第11話

な、何? またコイツは、わけの分からないことを……!

『ふざけるのも大概にしろ! 今、俺もお前もロボットに乗っているだろうが!』

『ふざけているのは小さき者のほうである! 我輩、ロボットになんぞ乗っていないのである!』

『はぁぁあああ?』

ロボットに、乗っていない?

『じゃあお前が今乗っているのは何なんだよ! シャトルで月までロボットを運んで、その後こうしてロボットに乗って、俺の前にいるじゃないか!』

『だから、我輩ロボットになんて乗っていないのである! シャトルに乗っていたのも、地球にこうしてやってきたのも、我輩の身一つだけなのである。それに何度も言っておるのだが、我輩の名前はジャクソンなのである! ちゃんと名前で呼んで欲しいのである!』

分からない。わけが、分からない。

ジャクソンがロボットに乗っていないというのなら、一体何に乗っているっていうんだ。

いや、待て。身一つで、やってきた?

身一つでやってきたということは、シャトルに乗っていたのはジャクソン一人で……。

思い至った自分の推測に、可能性に、全身に鳥肌が立ったのが分かった。

そんな。そんなこと、ありえない!

こんな可能性、ありえっこないじゃないか!

『地球に亡命してきた『フウリュウ』の生き残りは、俺たち地球人と同じサイズだったんだぞ? 『フウリュウ』と同じ星に住んでいるというのなら、『ギガク』も地球人と同じサイズじゃないとおかしいだろ!』

だって、おかしいじゃないか。ジャクソンの話が正しいとするなら、今俺の目の前にいるのは、ロボットではなく……。


『それもおかしな話である。何故体の大きさが地球人よりも大きいからといって、この我輩の体を否定されないといけないのであるか? 何故自分と同じような形をしているものだけ受け入れるのであるか?』


確かに、ジャクソンの言う通りだ。

地球外生命体との接触は、ドクダメさんに続いてジャクソンで二人目になる。その地球外生命体の体の大きさが、俺たち地球人と同じである必要などまったくない。ドクダメさんの体が地球人と同じサイズだったため、勘違いしていたのだ。

『じゃあ、お前は……』

『うむ。今小さき者が見ているのが、我輩そのものである』

これが、ジャクソンの体なんだ。

俺の目の前にいる巨大な甲冑は、ロボットではなくジャクソンそのものなんだ!

でもそうすると、ドクダメさんから聞いた話しが嘘ということになる。

『しかし、変な話なのである。『ギガク』も『フウリュウ』も、体の大きさにはそんなに変わらないのである。だから地球で暮らす貴殿のことを便宜上、我輩は小さき者と呼んでいたのであるが』

さらにその上、『ギガク』も『フウリュウ』も同じ大きさだと?

だったら、『フウリュウ』からやってきたと言っていた彼女は、一体何者なんだ?

今まで信じていた、前提となっていたものがもろくも崩れ去っていく音が聞こえてくる。

絶対に割れることのないと思っていた氷の上に飛び乗ったらその氷が割れ、一瞬にして全身が身を刺すほどの冷たい海にさらされたような感覚に、俺は身震いした。

分からないことが、多すぎる。

このまま俺は、『ローレンス』の中で溺れ死んでしまいそうだ!

だから俺は、自分の愛する人の名を叫ばずにはいられなかった。

『これはどういうことなんですか! ドクダメさん!』

ジャクソンの言ったことが、真実だなんて認めたくない。認められない。

もしそうだったら、俺が『オレ』でなくなってしまう。

俺が記憶をなくしてから得てきた全てが、無意味になってしまう。

俺の生きてきた意味が、俺の『自我』が、崩壊してしまう!

だから、ドクダメさん。ドクダメさん!

一言。たった一言、違うと言ってくれればいいんだ!

そうすれば、俺はまだあなたを信じることが出来る。まだジャクソンと戦える!

俺を、俺の友達を守ってくれたドクダメさんが、嘘を付いてたなんて、俺を裏切っていたなんて、あるはずない。あるはずないんだよ!

 だけど、


『よく聞いて、チヒロ。ジャクソンが今話したことは、全て事実よ』


何故、違うと言ってくれないんだ! ドクダメさん!

『ローレンス』の温度が、北極の海の冷たさになったように感じられた。

なんだ、これは。

寒い。ひどく、寒い。

『む! その声はシブキであるか? この売女が! 我輩の真下にいるのは分かっておるのだ! さっさと姿を現すのである!』

ドクダメという名前が偽名だというのは、初対面の時ドクダメさんと松井博士の話から気付いていた。ドクダメさんの旦那さんが死んだと聞いて、旦那さんの仇を討つために、毒を溜め込むために背負った名前だと俺は勝手に思っていたのだ。

じゃあドクダメさんの本名を、シブキという名を知っていたジャクソンの言っていることは、本当に全部、正しかったのか……。

『そんなに慌てないでよジャクソン。久々なんだから、もう少しゆっくりお話しましょうよ』

『ふざけるのもいい加減にするのである! 我らが『ギガク』を一つにまとめあげた大英雄、センジン様の遺体を持ち去った盗人がっ!』

『ちょっと待ってくれ!』

思わず、俺は二人の会話に割って入った。

ドクダメさんが、『ギガク』の英雄の遺体を持ち去った、犯人?

ダメだ。全然話の整理が出来ない。もうわけが分からない!

何か喋っていないと、何か考えないと、今感じている壮絶な寒さに、俺は身をゆだねてしまう。このままでは、冷たく深い、絶望という名の海に沈んでしまいそうだ。

俺は両手で、胸を押さえた。心臓のある位置だ。

ジャクソンがドクダメさんの本当の本当の名前を知っていたからといって、ジャクソンの話したこと全てが正しいとは限らない。

例えドクダメさん本人がそれを認めていても、俺はそれを受け入れることが出来ない!

情報だ。情報が欲しい。

この状況を打破できる、何かが欲しい!

『『レオーネ』って、そもそもお前ら一体何なんだ? 何でそんな大きさをしてるんだ? 『ギガク』と『フウリュウ』が一緒に星に住んでいるはずなのに、何でドクダメさんは地球人と同じ大きさなんだ?』

『ふむ。どうやら小さき者、名をチヒロと言ったか? チヒロはどうやらこの下衆から本当のことを聞かされていないようであるな。よろしい。我輩直々に『レオーネ』について説明するのである』

『あら、下衆とはひどい言われようね』

『そう思うのなら、黙っているのである雌豚!』

ジャクソンはドクダメさんを一喝し、自分の鬣をなでながら話を続けた。

『まず『レオーネ』であるが、地球と同じような星であり『ギガク』と『フウリュウ』が住んでいるのである。この二つは先ほども話した通り、地球で言うところの民族みたいなものである。肌の色の違い、とも言っていいかもしれないのである』

『ずいぶん、地球について詳しいんだな』

『当然なのである。チヒロに切断された左腕接着後、シャトルを置いてきた衛星から、ずっと我輩を写していた機械を通して情報収集を行っていたのである!』

『人工衛星から、ハッキングをかけていたのか? でもそんなこと、なおさら体が機械じゃないと出来ないんじゃないか?』

生身の肉体一つでハッキングなんてできるわけがない。

だが、それをいうなら生身の肉体で大気圏を突入できるわけもないし、切られた左腕だって修復なんて出来るわけがない。

それとも、『レオーネ』に住んでいる人は地球人とは違う進化をしているのだろうか?

だが、俺の予測をジャクソンは否定する。

『その通りなのである!』

『は? だったらお前はロボットなんじゃないのか?』

『だから違うのである! もう少し我輩の話を聞くのである!』

ジャクソンは咳払いをし、話を続けた。

『チヒロが分かる言葉でいうところの、地球のデータベースにいくつかアクセスさせてもらったのである。地球人はどうやら猿からから人、『ヒト』へ進化したようであるが、『レオーネ』では獅子から二足歩行の『シシ』に進化したのである』

『獅子から、『シシ』に?』

だから顔が獅子型になっているのか。進化した対象が地球人とは違っていたのだ。

『『レオーネ』で獅子が『シシ』に進化した理由には諸説あるのであるが、獅子以外の陸上の動物を食い尽くさないように群れで獲物の数を調整し、放牧を始めたのが進化の第一歩だったと言われているのである。ともかく、『レオーネ』では猿ではなく、獅子が地上の覇権を握ったのである。獅子から『シシ』に進化した我輩たちの祖先様は、より強靭な肉体を求めるために研究を積み重ね、自己の拡張を行ったのである』

『自己の、拡張?』

『そうなのである。『レオーネ』で絶対王者となった『シシ』たちは更なる『強さ』を求め、その結果自己の拡張、肉体の機械化を行ったのである』

『肉体の、機械化……』

ジャクソンの体はロボットではなく、サイボーグだったというわけか。

『でも、機械化するだけで得られる安易な『強さ』を求めるだけでいいのか? 自分の、生身の肉体を鍛えるんじゃダメなのか?』

『何を言っておるのだチヒロ。そんな悠長なことをしていたら国(群れ)のトップになどなれないのである。トップになったとしても他の国に全滅させられてしまうのである。国のトップの座には常に最強のもが座らなくてはならないのである!』

地球人と『レオーネ』人の思考の違いに、俺は戦慄した。

巨大ロボットの大きさのサイボーグになるなんて考えたこともなかったし、そのメリットが見当たらない。核のように抑止力としての『強さ』を国単位で持つという思想は分かるが、それを個人で持つ必要性が地球には存在しないからだ。

弱肉強食の世界で、常に覇王として地上を支配し続けてきた獅子から進化したということが関係しているのだろう。国のトップが常に最強であることを求められた結果、このような進化をしたのだ。

『レオーネ』で覇権を握るためは個人の強さを探求する必要があり、そのため自分の体を機械に置き換えたり、拡張することに、何ら倫理的な疑問を持たないのだ。

宗教みたいなものなのだろう。『レオーネ』にとって、『強さ』を求める行為が信仰で、崇める神は、その『強さ』を手に入れた、国を、群れをまとめ上げた英雄センジンのような存在なのだ。

ドクダメさんは、『ギガク』の神ともいえる人の遺骸を地球に持ち込んだのだ!

『レオーネ』にロボットが存在しないというジャクソンの話も納得できた。自分たちの体が機械になるのだ。わざわざロボットを作る必要がない。

『レオーネ』に住む人たち、『シシ』にとって重要なのは、他者よりも強いか弱いか。その一点だけなのだ。

『我輩たち『ギガク』は、ただの獣である獅子から『シシ』に進化した祖先様の敬意を忘れないため、自己の拡張を行った後も二本の足で歩き、獅子の顔をしているのである。獅子は、進化の象徴なのである!』

『『ギガク』は? じゃあ『フウリュウ』は、』

『ええ。『フウリュウ』は獅子型にこだわらなかったの』

『ふん! 偉大なる祖先様を敬わない罰当たりめが!』

会話に割り込んできたドクダメさんに対して、ジャクソンは忌々しげに吐き捨てた。

『今の我輩たちがいるのは、高貴なる祖先様たちあってこそなのであるぞ!』

『ええ。それはジャクソンの意見に賛成するわ。尊敬もしているし、『フウリュウ』も『シシ』の誇りは忘れてはいないの。でも、ワタシたちの元々の目的は何だったかしら?』

『知れたこと! さらなる『強さ』を手に入れることである!』

『そう。そしてワタシたちは既に強靭な肉体を自己の拡張、機械化を行うことで手に入れたわ。だったら、体の形なんて、二足歩行にすらこだわらなくてもいいでしょう? そもそも『強さ』を求めるのに、『シシ』の姿に固執する意味がないわ』

『な、なんということを言うのであるか!』

激昂するジャクソンをよそに、ドクダメさんは『フウリュウ』の『強さ』の概念について話を続ける。

『そもそも『強さ』を手に入れるために、強靭な肉体は必要なのかしら? 体は既に機械化されていて着脱可能よね。ジャクソンも自分の肩を接着させて修復したでしょ? 体は既に部品となり、消耗品になったわ。手足が千切れても、また新しい手足が生やせるようになったの。しかも、いろんな形のものをね。だから体も状況に応じて適した形に作り変えるべきなのよ。この地球に住むのなら、地球人と同じサイズになるのは当然よね。適者生存よ』

『何を馬鹿なことを言っておるのであるか! 獅子から進化したのであるから『シシ』の姿のまま、一つの強靭な肉体を最強に拡張することこそ至高であろう!』

『重要なのは、自分が『シシ』としての誇りと精神を持ち続けることでしょ?』

『その精神がどんな器に入っているのかも重要なのである! 『シシ』の体を捨てるとは、『シシ』であることを辞めるのも同然! それに、器に入っているといえば、これは一体どういうことなのであるか!』

そこでジャクソンはある方向に指を差した。差した指の先には『レディベスティエ』が、つまり俺がいる。

嫌な予感しかしない。

ジャクソンは、『ギガク』は祖先の敬意を忘れないために、『シシ』の形のまま自己の拡張を行うと言っていた。

なら、『ギガク』の英雄であるセンジンは一体どんな顔をしているんだ?

ジャクソンが言っていた『ギガク』の英雄、センジンの遺体を地球に運んだのはドクダメさんだ。

なら、その遺体は一体どこにいったんだ?

ジャクソンは、『レオーネ』にロボットは存在しないと言っていた。

なら、ドクダメさんが地球に持ち込んだというロボットは、一体何なんだ?


『何故チヒロが、センジン様の遺体に乗っているのであるか!』


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る