第9話

『『クリニエーラディレ』の受け取り、完了しました』

『了解よ。気をつけて』

『レディベスティエ』に搭乗した俺は、成層圏で『ギガク』のロボットを待ち受けていた。再度月から『ギガク』のロボットが地球に移動してきているのを確認したのだ。

昨日の戦闘後、月に退避した『ギガク』のロボットの様子を人工衛星が一挙手一投足余すところなく捉えており、その映像を俺も確認していた。

月に到着した『ギガク』は、まず俺が切断した左腕の修理を行った。

ロボットは月面に着地させていたシャトルから、ロボットの手のひらに納まる大きさの黒い正方形の筐体を右手で取り出した。そして取り出したそれを、切断されたロボットの左肩に押し付けた。

押し付けられた黒い筐体は、まるで固さなどなかったかのようにロボットの左肩に付着。太陽の光を受けて輝いていた銀色の甲冑を、黒色の粘土が飲み込んでいるように見えた。

だが、そう思ったのもつかの間。黒色の粘土が銀色に輝く甲冑を侵食しているように見えたのだが、黒色の粘土が沸騰したかのようにうごめきだし、色は黒から甲冑と同じ銀色へと変化した。

沸騰した粘土は、固まりきっていない接着剤のようにロボットの左肩にまとわりつき、その銀色の接着剤に、ロボットは切断された左腕を押し付けた。押し付けられた反動で銀色の接着剤が月面に飛び散る。かのように思われた。

だがロボットの肩から噴出した接着剤は、まるでプールに飛び込み水しぶきが上がった映像を巻き戻すかのようにロボットの左肩に収束。傷口である左肩を覆うように銀色の水溜りが出来る。そして、その水溜りは傷口に染み込んでいき、徐々になくなっていった。

水溜りが全て染み込んだことを確認するかのように『ギガク』のロボットは自分の左手をゆっくりと閉じたり開いたりさせた。繰り返すこと五回。その後今度は接着させた肩周りを確認するように前に後ろに三回ずつ、こちらもゆっくりと回してく。

傷は、完全に修復されていた。

修理が終わった後、直ぐにまた地球に進行してくるのではないかと北極基地はスクランブル体制となった。

だが、理由は分からないが日付が変わり、北極がお昼を迎えるまで『ギガク』のロボットはこちらの人工衛星に顔を向けた状態で月面で横になり、まったく動く気配がなかった。

動き出したのは先ほど、丁度一二時を回ったあたりだった。

『ギガク』の行動原理がさっぱり分からない。搭乗者が休憩しているのかとも考えたのだが、ロボットから操縦者が一度たりとも降りてくることはなかった。

『レディベスティエ』に乗っている俺だから分かることだが、ロボットのコックピット内はお世辞にも過ごしやすい環境とは言えない。『レディベスティエ』に乗ったことがあるのは俺だけなので、俺個人の意見、ということになってしまうのだが。

『チヒロ。そろそろ接敵するわよ』

『了解です』

ドクダメさんの声に答えながら、思考を戦闘に切り替える。

ドクダメさんの情報を証明するように新たに空に浮かんだのは、銀色の星。それを拡大して確認する。間違いない。昨日と同じ『ギガク』のロボットだ!

『クリニエーラディレ』を突き出すように両手で構え、スラスターをふかして『レディベスティエ』を浮遊状態から一気に最高速度で移動させる。

昨日は戦闘開始時に無様な姿をドクダメさんに見せてしまったが、今日は最初から『クリニエーラディレ』がある。

リーチはこちらの方が長く、俺は初撃の刺突で勝負を決めるつもりだった。

『レディベスティエ』のスラスターの加速力を示すかのように、銀色の星は瞬く間に獅子の顔をした甲冑へと姿を変えた。この速度を保ったまま、『クリニエーラディレ』で『ギガク』のロボットを貫く!

俺の意志の強さを確かめるように『クリニエーラディレ』を再度握り締めたところで『ギガク』のロボットが急停止。『レディベスティエ』に向かって接着したばかりの左腕で待て! という動作をした。

それだけなら、俺は構わず『ギガク』のロボットを『クリニエーラディレ』で貫いていただろう。だが、

『待つのだ! 小さき者よ!』

 ドクダメさん以外からの通信!

 動揺した俺は『レディベスティエ』の軌道をずらしてしまった。必中の間合いだったのにもかかわらず、俺は何もしないまま『ギガク』のロボットの脇を素通りしてしまったのだ。しまった。せっかくのチャンスが!

 今まで『レディベスティエ』に乗っている時は、ドクダメさん以外との通信は行ってこなかった。そこに突然、ドクダメさん以外の通信が入ってきたため動揺してしまったのだ。

いや、それよりも通信の内容が『ギガク』のロボットの挙動と一致している。まさか!

『あんた、もしかして『ギガク』のパイロットか?』

 すれ違った後『レディベスティエ』を『ギガク』のロボットに向け直し、俺は相手のパイロットに呼びかけた。

 距離を空け、スラスターは浮遊状態に移行させる。だが、まだ何が起こるか分からないため気を抜くことは出来ない。

『パイロット? 何の話をしておるのか分からんが、我輩が誉れ高き『ギガク』であるということは間違いないのである!』

 パイロットの言葉と同調するように、『ギガク』のロボットは両手を腰に当てうなずいた。その動きは、まるで甲冑が生きていると思うほど滑らかなものだった。

『昨日から色々と『通信』のパターンを変えて試していたのだが、ようやく『通信』出来るようになったのである。まさかこのパターンで再び『通信』出来るとは思わなかったのである。苦労したのである!』

『『通信』?』

『そうなのである! 我輩は小さき者と話をしたかったのである!』

 小さき者とは、この場合俺を指すのだろう。だとすると、

『まさか、お前は昨日の戦闘中ずっと俺と会話をしようとしていたのか?』

『その通りなのである。それから、我輩の名前は『お前』ではないのである。我輩には名誉ある名として、ジャクソンという名前があるのである!』

 俺は今、大いに動揺していた。これが地球人初の『ギガク』との接触に違いない。『フウリュウ』に次ぐ地球外生命体との接触だ。それを、俺が行ったのだ。正直、かなり興奮していた。

 だが、それよりも俺を動揺させていたのは、事前にドクダメさんから聞いていた『ギガク』の印象とこのパイロット、ジャクソンの印象にかなり差があったからだ。

 ドクダメさんからは『ギガク』の行動原理は野蛮で単純だと聞かされていたし、俺も昨日の戦闘から、特に噛み付きのイメージから、『ギガク』は野蛮な、あまり知的な存在ではないと思っていた。

 しかし、今話をしているジャクソンというパイロットはずいぶん理性的な印象を受ける。

 そんな俺の考えを先読みしたように、ジャクソンはこう続けた。

『我輩は、小さき者と交渉したいのである!』

『交渉?』

『そうなのである! 小さき者と、この美しい星を戦渦に巻き込むのは、我輩の本意ではないのである! 我輩は、不要な争いを望まないのである!』

 目の前にいる『ギガク』のロボットは腕を組み、うなずきながらそう言った。動作がいちいち人間らしい。

 でも、争いを望まない、だって?

『争いを望まない、だと? ふざけるな! 昨日お前は地球を侵略しようとしたじゃないか!』

『それは誤解なのである。昨日は急に襲われたので、自衛手段を取っただけなのである! それから、我輩の名前は『お前』ではなくジャクソンなのである!』

『じゃあおま、ジャクソンは、俺たち地球人に危害を加えるつもりはないのか?』

『その通りなのである! 昨日は急に襲われたから、ビックリしたのである!』

 ジャクソンが話した内容は、ある程度つじつまが合っているように思う。

 昨日は、ジャクソンが操縦するロボットが地球に近づいた時点でドクダメさんが間髪を容れずに迎撃ミサイルを叩き込んだし、俺もロボットの姿を見つけて直ぐにつかみかかった。

 それに、会話をしようとしていたのなら、俺が左腕を切断した後、ジャクソンが俺を見上げていた行動にも説明が付く。

あれは俺の勘違いではなく、本当に何かを伝えようと、対話をしようとしていたのだ。

『それから、この星は地球という名前なのであるな。水が多くある、いい星なのである! 我輩の星『レオーネ』と、よく似ているのである!』

『レオーネ』? ジャクソンは、『ギガク』という星からやってきたんじゃないのか?

 違和感が、ある。

 何かが、おかしい。

話しが、かみ合っていない気がする。

 だがその違和感よりも、俺はジャクソンとの会話を優先した。ジャクソンの言ったことが嘘ではないのなら、交渉してみる価値はあると思ったのだ。

 何が起きても対応できるように『クリニエーラディレ』を握り直し、俺はジャクソンに問いかけた。

『ジャクソン。交渉したいという内容を、聞かせてもらえないか?』

『おお! そうなのである!』

ジャクソンの乗っているロボットがうなずき、こう言った。


『我らが『ギガク』の英雄、センジン様の遺体の返還と、それを持ち去った不届き者の身柄を引き渡して欲しいのである。そやつの生死は問わないのである。そうすれば、我輩は地球から直ぐにでも立ち去るのである!』


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