。赤銅色をしたそれは、圧倒的な力で俺を押しつぶそうとする!

その圧撃に、俺はあえなくはじけ飛ばされた。

『クソッ! 待てって言っているだろうが!』

悪態をつきながらも、俺ははじけ飛ばされた程度で済んだことに安堵していた。

足場のない空中での戦闘だったため、圧力が槍槌からしかかからず、吹き飛ばされた程度ですんだのだ。

これが地上戦だったら、槍槌と地面にはさまれ、圧力をもろに受けることになる。

地球に降りてジャクソンと戦闘するのは、絶対に避けなければならない。

『チヒロよ。戦う意思がないのであれば、おとなしくしているのである!』

ジャクソンはスパイクで傷つけられた『レディベスティエ』胸甲板に視線を送った。

『我輩としても、センジン様のご遺体は出来ればこれ以上傷付けたくないのである!』

『だから、少しは話を聞けよ!』

俺はジャクソンから攻撃されないように距離を空けた。

『シブキとセンジン様の遺体を引き渡すか、引き渡さないか、選択肢は二つしかないのである! チヒロが引渡しを拒否した以上、もはや我輩たちは戦うしかないのである!』

ドクダメさんと『レディベスティエ』を引き渡すか、引き渡さないか。

これは、ジャクソン自身も昨日言っていたことだ。

だが、

『いいや、まだ第三の選択肢がある!』

『第三の選択肢、であるか?』

ようやく話を聞く気になってくれたのか、ジャクソンのスラスターの勢いが止まった。

『ああ。ジャクソン、お前言っていたよな? 俺がドクダメさんも『レディベスティエ』も引き渡さない方法を聞いた時、もしセンジンが生きていれば、って』

俺の言葉を聞いたジャクソンは、一瞬あっけに取られた後、

『何を馬鹿なことを言っているのであるか! いかにシブキに利用されるために創られた、哀れで矮小な存在であるお前と言えども、センジン様を、センジン様の死を侮辱するのは許さないのである!』

ジャクソンは怒り狂った。

『センジン様は、センジン様はお亡くなりになられたのだ! だいたい、貴様は今センジン様のご遺体に乗っているではないか!』

そうだ。俺は今間違いなく、センジンの脳みそがくり抜かれた死体の中にいる。

『それがセンジン様の、センジン様が死んでしまっている何よりの証拠である! もしもセンジン様がご存命とのたまうのであれば、ぜひとも我輩の前につれてきて欲しいのである!』

ジャクソンのその叫びは、怒りは、いつの間にか祈りにかわっていた。

もう一度会いたいと。もう二度と会うことが出来ないと分かっていて、それでもなお会いたいと奇跡を願う、祈りだった。

『じゃあ、センジンが生きていることを証明できれば、ドクダメさんも『レディベスティエ』も諦めて、おとなしく地球から立ち去ってくれるんだな?』

『もしそんなことが出来るのであれば、我輩はなんでもするのである! センジン様に、あのお方の御尊顔をもう一度拝することが出来るのなら、我輩はこの命すら惜しくないのである!』

『その言葉に、嘘はないな?』

『無論である!』

『言ったな』

分かった。俺が今から、お前の祈りを叶えてやる。

そして俺が愛する人も、地球も、全部全部、俺がまとめて救ってみせる!

『……センジンは、ここにいる』

『……何?』

『さっきから、お前に話しかけているじゃないか』

『な、何を言っておるのだチヒロ?』

ジャクソンが戸惑っているのがわかる。

なるほど。確かに少し抽象的過ぎてわかりにくかったか。

だったら、今からわかりやすく伝えてやるよ。

だからジャクソン。

俺の言うことを、『通信』を、一字一句聞き逃すんじゃねぇぞ!

『俺が、センジンだ』

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